目次に戻る

dislike 前編


  ≪壱≫

 9月のとある日。
 遠野杏子は今度の真神新聞最新号に掲載予定の記事の調べ物をする為、学校帰りに近くの区立図書館に立ち寄ってみることした。夜7時近くであったが、学生や会社帰りのサラリーマンらでそこそこ混みあっている館内だった。が、そんな中でも一際目立つ少女を発見した。

「奇遇だわッ、龍麻も来てたのね」
「アン子…」

 やや疲れきった表情で、机の上に広げていたレポート用紙から顔を上げたのは、アン子の良き獲物もとい友人である緋勇龍麻だった。

「これね、桜井ちゃんたちが言っていた研究資料って…」

 遠慮なしに数枚重ねられていたそれを手にとって、興味深げに眺めるが、

「ダメダメッ、ぜんっぜん読めないわ〜」

 ドイツ語で書かれているレポートは、好奇心の塊であるアン子にもそれ以上読もうという気を失せさせるに充分な力を持っていた。

「でしょう、私も中々先に進まなくって…。もう少し真面目にドイツ語勉強しておけばよかったって後悔している所なの」

 それでもまだドイツ語と英語は文法的にも、言葉的にも似通った所があるからと、分厚い辞書を片手にここ数日奮闘しているのだという。

「それに……調べ物をしていれば、気が紛れるから…」
「えッ、どういう意味よ、それ」

 龍麻はうっかりアン子の前で本音を口から滑らせてしまったことを後悔したが、それは後の祭りであった。

「気にしないで、ちょっと疲れてるだけだから」

 必死に誤魔化そうとするが、人一倍他人の言動に敏感なアン子がその言葉を見逃すわけが無かった。

「……龍麻、確かにあたしは皆と違って闘う≪力≫っていうのは持ってないわ。でもね、友だちとして相談に乗るっていう位は許されてもいいんじゃない?」

 更には、アン子が他人の口から秘密を引き出すのを得手としていることも、改めて思い知らされる結果になってしまった。

「………ね、だから───」

 哀しみに満ちた表情を作り、迫真の演技で迫ってくるアン子に、遂に龍麻は最近悩んでいる事柄の一つを告白することにした。それは────


「ふう、成る程ね。…確かにそういうことは他の人たちには言い難いわね」
「ええ、そういうことになるかな…愚痴を聞いてくれてすっきりしたわ、ありがとう…」

 話を聞くという段階で終ってくれることを龍麻は神仏に祈るが、アン子の目の爛々とした輝きからは、その可能性は絶望的に低いということを窺わせた。
 そして予想通り、アン子は力強く自分の胸を一つ叩く。

「そういうことなら、任せてッ。ここは未来のジャーナリストにして現在は真神新聞の美少女記者遠野杏子様が、的確な情報を元に龍麻の悩みをド〜ンと解決してあげるわッ!」

「アン子…出来るだけ、その…穏便に…頼むわね」

「ふふふ、穏便という言葉は私のためにあるような言葉よ。じゃあね」

 それをいうなら、過激というのがアン子のモットーじゃなかったかと喉の奥から出かかったのだが、言うより先にさっさと鼻歌混じりに上機嫌な様子で図書館から出て行くアン子の後ろ姿を見て、龍麻はどうしようもない不安が心の中をじわりじわりと侵食していくのを感じた。


「あ、もしもし、ミサちゃん。あたしよ…実はね…」
「んふふふふふ〜。ミサちゃん何でもお見通し〜」

 3-B組の恐怖の的となっているこのコンビが手を組んで始めたプロジェクトとは…




  ≪弐≫


 真神学園の敷地の片隅にひっそりとその姿を見せている旧校舎。現在使用されていないそれは、一般の生徒や教諭らにとっては何の価値も無い建物に他ならなかった。だが、それが故に人目に付きたくない目的を持っている者には、この上ない隠れ場所になっている。
 更に好都合なことに、この旧校舎の地下には一般の人々ならば近寄ることもままならない異空間が広がっていた。時間も空間も捻じ曲がったようなこの空間は、ただひたすら下へ下へと続いており、しかも下に行けば行くほど出現する敵もその強さを増していった。

