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dislike 後編


≪参≫

「…どうしてみんながここにいるの?」
「その声は…まさか龍麻ッ!?」

 アン子の言葉に、ギョッとした一同が声のした方向を見ると、確かにそこに龍麻の姿があった。息こそ全く乱してはいないが、龍麻自身の放つ≪氣≫がいつもより高まっている様子から、既にいくつか戦闘を潜り抜けてきたのは明らかだった。

「どうしたも、こうしたも…俺たちの方が聞きたいくらいだぜッ!でひーちゃんが、こんな深い階層にたった一人で潜ってんだッ!!」

 まさかまた規約違反をしたのかと、やや京一は声を強めて問い掛ける。しかし龍麻も当惑した表情のままで、

「…よく分からないんだけれど、気が付いたら90階近くに飛ばされていたのよ」

 それで脱出口を目指して下へ下へと進んでいたのだが、何故だかそれが見つからない。仕方なくこの先に進む通路で一休みしていたところ、みんなが敵と闘い始めた様子を感じ取れたので、そこから引き返して来たのだという。

「んふふふふ〜、ひーちゃんが〜90階まで一気に飛ばされたのは〜前に来た時の記憶がそうさせたのね〜」

 確かに90階までは龍麻を始めとする10人で以前にチャレンジしたことがあったので、その言葉には納得できた。そう考えると、後から来た自分たちの道行きに敵が少なかったことも頷ける。

「それはそうとして…」

 今日の旧校舎には裏密の呪文の効力のあった者以外無闇に立ち入れないよう、封印も施されてるんじゃなかったっけとアン子が驚きの声を上げる。

「ん〜もしかしたら〜ひーちゃんにも〜誰か苦手な人がいるのかもね〜」
「二人とも…、何、その呪文だとか封印だとかって…?」

 聞き捨てならない言葉に、龍麻が鋭く反応した。しまったとアン子は心の中で思ったが、こうなったらと半ば開き直って今までの経緯を掻い摘んで話をすることにした。


「……そう……」

 自分がアン子に洩らした悩み事が、こんなに大事になってしまっていたことに、龍麻は本当に済まないことをしたとアン子を始めこの場の者全員に謝った。

「いいのよ、あの人たちの場合は自業自得に近いものがあるんだから。それよりも、龍麻がここにいることの方がみんなショックみたいよ」
「……私がここにいる理由がミサちゃんの呪文によるっていうのだったら…、私がたった一人だけ別の場所に飛ばされたのも理解できる気がする」

 にわかに緊張感が高まった一同の前で、龍麻は溜息混じりに告白する。

「それは…自分が…嫌いだって気持ちがそうさせたのだから…。本当は弱い人間のくせにそれを隠して強がって見せている自分、偽善者ぶっている自分──」

<それに私は………だから。>

 まだみんなに言い出せないでいる、ある秘密事が龍麻を一層自己嫌悪に陥らせていることは、誰も知る由もなかったのだが。

「自分を貶めるような考えを抱いちゃいけないってことは、前に京一たちから指摘されているし、自分でもその通りだと思う。でも…時にどうしようもなく不安で恐くて堪らない気分に襲われる…。だからアン子に『もし自分がいなくても、皆は仲良くやっていってくれるわよね』なんて愚痴を零してしまったのね」

『もし自分がいなくても──』という言葉の本当の意味は、自分がいない方が良いのではないかと自問するものだったのだと、ようやく仲間たちは悟った。

「土壇場に来てこんな迷ってばかりの人間が一緒にいたら、みんなの足を引っ張るだけかも知れないのに。…本当にごめんなさい」
「…ひーちゃん…この世の中で、自分に嫌悪感を抱いたことの無い奴の方が珍しいぜ」
「京一…」

 いつもは自信過剰という形容詞がぴったりとくる京一からの思いがけない言葉に、龍麻は驚きととまどいを隠せないでいた。

「そうだぞ、龍麻。誰かしら苦手とする物があるのと同じで、誰にだって自分の中にだって、許せる部分と許せない部分が有るものだろう」
「そういった心の事象の振幅はその時々によって変わっていくものなのではないのかしら。だから、龍麻が時に不安に襲われる自分を恥じることはないのよ。これは私だって常日頃は意識していなくても、何かの拍子に表面に現れてくる感情なんだから…」
「醍醐君…葵…」

