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ALONE |
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![]() ≪壱≫ ──お客様がおかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入って無い為、おつなぎすることが出来ません──もう一度お掛け直しにな… 「ちッ」 軽く舌打ちすると、京一はその後に続く機械的かつ事務的な女性の声を左の親指で無造作に打ち切った。明らかにいらだつ様子を隠せないのは、今朝から既に何度も同じアナウンスを耳にしたせいである。 しかも電話をかけている相手はずっと同じ。 京一のクラスメートで、しかしその実態は東京を襲う怪異事件を幾つも解決してきた仲間たちの実質上のリーダーである緋勇龍麻だった。 「ひーちゃん、こんな長い時間連絡が取れねェなんて……ひょっとして何か大きな事件に巻き込まれたのか?」 ひりつくような胸騒ぎを覚えた瞬間、愛用の紫布に包んだ得物を携え家から飛び出した。 もともと今朝から何度も龍麻に電話を掛けていたのは、先立つもの(=お金)を稼ぐ為と、そしてそのついでに修行も兼ねての旧校舎巡りに誘うのが目的だった。そのせいか、自然と足は学校の方に向かっている。 というより、そこ以外龍麻がいそうな場所が思い当たらないといった方が正しいのかもしれないが…。 「俺、ひーちゃんの家の場所すら、まだ教えてもらってなかったぜ」 実際、龍麻の私生活に関しては謎だらけである。 ここ真神に来てから2ヶ月は経過しているというのに、仲間の誰かが龍麻の自宅に遊びに行ったという話も聞かず、そもそも何故3年生になったこの時期にたった1人で新宿に引っ越してきたのか、そのこと自体が不自然といえば不自然である。 現時点で確実に分かっているのは、人ならざる《力》を持つ仲間内でも最強レベルの戦闘力を持ち、しかも最強レベルの美少女である…ということだけ。アン子だったらもうちょっと突っ込んだ情報を掴んでるかもしれないが、彼女に頭を下げて教えてもらうというのは何となくプライドが許さない。 この角を曲がればあと少しで学校という所まで来た時、珍しくあれこれと考え込んでいた京一は、あやうく出会い頭に人とぶつかりそうになる。 「おっと危ないな、アンタ」 「そっちこそちゃんと前見て歩け…ッて、雨紋じゃねェか」 雨紋雷人、渋谷区神代高校2年にして、渋谷で今一番人気の有るバンド『CROW』のメンバー、しかも伝説的な武術の一派である龍蔵院流槍術の使い手というのが世間的に見た彼の肩書きだが、京一の目には 「何だよ、またひーちゃん目当てに俺たちの学校までのこのこ来やがったのか」 自分と同じく東京の闇に潜む敵と闘う頼もしい仲間…ではなく、龍麻の恋人の座を狙うライバルにしか映らない。 「けどひーちゃんは生憎取り込み中らしくて、朝からさっぱり連絡が取れねェ状況なんだぜ、残念だったな。…ん、ああそっか、お前こっそり旧校舎に修行しに来たな」 雨紋の手にしている槍が、先日までの物よりバージョンアップしているのを、京一は目ざとく見つける。ちなみに自分の武器はといえば、昨日龍麻を含め5人一緒に北区にある如月骨董品店で真新しいのを購入済みである。 「結構いじらしいトコ有るな、お前」 にやにやと笑う京一に、雨紋は最初目をキョトンさせ、ついで大笑いを飛ばす。 「何がおかしいんだよッ」 「だって…この槍、さっき龍麻サンと一緒に旧校舎潜った時、直々に貰った戦利品なンだぜ」 「な、何ッ〜〜〜!!」 にやりと意味深な笑みを浮かべるのは、今度は雨紋の番だった。 <確かに旧校舎だったら携帯が通じなかったのも納得がいくが、ま、まさかこの金髪不良男とひーちゃんが2人っきりで、旧校舎に…。> 唐突に京一は代々木公園での龍麻と雨紋の様子を思い出す。 <そういやひーちゃん、コイツ(雨紋)には初対面の時から妙に気を許していたような…。