 立ち入り禁止にも関わらず、龍麻やその仲間たちが足繁く訪れるのには、ここが上記のような好条件を満たしている空間だったからだ。激化する敵との闘いに生き残る為には修練を重ねる他なかったが、いくら都会の無関心さが叫ばれているとはいえ、流石に街中で自分たちの≪力≫を堂々と見せる訳にもいかなかったのである。

 但し、ただ一つ条件として龍麻が付け加えたこと、それは『決して一人では訪れない』
 ───生死に関わることであるので、この規約は絶対のこととして仲間になる際に、必ず約束させられる事柄であった。
 実際の所、普段は龍麻が号令をかける、もしくは自主的に仲間たちが龍麻の元を訪れて一緒に旧校舎に向うケースが大半なので、現在まででこの規約に違反したのは、他ならぬ龍麻ただ一人だけであった。



「みんな集まったようね」

 新聞の取材の時に入って以来、久方ぶりに旧校舎を訪れたアン子の前には、よく知った顔ぶれ+αがずらりと顔を揃えていた。というよりは、裏密の呪文で強制的に呼び出されたといった方が適切だったが…。

「おいッ、アン子ッ、俺たちをこんなトコに呼び出して、いったい何のマネだ?」

 せっかくの休日を邪魔されたと、京一が声を荒げ、アン子を問い質す。

「何の真似って、決まってるでしょう。あんたたちがここでやることといえば」

 涼しい顔をして答えるアン子に、今度は醍醐がやや神経質そうな表情で訊ねる。

「……それはそうだが、一体このメンバーは……」

 いつも固定メンバーとして一緒に潜るはずの、龍麻や葵、小蒔の姿が見えないのを不思議に思っているようだった。

「何なんだよ、このバランスの悪い顔ぶれはッ!!」

 京一が指差した先に立っているメンバーとは、

雨紋雷人(得手は中距離攻撃、別名ピ○チュウと呼ばれる雷使い)
藤咲亜里沙(同じく中距離攻撃、もっぱら色気を武器にする女王様)
裏密ミサ(得手は遠距離攻撃、周囲を恐怖に陥れるのが最大の特徴)
紫暮兵庫(得手は近距離攻撃、ドッペルゲンガーを駆使するが足は遅い)
アラン蔵人(得手は遠距離攻撃、その性格がやかましいと評判のラテン男)
織部雪乃(得手は中距離攻撃、勝気な性格でそこらの男以上に男らしい)
織部雛乃(得手は遠距離攻撃、人見知りする性格でいつも姉の後ろにいる)