 その言葉を受けて、龍麻は改めてみんなの顔を見つめた。彼らは言葉こそ発していないが、京一ら3人の言葉に、賛同していることは明らかだった。

「龍麻様…、わたくしたちこそ龍麻様に謝らないといけませんわね。わたくしたちにとって龍麻様が特別な存在だと思う余り、偶像として完璧な姿を無意識の内に求めて押し付けていたことを…」
「雛の言う通りだな、龍麻はオレたちと同じ普通の高校生だってコト忘れてたぜ」
「ふふッ、だからって憧れる気持ちを捨てはしないけれどね。それに、龍麻はやっぱり強いわよ。だって、あたしは抱えていた悩みを他人にぶつけることで、そういったものから目をそらしていたのに、龍麻ってば絶対にそこから逃げようってしないもの。本当の自分の気持ちに向かい合うって、一番勇気がいることなんだって、それを気付かせてくれたから、あたしは龍麻に惚れたのよ」

 雛乃と雪乃、そしていつの間にかそこに藤咲までが加わっていた。
 3人の言葉に、龍麻は強張っていた表情をやや柔らかにする。

「……そうね。私たちは図らずも人と違った≪力≫というものを持つようになったけれど、でも、それ以外は全く普通の高校生なのよね。そう在りたいと願っていたくせに…。私ってつくづく成長してないわね」
「なーにいってんのよ。この世に悩みのない完璧な人間がいたら気持ち悪いじゃない。…それに、龍麻は多少天然ボケはいってて、抜けているくらいの方が、かえってその他と釣り合いが取れるってモンよ」
「アン子……」

「そうそう、完璧な人間っていうのはいねェぜ。完璧に近いヤツならここにいるけどよ」

「…頼むから、それは『俺だ』っていう、ベタベタなギャグは言わないでよッ」

 アン子と京一が交わすいつもの忌憚の無い会話に促され、龍麻は自然と口元をほころばせた。

「ありがとう…みんな」
「わはははッ、礼には及ばんさ。俺たちの方こそ、いつもお前を頼ってばかりいたんだからな。礼を言わねばならんのは、こっちの方だ」

 紫暮は豪快に笑った後、裏密も笑顔を口元に浮かべて話し掛けてきた。

「『cogito,ergo・sum』(我思う故に我有り)すべてを虚偽だと考えても〜それを考えている自己の存在は否定し得ないの〜」

 だから、悩み考えることは、同時に自分自身の存在を確認する作業なんだと裏密は言う。

「…俺サマは難しい言葉は分かンないけどよ、その、うんと悩んだ末の結論ってのは、悩まないで出した結論より、はるかに価値が有ると思うぜ。だから、俺サマはどこまでも龍麻サンを信じて付いて行くし、全身全霊で守り抜くぜッ」
「ライトだけじゃないデス。アミーゴのボディーガードはボクもきっちり務めるネ。だからタツマは真っ直ぐ前だけ向いていればいい」

 照れ笑いの雨紋と、満面笑みのアランが龍麻の左右の手をそれぞれ取り、まるで騎士が誓いを立てるような口調で話す。

「ったく、てめえら、ここぞとばかりにひーちゃんに接近しようとするんじゃねェッ!」

 京一が二人と龍麻の間に割って入り、ぱぱっとその手をすばやく払いのけると、

「大体、俺の決め台詞を勝手に横取りやがって…。と、とにかくだ。俺はひーちゃんがどう思おうと最後まできっちり付き合うからなッ」

 抗議の声を上げる雨紋とアランに取り合わず、さり気なく龍麻の肩を自分の方に引き寄せつつ宣言する。龍麻はその言葉にさらに頬を染めるが、京一の言葉を遮ろうとはせず、ただ黙りこくっていた。

 代わりに口を開いたのは、葵の方だった。

「うふふ、京一君ったら…。龍麻はみんなのリーダーなのよ。だから独占は良くないわ」

 静かな中に不穏な何かを本能で感じた取ったのか、京一は素直に龍麻の身体を解放した。

 一方、葵の言葉に龍麻は小首を傾げる。

「葵…私がリーダー?」

 龍麻の無自覚さに、葵は最初やや驚いたような、でもすぐに確信に満ちた表情に切り替えた。

「そうよ、もしかしてまだ自覚が無かったの?うふふ、だったら次の階はいつものように龍麻が指揮をとればいいわ。そうすれば、みんなも龍麻も何かを感じ取ることができるわよ」