ひょっとして年下好みだったのかッ!けど、俺は信じねェぞ。これは夢なんだと誰か言ってくれッッ!!!> 勝手に妄想を暴走させている京一を前に、勝ち誇った顔をする雨紋。 その直後、場違いな位豪快な笑いと共にごつい手で雨紋の頭を撫で回し、彼のトレードマークである逆立った金髪を台無しにしたのは、 「わはははッ、誤解を招く表現は良く無いぞ、雨紋。お前だけでなく俺たちも先程まで旧校舎で緋勇と共に修行をしていたのだからな」 休みの日の他所の学校にさえご丁寧にも鎧扇寺高校空手部の刺繍の入った胴着を身に付け登場する、同校3年空手部主将紫暮兵庫その人だった。 「おッ、京一。珍しいな、お前が休みの日だというのに自主的に学校に顔を見せるなんて」 同じく休みの日だろうがごくナチュラルに真神の学ランを身に纏っている京一の親友、醍醐雄矢まで仲良く姿を見せる。初夏の日差しが降り注ぐ昼下がりの道端で会話を交わす相手としては、やや暑苦しいメンツであったが、今の京一の状態不良を解除するありがたい存在だった。 「な、何だよ、お前らも一緒だったのか」 ほっと表情を緩める京一だったが…、ここに来て新たな疑問が湧き上がる。 「俺たち…って、ひょっとしてお前ら以外にも誰か一緒だったのか?」 「ああ。美里に桜井と、裏密、高見沢に藤咲、それに雨紋と紫暮と俺、龍麻を入れて全部で9人だな」 紫暮同様嘘をつくのが苦手な醍醐は、横目でにらむ雨紋をよそにあっさりと本当のことをバラしてしまう。 「ちょっと待てッ。それって俺以外の仲間全員じゃねェか。俺だけ仲間ハズレされてたってことか?」 ちょっとの沈黙の後、 「……そう言われれば、そうだな…」 「龍麻サンしか眼中に無かったから…」 紫暮と雨紋は指摘されるまで京一の不在に全く気がつかなかったようだ。 醍醐はといえば、部活をサボりまくる京一が同じ様に旧校舎での修行もサボったのだろうと単純に思っていたらしい。 「…ま、俺はじゅーぶん強いから日曜日までわざわざ修行する必要は無いけどな、はははッ」 「京一、顔がひきつってるぞ」 「………くッ……で、ひーちゃんは?」 「龍麻サンなら、これから葛飾の方に用事が有るからって、途中まで方向が一緒の藤咲サンと帰ったぜ」 雨紋の言葉に、黙って龍麻の携帯の番号を押すが、 「…畜生、マナーモード中か…」 龍麻は電車の車内ではきちんと携帯の電源を切るよう心掛けているらしく、そんなこんなで、その日は結局一日中連絡が取れずじまいだった。 ≪弐≫ 翌月曜日、屋上で京一はいつものようにご機嫌なお昼寝タイムを満喫……していなかった。 「なんでだよ…ひーちゃん……」 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら時折ゴロリと反転している姿からは、どうやらフテ寝をしていたというのが正解だ。 朝、教室で龍麻と出会った直後、なぜ昨日自分だけ呼ばなかったのかと訊ねたのだが、 『ゴメンなさい…京一君…』 今は理由を言えないのと小さく呟くと、ただひたすら顔を下に向ける。 気まずい雰囲気にいたたまれなくなった京一は、それ以上問い詰めるのを諦め、教室を出て行った…という訳である。 「クソッ。ひーちゃんにああいう顔をされるとトコトン弱いんだよなぁッ」 こんな時反射的に瞼に浮かぶのは、転校してきてすぐの昼休み、ぼんやりと外を眺めていた龍麻の横顔だった。自分に仲間なんて必要ないという意志を漂わせて…現に彼女の強さは、その後佐久間を軽くのしたことからも本物だったと判明したのだが、同時に包み隠せない寂しさも感じた── 初めて旧校舎で異形の物と闘った後の龍麻 花見の前に1人桜の木の下に立っていた龍麻 どれもこれも儚げで、掴もうと手に触れればあえなく消えてしまうイメージを京一に与えた。 あの時からだろう、俺がひーちゃんから目を離せなくなったのは…と、今更ながら自分の中に横たわる彼女への特別な想いを認識していた。 