 以上に、自分と醍醐を加えた総勢9名であった。攻撃力はある程度期待できるかもしれないが、回復専門の人間がいないのが辛いといったところである。

「仕方ないじゃない、結果としてこうなっちゃったんだから」
「結果として〜?どういう意味だ、それはッ」
「んふふふふ〜、これは〜ミサちゃんの呪文の結果なの〜」

『裏密の呪文!!!』

 仲間内では占いの的中率のみならず怪しげな術使いとして、存在そのものが畏怖の対象となっている裏密の言葉に、アン子を除くその場のメンバー全員が一瞬凍りついた。

「理由は〜、そうだね〜、みんなの胸の内にある〜って言っておこうかな〜、取り敢えず〜。そ〜じゃない人も〜何人かいるけど〜、んふふふ〜」

 おまけに裏密はその胸の内にある理由を解決しなければ、ここから脱出できないように出撃メンバーには全員呪いをかけてあると宣告した。

「何ィ〜ッ、冗談じゃねェぜッ!!」

 雨紋は目当ての龍麻がいないので、さっさと帰ると上に戻ろうとしたが、

「………帰り道が見えねェ……」

 その行動は図らずも裏密の言葉を裏付ける事実を確認するだけだった。

「せめて回復する奴らだけでも参加させてくれれば、よい修行になるのだが」

 さすが修行の鬼、紫暮兵庫はこのような状況をも己を磨くよい機会だと考え始めたようである。

「安心して、そう思って、万が一に備えて回復係兼お目付け役を用意してあるから」
「うふふ、だからみんな安心して闘ってね」

 アン子の傍らで慈悲の笑顔を見せるのは、『真神の聖女』と誉高き美里葵であった。

「美里、お前は戦闘に参加しないのか?」
「ええ、今回は参加してはいけないと言われてるのよ、醍醐君。ねえ、アン子ちゃん。みんなにも今回のメンバー選出の理由を話してあげた方が良いのではないかしら?」
「そうねぇ、確かに理由がはっきりしてないと、解決も何もないかもしれないわね…」
「んふふふ〜、でも〜知ったらみんな〜余計に脱出できなくなるかもね〜」

 裏密の言葉は気になったが、それよりも何故今ここに自分たちが呼び寄せられたのか、そのことの方がもっと気になったため、満場一致で理由をアン子の口から聞き出すことにした。

「京一、あんた、仲間の中でこいつはムカツクっていう人いるでしょ」
「ああ?何を言い出すかと思えば…そりゃー、一人や二人…(じゃ済まねェな実際は。ひーちゃんに言い寄る奴らはみんなムカツクし)でも一番癇に障るのは、ズバリこいつだぜッ」

 ビシッと指差した先にいるのは、アン子の話を他所に雪乃や雛乃にちょっかいを出しているアランであった。

「Why?なぜデースか?」
「何故もクソも…何だか見ててムカツクんだよッ」
「それって、アンタたちが似た者同士だからじゃないの?」

 ずばりと理由を言い当てる藤咲に、アン子は同じ質問をする。

「アタシ、そうねぇ、あんまり話したコトないからアレだけれど、この子を見ているとちょっとね…。理由は…アタシと正反対だからって感じかしら」

 ちらりと送った目線の先には、織部雛乃の姿があった。

「おい、うちの雛に何因縁つけてんだよッ!」

 雛乃に代わって怒る雪乃だったが、

「そういう雪乃さんだって、いるでしょう?」

 葵に問い詰められれば、自然と口から答えが出てくる。

「ああ、オレは蓬莱寺みたいな軟派なヤローは見ていてムカツイてくるんだッ。いつでも女のコトばかり考えて、ふざけたヤローだぜ」
「お前…そこまで言うか〜」

 京一は雪乃の毒舌に、ようやくここに集められた理由に気が付いた。

「ちッ、そういうことか…」
「ようやく分かったようね。そうよ、ここに呼び出された理由は現在仲間内で苦手な人間が存在していること。ちなみに後の人たちは、醍醐君はミサちゃん、雨紋君は織部雪乃さん、紫暮君は藤崎さん、織部雛乃さんは雨紋君…以上ね」
「え、ええッ、俺サマ何か雛乃さんに悪いことしたっけ?」

 先だって如月骨董店で出会ってから共に龍山の庵に向うまでの出来事を思い浮かべながら、雨紋は複雑な顔をする。

「ま、気にすんな。雛が男に免疫無いのは昔っからだし、何より金髪の男が恐いんだとよ」
「……だから迷わずアランの方のバイクに乗ったんだな…あン時」

 にしてもそんなコト位で、と言いたかったが、雛乃が済まなさそうに顔を伏せているのを見て、雨紋はその言葉を飲み込んだ。

「んふふふふ〜、雨紋く〜んはいいわよ〜。ミサちゃ〜んとアランく〜んは、一方的に苦手と思われているから巻き込まれただけなのに〜。んふふ〜★」

 やや温度を下げたその口調に、彼女を苦手人物としている醍醐は背中から冷気が立ち昇ってくるのを感じた。

「ここに来られてない方は、今のところ苦手な人がいない、もしくは誰からも苦手と思われていないということですのね…」
「うふふ、そういうことになるわね」

 聖女とよばれる葵にだって苦手とする人物はいるのだが、その人は既に過去の世界に旅立っていたので、今回はセーフであった。
 いずれにしても人間である以上、好悪の念というのが付きまとうのは致し方無いといった所だろう。