  ≪四≫

 初めて訪れる3桁の階層。そこに足を踏み入れた瞬間、ひときわ巨体を誇る鬼を中心とした敵の大群の蠢く姿が目に飛び込んだ。地下深い場所特有の淀んだ空気に混ざり合って伝わってくる殺気は、先程までとは敵の強さが一段違うと、龍麻に警告を与えてくる。

 だが、龍麻はそれらに対して怖じるよりも、ここから全員無事に脱出できることのみに意識を集中させていた。

「みんな、気をつけて。敵にも指揮官がいるから、こちらもそれなりに作戦だって行動しないと返り討ちに合うわ。だから周囲の敵を掃討するより先に、中心にいる敵将を叩くことを重視するわ。そうすれば敵もなし崩し的な攻撃しか出来なくなる筈よ。その為にもあの周囲を取り巻く敵の一角を集中攻撃して、突破口を開かなければ───」

 軽く二・三度首をひねってから、龍麻は仲間たちに作戦を説明する。

「ミサちゃん、まず最初に攻撃範囲の広い術を発動させて敵陣の一角を崩して。その後は相手の攻撃に巻き込まれないよう気を付けて徐々に前進していって。雨紋君と雪乃。二人はリーチの長い武器の特徴を生かして、術が発動したら同時にその場所をさらに攪乱させるように中心部への道を作ってくれる?」

 近距離・遠距離を使い分けた柔軟な攻撃の出来る裏密、雨紋、雪乃に先鋒を任せ、中陣には打たれ強い醍醐・紫暮と配置する。

「醍醐君は白虎の≪力≫を解放し、前線が孤立しないように、退路の確保も視野に入れての攻撃を。紫暮君は二重存在の≪力≫を使って、特に防御力の弱いミサちゃんと中間の壁役にもなっている醍醐君のフォローをそれぞれ任せる」

 全面的なサポート役を藤咲に一任した上で、もともとサポート中心だった遠距離攻撃型のアランと雛乃には積極的な攻撃を促す。

「亜里沙は前線と後方の間で、攻撃よりもみんなのサポートに専念。道具の使用も状況に応じて自分で判断して好きにしていい。アラン君と雛乃は、飛行系の敵を中心に攻撃、一段落ついたら援護に廻って。その時アラン君はひたすら攻撃系で、雛乃は状況に応じて術も使って欲しいわ」

 最後に京一の方を向き直ると、凛とした声音で互いの役割を告げた。

「京一は、突破口が開かれたら、私と一緒に敵将まで一気に詰め寄る。それまでは≪力≫を浪費しないように気をつけて」


 今回傍観者に徹している葵には、何かあったら援護を頼むと目線で素早く訴える。手早く作戦を立て、仲間たちに指示を出し終えたその表情からは、先程まで自身への嫌悪感などに悩まされていた影はすっかり消えていた。

「それぞれが自分の持ち味を発揮すれば、数の上では不利だけれど、充分勝機は掴めるわ。大丈夫、チームワークなら今の私たちの方が上回っているわ」

 仲間たちの目に映っているのは、みんなの心を奮い立たせるリーダーとしての資質を遺憾なく発揮している龍麻の端然とした笑顔だった。



「うふふふふ〜、それじゃぁ〜ひーちゃんのリクエストに応えて〜さっそく何の魔法ためそ〜かな〜☆」

 無邪気に【アーリマンの闇の粉】を撒き散らす裏密に続き、

「そらッ、【三段薙ぎ】」
「【轟雷旋風輪】」

 雪乃と雛乃は同時に攻撃を仕掛けた。二人は長時間肩を並べて闘っている内に、いつしか自然に呼吸がぴったりと合ってきたようだった。その同時攻撃の衝撃に耐え切れず、敵陣の一角が崩れ始める。