「あーあ、京一ッたら、やっぱりこんな所で昼寝してたよッ」 わざわざ目を開けずとも間違えようのない、小蒔の元気な声がふいに浴びせられた。 「昼寝じゃねェよ、さっきからずっと考えごとしてたんだよ」 ムスッとした表情を作りながら、わざと大仰に身体を起こす。 「へえぇーーそれはスゴイね」 「お前、全ッ然感心してねェだろ」 「あ、やっぱ分かった」 京一が辛気臭い考えごとする姿なんて似合わないよと、小蒔はあっけらかんと返す。 その傍らには葵が微笑みながら見守っていたが、肝心の龍麻の姿が見当たらないのが京一には不思議だった。 「龍麻だったら、この間の中間テストの最終日遅刻して受けられなかった現国の再テストを受けているわ。醍醐君はいつものように部室でトレーニングですって」 話題が龍麻の不在に及ぶとたちまち表情を冴えないものに変えたが、葵は一応の状況説明をする。 「…ねェ、京一。本当に思い当たる節が無いの?」 「思い当たる節って…?」 「謝るなら今の内よ、京一君」 「だから何だって言うんだよ、2人とも…」 やれやれと、葵と小蒔は顔を見合わせて苦笑する。 『だから、龍麻と<ひーちゃんと>ケンカしたんでしょう』 !!!? 「け、喧嘩なんてこれっぽっちもしてねェよ」 声を上ずらせながらも必死に2人の言葉を否定しようと試みる。 「そうなの…だったら尚のこと妙よね。どうして京一君だけ昨日は仲間外れだったのかしら」 旧校舎には特殊な結界が働いているらしく、10人を越えると場が不安定になるらしいとは裏密から聞かされた情報なのだが、昨日は龍麻も含め9人しかいなかった。 「その理由がさっぱり分からないから、こうやってずっと考えてたんじゃねェかッ」 傷口に塩を擦り込むような葵の一言に、思わずコンクリートを拳で叩く。 やや加減を誤ったのか、思った以上の痛みにちょっぴり顔をしかめる京一。葵も小蒔もしばし沈黙をする。 「……ひょっとしたら…」 場の空気を再び動かしたのは、葵だった。 「京一君が仲間から外されたのって、龍麻がこれから先の闘いに向けて戦術を、ううんむしろ戦略を考慮した結果なのかもしれないわね。ちなみに戦術とは、単純に目の前の戦闘を勝ち抜く為の具体的手段・作戦のことで、戦略とは敵に勝つ為の大局的な作戦のことね。長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法をさす言葉よ」 「葵〜、説明が長い上に言葉が難しすぎるよ」 「…頼むからもうちょい分かり易く言ってくれ」 首をひねりまくる2人に対して、未来の真神学園の国語教師は簡潔な説明を心掛ける。 「つまり、仲間全体を見渡しバランスを考慮した結果、龍麻は京一君は今後の戦闘において絶対に必要な存在では無いと判断した…ということになるのかしら……」 「今度はすごく分かり易い説明だったけど…」 小蒔と葵の同情という色で染め上げられた視線の先には、あたかも先日敵として闘った凶津の攻撃を受けたかのように硬直した京一の姿があった。 「大丈夫、京一君」 「ああ…助かったぜ……さすがは美里だな」 葵から“やすらぎの光”をかけてもらい、京一は取り敢えず礼を言う。彼女が自分を石化させた原因であることにはこの際目をつぶるようだ。 「さっきの話はきっと私の考え過ぎよ。ね、龍麻がそんな考えを持つ訳無いじゃない」 「そうかなぁ…」 だが小蒔は葵のフォローをあっさりと打ち砕く発言をする。 「葵が回復術かけてる間に、ボク今までの戦闘を思い出してたんだけどさ」 龍麻があわや妖刀の露になりかけた時も、 凶津の石化攻撃を浴びせられそうになった時も 「ピンチになったひーちゃんを助けたの、どっちも醍醐クンだよ」 「………あれはどうだよ、渋谷での唐栖との闘いは。あの時は──」 「あの時は龍麻と醍醐君と3人で《氣》を合わせたのよね。でも…最後の攻撃に一番有効だったのは」 「どう考えてもミサちゃんのくれたアイテムだよね」 「………夢の砂漠の時は…っと(駄目だッ、あれはひーちゃん1人で斃したんだったっけ)」 口ごもる京一に構わず、葵と小蒔は話をまとめ始めた。 