「それよりもみんな、どうして今日ここに呼ばれたのか、理由もそうだけれど、その目的の方が大切なのよ」

 アン子は眼鏡の縁に手を軽く添えながら説明を続ける。

「この先闘い抜く為には、何よりもチームワークが大切。それなのに仲間内に苦手という人物がいるということはどういう意味を持ってくるか───分かるわよね?龍麻もそのことを心配していたわ『もし自分がいなくても、皆は仲良くやっていってくれるわよね』って」

 その言葉を聞いた時、アン子は、真神の生徒を除く仲間たちは、ほとんど龍麻個人を慕って仲間になったという経緯が引っかかっているんだろうと、以前葵や小蒔から聞いた情報をもとに即断した。それに、何より他人の気持ちを優先してしまいがちな龍麻の性格からいって、例え葵や小蒔であっても共に闘う仲間である以上、このような悩みを打ち明けられる訳も無いだろうと判断し、ここは第三者である自分が解決に乗り出そうと決意したのだった。

『龍麻が!?』

 異口同音に、驚きの響きを伴って自分たちの実質上のリーダーの名を口にする。

<そういえば…俺たち、ひーちゃん<龍麻サン>の前で結構ケンカしてたもんな〜>←京一、雨紋
<裏密は頼りになるんだが…どうも…いやこれは俺の心の弱さが原因だ…>←醍醐
<俺はどうも気の合った男友達としか話をせんしな…>←紫暮
<アタシあんまり他の女の子と一緒に闘ったことなかったわね…>←藤咲
<オレと雛<わたくしと姉さま>はまだ一緒に闘うようになってから日が浅いし>←織部姉妹
<ミンナ仲良しになれれば、もっとHAPPYネ>←アラン
<……んふふふふ〜みんなの≪力≫が一つになれば〜もっと〜>←裏密

 それぞれが、それぞれの想いを心の中に抱いた。そして同時に、この場に龍麻の姿が無いことを心から幸いに思う。

<もしひーちゃんが俺たちの中の誰かが苦手なんて言った日にゃ、ソイツは生きていけなくなるぜ…>

 京一の心の呟きは、みんなに共通の想いだった。


『よーし、ここは俺たちがちゃんとやっていけるということを証明してやるぜッ!!』

 全員どうにかやる気を見せ始めたので、アン子はほっと安心した。

<やり方は多少強引かもしんないけど、結果として皆が仲良くなれば、龍麻の悩みも見事解消って運びになるし。ああ、あたしって本当、友だち想いよね〜>

 自分の優しさに一人うっとりしているアン子を置いて、9名+葵は下の階層へと移動を始めた。

「ちょ、ちょっと〜、あたしも連れて行きなさいよ〜ッ!!」

 こんな所で置いてかれるのはゴメンなので、焦りながら慌てて後を追いかける。



 そして、現在9人は旧校舎地下90階に到達していた。

「こ、これってアンタたち、調子乗りすぎじゃないの〜」

 潜り始めて既に3時間、旧校舎未体験のアン子は正直地上の空気が恋しいと思い始めていた。

「そんなこといってもよ、上に戻れねェから下に進んでいるだけだろッ」

 苛ついた口調で京一が答える。
 出口を見つける方法は分かっている。つまりはチームワークを大切に闘っていけば簡単にクリアーできるのだからと最初の内、全員タカを括っていた。

 そんな訳で、浅い階の頃こそ余裕たっぷりの余り、京一とアランは軽い口喧嘩をしたり、各人が勝手に攻撃をしたりとしたい放題だったのだが、階層が下がってくれば当然敵も強くなる。自然、防衛本能から無言の内に互いに協力していこうという気持ちは高まりつつあった。
 にも関わらず、いくら進めど一向に出口を見出すことが出来ない。葵も疑問の念を強くし始めたようだ。

「確かにおかしいわね、みんな今は口喧嘩一つもせずに、黙々と闘っているのに…」
「ミサちゃん、もしかして呪文…失敗したんじゃないの…?」

 アン子はいつもよりやや控え目な口調で裏密に訊ねる。

「ん〜、呪文は問題無いと思うんだけど〜」

 心配しなくても、半日もすれば自然に解けるように設定はしてあると解説する。

「…あと3時間…か。こんなトコで膝突き合わせてぼ〜っと待ってるのも退屈だし、こうなったら降りられるトコまで行ってみるか!」
「うッ、マジでか〜?そろそろレベル的にキツイんじゃねェかッ」

