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その夏、一番暑かった夜



 夕食後もまだまだ山と残っている京一の夏休みの宿題を、二人で一緒に片付ける筈だった。
 それなのに…


「私は洗い物するからしばらく席を外すけど、京一はその間もちゃんと宿題しているのよ」
「へいへい…」

 確かに、お腹がふくれれば瞼の皮が緩むというのは、自然の摂理であり、

「………ほんのちょっとだけ横になろっかな〜」

 そして、こういう場合の「ほんのちょっとだけ」が得てして「ちょっとだけでなくなる」というのは、万世不朽の法則であって…

「…………………………」


 という訳で、食後のお茶を手に再びリビングに姿を表した時、京一はソファでいぎたなく眠り込んでいた。



「京一、のん気に寝ている場合じゃないでしょう?」
「…………………………」
「京一ッ」

 近寄って幾度となく声をかけても、うんともすんとも返事が返って来ず、

(そういえば、一旦寝付いた京一って中々目を覚まさないのよね…これが)

 ならば、以前したように《氣》を送り込んで起こしてやろうか──
 そう思って手を近づけたその時、



「………龍麻……」



 相手の口から洩れた自分の名前に、びくりと手を遠ざける。

(な、な、何……!?)

 全身を電流が走り抜けたような、そんな感覚に浸りつつ、恐る恐る京一の方を観察するが、しかし目覚める様子は一向になく、

(……ただの…寝言…か……)

 緊張感から解放され、そのまま枕上に力なく座り込んでしまった。
 そうなると、相変わらず一人平和そうな寝顔を見せている京一に対して、無性に腹が立ったりもするけれど、目覚めさせるのは勿体無い、そういう想いも同時にこみ上げてくる。


「どうやら……」

 今まで触れてみたくても触れられなかった明るい茶の髪を柔らかに一房かき撫で、眠り続ける京一に語りかけた。

「今日は夢の中でも一緒に居るみたいね、私たち…」

 数ヶ月前、この街に来た時には、まさかこんな風に誰かと一緒に時を過ごせるなんて想像もつかなかったから、今のこの状況が酷く不思議で、そのくすぐったさに口元から思わず笑みが零れ…。

(能うことならば、これからもずっと一緒に………)

 なのに、私ときたら、未だ自分の気持ちを京一に伝えられずにいる…。言葉は宙に空回り、態度は見えない壁に阻まれる、そんな感じで。



 けれども……あなたの夢の中に出てくる私は、どうなのかしら…?

 ───どんな顔をして、どんな仕草をして、どんな会話を交わしているの?


 彼の夢の中に忍び込んでそれを確かめる術など、残念ながら私には持ち合わせてない。
 でも、平和そうな寝顔を見れば夢の中の二人の様子が分る…そんな気がして───



「……京一…」

 今度は彼が目覚めないように、そっと小声で呼びかけてみた。



 それに、眠っているあなたになら、自分の心を素直に打ち明けられそうだから………

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