「そもそも私がこの《力》に気がつくきっかけを作ったのは、確か旧校舎で蝙蝠の攻撃を真っ先に受けて京一君が怪我をしたから…」 「そっか…そういえば京一って、言っちゃ悪いけど案外と打たれ弱いもんね〜〜」 ───ピシィ!! この言葉が京一の内なる何かをひび割れさせた。 「………やっぱり…お前らまでそう思ってたのか………」 どうやら本人も打たれ弱さについては薄々自覚はしていたようで、がくっと地面にしゃがむなり、いじけた様子でのの字を描くポーズを取り始める。ショックの余り今度は退行してしまったのかと、おろおろと見守る葵と小蒔の眼前で、だが突然すっくと立ち上がると 「よしッ、決めたッ!俺は今日から生まれ変わるぜッ」 一声吼え、京一は土煙をあげんばかりの勢いで屋上から駆け下りていった。 ≪参≫ あれから3日。京一は仲間の前から姿を消したままだった。 「京一君…」 「龍麻、あまり気に病むな」 京一が姿を消したことをしきりに心配する龍麻に、醍醐はなぐさめの言葉をかける。 「今までだって何日も行方をくらませるなんて真似、あいつは何度もしでかしてんだ。 そうだよな、美里、桜井」 京一の過去を知っている2人に同意を求めるが、 「え、ええ…」 「そ、そうだったよねッ」 葵も小蒔も奥歯に物の挟まったような返事しか返さないので、龍麻の不安は一層かきたてられる。 「ちょっとちょっとアンタたち、頼むからあまり暗いムードを作らないでよ。それでなくても充分陰気臭い場所なんだから」 先だっての日曜日と同じく旧校舎に呼び出された藤咲は、本当ならば今日の放課後は、これまた一緒に呼び出されている高見沢と夏物の洋服を買いに行く予定だったので、先程からかなり機嫌が悪かった。 一方の高見沢がこの状況を単純に楽しんでいるのが、余計藤咲をいらつかせるのだが。 「だってこ〜んな深い所まで潜ったの初めて〜。おまけにさっきから新しいお友だち(注:釣瓶火[ツルベビ])がいっぱいお出迎えしてくれてるの〜。あっちにはお喋りできる不思議な日本人形さんもいたし〜」 「んふふふ〜〜。ここはね〜〜黄泉の世界まで続いているって言い伝えがあるから〜〜つまり〜妖怪だろうが悪魔だろうが何でも出現できるのよ〜〜」 裏密に何でも出現などと言われたら洒落にもならんと、大の男3人は思わず身を震わせる。 「どこをほっつき歩いているのか分からない京一のことより、今はここにいるアタシたちの無事生還の心配をして欲しいわ、龍麻」 「そうね、次の階をクリアーすれば全員の目標到達も果たせそうだし、そうしたら地上に戻りましょう」 そう約束した龍麻を先頭に、35階のフロアーに降り立つ。 35階の中ボスは、 「…殺人鬼か…」 かつてまみえたのと良く似た、血塗られた日本刀を構えた敵だった。 醍醐の呟きを頭上に聞きながら、龍麻は花見の夜の出来事を思い返す。 ──あの時は村正の妖気にあてられたけれど…今度は…いいえ今度こそ… 躊躇せず接近すると、そのまま懐に潜り込み掌打を見舞う。 相手がバランスを崩し隙だらけとなった胴体に 「龍星脚ッ」 陽の《氣》を伴った強烈な蹴りを受け、殺人鬼は洞窟の壁に激突しそのまま煙のように消え去る。と同時に、キインと甲高い金属音を伴って無銘の刀が地面を転がる。 このフロアのボスを斃したことで一息ついた龍麻は、今度は仲間たちのフォローに向かうべく背を向けた。 「龍麻ッ、まだ後ろにもう一体…」 「えッ」 警告を発する葵の言葉に、再び構えをとる龍麻だったが、 「ちょっと待ったッ、ひーちゃんッ!!」 「その声は、…京一…君…」 暗がりから現われたのはやや薄汚れた格好になっているが、逆に幾分精悍さを増した蓬莱寺京一の姿だった。(BGMに「揺ルギ無キ防人ノ唄」を思い浮かべて下さい) 「…へへへッ。久しぶりだな。この3日間の修行の成果を引っさげて、蓬莱寺京一、見参」 言葉を失っている龍麻に名乗りを上げてから、手にした刀の柄を握り直すと、 「行くぜッッ!!」 「あ、駄目よ、京一君──」 慌てて制止する龍麻の声を無視し、そのまま敵中に突撃をしかけた。 