 うんざりとした表情の雨紋を、アランが背中をバシバシと叩きながら励ます。

「Hahahaha!ダイジョーブ、みんなで渡れば恐くないネ」
「…それを言うなら降りればだろ、この場合。ま、でもこういう時には、あのボケ外人みたいな考えのヤツがいてくれた方が、気が晴れていいってか」
「お前がアランを誉めるなんて珍しいな、京一」

 醍醐の言葉に、京一はやや照れくさそうに顔を顰める。

「はん、バカと何かは使いようっていうじゃねェか」
「キョーチに言われたくはないデース。でもこの先まだ進めそうな感じシマス。下から吹いて来る風が教えてくれマシタ」

 その言葉に一番反応を示したのはアン子だった。

<確か前に龍麻が言っていたわよね。ここって深い階に潜れば潜るほど、希少価値のある道具や武器を発見することが出来るって。どうせ今すぐには地上に戻れないのだったら、部費を補填するためにそれを回収していくのも悪くないわね…>

「おいアン子…お前何かまた良からぬことを企んでるだろッ」

 自然と笑いを浮かべ始めたアン子に、付き合いの長い京一は何かを察知したようだ。

「ば、馬鹿な言い方しないでよッ」

 相変わらずこういうコトには鋭いヤツねと、内心舌打ちしつつ、アン子は今回の自分の計画と自分自身の野望、双方を完遂させる為に、締め切り前さながら、必死に言葉をつむぎだす。

「どうせだったら……、そうね、ここから先は皆で順番に作戦指揮官を担当するっていうのはどう?どうせ敵が強くなる分、誰かが戦闘指揮をしないと辛いでしょうし、皆で担当すれば日頃の龍麻の苦労が分かるってモンでしょ」

 とっさに口をついて出た言葉だったが、それも一理あると、まだ疑惑を捨てきれない一部の人間を除いて納得させられてしまった。そこで、ここは学生らしくアランから出発し京一までアイウエオ順で次の91階から1階ずつ、作戦指揮を担当するように割り振った。

 もともと、ここにいるメンバーたちは、それぞれの学校や部活動などでリーダー的な立場に立っている人間である。それにアランが告げた通り、この先の階は一体一体の敵の強さこそはそれまでよりも際立ち始めたが、数の方はぐっと減っていたのも幸いし、各人はまずまず無難に指揮をとり、それぞれの階の闘いを潜り抜けていくことが出来た。

 いつしか、順番的に京一が担当する99階にまで、一同は移動していた。

<やれやれ、こういうのって面倒くせェけど…仕方ねェか>

「おい、雨紋と雪乃。適当に敵陣を崩せ。それに続いて醍醐と紫暮と俺が突っ込む。藤咲と裏密、雛乃、アランは状況を見てフォローしろッ。……以上」

 口から出てくるのは一見いい加減な言葉だったが、中身はそれまでの8人の作戦と大差は無かった(というか戦闘参加メンバー的に、これ以外の作戦を8人が8人とも思いつかなかった)

<…こんなコト一ついうのも、結構気が重いもんだな。いつもはひーちゃんがばっちり作戦を立ててくれるから気が付きもしなかったぜ>

 自分の口から命令を出す、すなわち仲間たちの命運を左右する言葉を発するということの恐さを、京一はまざまざと突きつけられた気持ちであった。
 それは8人も感じていたことなので、京一のいい加減な口調に聞こえる命令にも、誰一人文句を言わず、おまけにこの階もザコ敵ばかりだったこともあり、あっさりと戦闘は終了した。


 次はいよいよ100階だと、興奮と緊張感とが織り成す雑多な空気が支配するこの空間に、その時、それを吹き払うような清澄な≪氣≫が流れ込んで来た。

後編へ >>
目次に戻る