「地摺り青眼ッ」 ドオオンと目の前の敵を一直線に蹴散らすと、 「次はコイツを本邦初公開してやるぜッ。朧残月ッ!!」 素早く手首を返し敵方に剣の峰を閃かせ、そしてまた刀身を振り下ろす。 「あの技は…」 初めて見せる技の数々に、醍醐たちは闘いの手を止めてつい見入ってしまう。 「よもや法神流の技をこの目で見られるとはな」 江戸時代から続く道場に生まれた紫暮は、一子相伝の流派の為、自分も噂だけでしか聞いたことの無い幻の技だと他の皆に教える。 「そういや、俺サマの習った龍蔵院流槍術とも因縁浅からぬヤツだって前に師匠が言ってたな」 道理で出会った時から相性が悪かったワケだと、雨紋は肩をすくめた。 「ねえ、京一君の手に持っている武器、あれはこの間お店で買った物と違う気が…」 「うん…そういえばそうだね」 ひそひそと囁き合う葵と小蒔の指摘通り、京一の手に握られた刀は『童子切安綱』(攻撃力140、行動力+1)ではなく 「……クトネシリカ…」 龍麻が呟いたのはアイヌの英雄叙事詩であるユーカラに謳われた守り刀の名。青光りする刀身はまさに凍てつく湖面のようと讃えられし霊刀である。 <へへッ、攻撃こそ最大の防御っていうからなッ。これで打たれ弱さを克服するとは俺も考えたぜ> 確かに武器の基本攻撃力は184と、現在の仲間内で最も高い数値を誇っている。 <身体も何となく身軽に感じるしよ> 行動力+5の効果は如実らしい。 <何よりもコイツを手に入れてから妙に朧残月が上手いこと出るようになって> ちなみにこの刀の追加効果は暗闇と凍結である…。 無論、この刀の威力を云々言う前に、そもそも入手出来た前提として、京一の涙ぐましい努力があったというのを、彼の名誉の為に付け加えておこう。生まれて初めて自主的にそして真面目に修行に取り組んだのだから、京一の剣の師匠が聞いたらさぞや驚きの余りひっくり返ること請け合いだろう。 京一がその名刀に更なる《氣》を込め一振りすると、このフロアーの敵は程なくして全て斃されてしまった。 口々に京一の強さを讃える仲間たちを前に、 「はっきり言って、生まれ変わった蓬莱寺京一に死角なし。 ここから先どんな強敵が立ちはだかろうとも俺の剣技を止めることは出来ねェぜ」 得意満面の京一、仲間内で最強の男として自他共に認められた瞬間である。 だが… 「京一君…どうして……酷いわ」 一番褒めて貰いたい人物の口から飛び出したのは、無情にも自分の行動を否定する言葉だった。 「京一君にはまだ参加しないでいて欲しかったのに…」 クリティカルヒット級の威力を発する龍麻の不機嫌な表情に、京一は涙目を浮かべる。 「何でだよ…ひーちゃん…。今の俺はもう充分な《力》を持ってるだろ。これだったらひーちゃんがどんなピンチに陥ろうと、俺がきっちり護ってやれるぜ」 誰よりも強くなれば、仲間の中でも不動の地位を確保できる筈だった。 「だったらこの先、この間みたいに仲間から外される理由もなくなるよな」 その言葉を受け、より一層真剣さを増した口調でそれは大きな誤解だと言い返す。 「私が京一君を戦闘メンバーから外したのは、京一君が皆の中で一番強かったからなの」 「へッ?」 龍麻は悲しげに睫をしばたたかせると覚悟を決め、全員に2度に渡る旧校舎での修行の本当の理由を告げた。 ≪四≫ それはつまり、こういうことだった。 この間、骨董品屋でそれぞれに相応しいと思われる武器を入手したのだが、実際のところ龍麻の目から見て、醍醐も小蒔もまだそれらを使いこなせる域には達していなかった。その理由を龍麻は家に帰ってからじっくりと検討する内、これは今までの戦闘の闘い方に問題があったのだと、はたと気がついたのだった。 「要するに、私と京一君ばかりで敵を斃してしまっていたから…」 他の仲間たち全員に対し、実戦における《力》を底上げさせる必要性をここにきて痛感してしまったのだという。 「だから、全員の実力・経験の足並みが揃うまで京一君を連れて行く訳にはいかなかったの」 「うッ、それは…、けどよ、そういうひーちゃんは、ちゃっかり闘ってたじゃねェか…」 「この2回の修行の間、私が闘ったのはさっきの敵ただ1人よ。他の所では一切手を出していないわ」 日曜日に旧校舎の修行を終えた後、葛飾区の道場までわざわざ稽古に向かったのは、こういった事情が有ったからだ。 「それじゃあ、何であの敵とだけは闘ったんだよ」 「それはだな、この先の闘いを勝ち抜く為には、過去に破れた敵を倒し、己の内にある苦手意識を克服する必要があると思ったから…そうだろう龍麻」 「拳を交えずとも相対した瞬間にもう勝敗は決まる。 即ち鍛えるべきは自分の肉体の強さや技ではなく心であると、私は自分の師匠から教わったから」 醍醐に自分の抱えていた悩みを理解してもらえた喜びで、龍麻は一瞬だけ顔をほころばせる。 「ちゃんと京一君や皆に理由を説明しなかった私が一番悪いとは思うけれど……」 「あ、そうか。そういう理由を先に教えられちゃうと、皆自分が闘かわなきゃってそれぞれ気負っちゃって、かえってチームワークを乱す原因になるもんね」 「俺たち自身のプライドの問題も有るしな…悔しいが、でも事実は事実として認めねばならんな。今まで龍麻だけでなく京一にも頼りっぱなしだったということを」 小蒔と醍醐の意見に納得させられる一同だったが、 「ちょっと待って、龍麻。さっきのあなたの言った言葉から察すると、今の階の敵のほとんどを京一君が斃したから、この先あと5階は下に降りないと…本来の目標が達成できないってことよね」 「その通りよ、葵。特に雨紋君と亜里沙、2人にはもう少し頑張ってもらわないと…」 「うわッ、サイテーだぜ、あと5階下に行くのかよ。今晩ライブ控えてんのに」 「ちょっと待って。冗談じゃないわ、そんな悠長なことしてたらまだ開いているお店だって閉まっちゃうじゃない」 かなり個人的な理由で不満たらたらの2人の怒りをまともに受け、京一は言い訳を試みる。 「それならそうと、今は闘うなって一言言ってくれりゃ、俺は手出ししなかったのに」 「あら、龍麻はあの場で制止してたじゃない」 「それを振り切って突撃してたのは、どこの誰だよッ。やっぱり京一って、本質はただの喧嘩好きだったんだね」 葵と小蒔に弁解はあっけなく粉砕された。 賞賛も束の間、今や全員の冷視線を一身に浴び、立場が著しく悪化した京一だったが、 「でも皆も疲れたでしょうし、約束通り今日はここで切り上げましょう。その代わり悪いけれど今度の日曜日、また来てくれるかしら。もちろん京一君を除いてという意味だけれど」 龍麻からの提案で、それ以上槍玉に上げられることはなかった。 「それじゃ仲間ハズレは今度の日曜日で終わりだな」 ようやく人心地ついた京一は嬉しそうに龍麻に話し掛ける。 「ううん、京一君はしばらく戦闘に参加しなくていいわ」 「は?」 「だって、私たちよりもずっとずっと強くなっているんですもの。さっきも理由を説明したと思うけれど…」 「それならいっそのこと、ひーちゃんも俺と一緒に待機してようぜ。なッ、いいだろッ?」 縋りつく京一を、きっぱりと龍麻は撥ね退ける。 「駄目よ、京一君は1人だけで修行して、1人だけ強くなったんですもの。だから私たちも京一君と肩を並べられるように修行に励まないと。でも9人全員となると結構時間がかかりそうね…。京一君が3日ということは、単純に計算しても約1ヶ月」 「えッ…」 龍麻は京一の頑張りに負けていられないと決意を固めると、 「それじゃあ今日はちゃんと自宅に帰るのよ」 お疲れ様と爽やかな笑顔を見せ、他の仲間たちと同様家路に向かった。 「……俺の3日間の修行って一体何の為だったんだ……」 仲間たちが全員立ち去り、人気が無くなった旧校舎で自問自答する京一。 そして… 「余計ひーちゃんと逢えなくなっただけじゃねェかよ〜〜!!!」 数分後京一の絶叫だけが、ただ空しくこだました。 |
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