「へッ、やるじゃねェか、バンド野郎」

 雪乃は自分たちの攻撃が効を奏した嬉しさから、隣にいる雨紋を見て、初めて笑いを浮かべる。その屈託の無い笑顔を見て、何故だか雨紋は少し胸の奥に動悸が走ったのを覚えた。

<な、何だかな〜。俺サマの本命は龍麻サンなんだけどよ…>

 照れ隠しから、強がった言葉を口に上らせる。

「あ、当たり前だぜッ。こんなの俺サマにかかったら朝飯前って」
「さっきまで泣き言いってたヤツとは思えねェな。ま、その調子でこれからも頼むぜ」

 次なる目標を定めると、雪乃は≪氣≫を雨紋に同調し始める。

「それじゃあ、次はこいつで決めてやろうぜ」
「ああ、望む所だ」

 二人はにやりと笑うと、そのまま方陣技を発動させた。


「……姉様…」

 そんな姉たちの様子を後ろから見つめていた雛乃に、

「ちょっとアンタ、ボケッとしてんじゃないよッ」

 藤咲が鋭い言葉と同時に鮮やかな鞭捌きを見せる。驚いて後ろを振り返ると、自分の背後に鎌鼬が転がっていた。

「…あ、ありがとう…ございます」
「全く、世話の焼けるお嬢さんだね、龍麻に言われたコトちゃんと実行してよ」
「申し訳ございません」

 雛乃は藤咲の言葉に促され、すぐに弓を引き絞ると、上空に残っている敵影を正確な狙いで次々と地上に叩き落していった。
 空からの脅威が完全に無くなったのを確認できてから、藤咲が再び近寄って来た。

「怪我は無い?」
「大丈夫ですわ。本当にご迷惑おかけしまして申し訳ございません、藤咲様」
「…あのさ、仲間なんだから、そういったかしこまった言葉遣い止めてくれる?」

 その言葉を聞いて更に恐縮する雛乃に、藤咲はやや表情を和らげて話し掛けた。

「アンタ、さっきあの二人の様子に気取られてたんでしょ…。ひょっとして嫉妬?」

 それもどっちにと、にやっと含むような色気のある微笑に、雛乃はここが戦場であることも吹飛ぶように感じて、顔を真っ赤に染めて首を振って必死に否定する。

「ち、違いますわッ」
「ホントに?」

 じっと見つめられたので、雛乃は今度は軽く左右に首を振った。

「わたくし…、ちょっと寂しく感じただけなんです。その…姉が他の方と仲良くしているの見て…。わたくし、いつも姉の後ろをくっついているような人間でしたから」

 あの日、初めて如月の店で雨紋とアランに出会ったとき、雪乃はすぐに二人とも打ち解けていた。その時から誰とでも外交的に付き合える姉が、心底羨ましく感じたのだと言う。それに比べ自分はただ金髪が嫌だという見た目だけで雨紋のことを意識的に遠ざけていたのに。

「私、大切なことを忘れていました。『人を疑わば、信を得る事あたわず』──織部神社に伝わるこの言葉は、人を見た目だけで判断してはいけないという訓戒も込められていたのでしたのに…。私って何て狭い小さな人間なんでしょう。こんな妹がいては、姉も時に息が詰まるでしょうね…」
「そんな気遣いは無用だよ。姉っていうのは、いつだって弟や妹に頼りにされたいって思ってるのさ。…そう思って強がって生きてるんだから…」
「藤咲さん…」

 そう語る藤咲の目は、優しさと微量の悲しさを宿らせていた。今の雛乃の姿が、かつて自分の後ろをいつもくっついていた、たった一人の弟の姿を彷彿とさせたからである。

「その内嫌でも別々の道を歩む日が来るんだから、それまではうんと姉に甘えちゃえばいいのよ。それに今のアンタの目に雷人がまだ恐い人に見えるの?」

 その言葉にも雛乃は首を左右に振った。

「…藤咲さんのおっしゃる通りですわ。私、単に姉と肩を並べて闘える雨紋様が、きっと羨ましくて、それで…」
「うふふ、大丈夫よ。アンタにだってきっとイイ人が現れるわよ。こういう色恋ことに関してはあたしの勘って結構当たるんだから。ひょっとしたら、本当の外国人かもね、アンタの相手は!」
「まあ、藤咲さんったら」

 いつの間にかこちらも肩を並べて味方のサポートに専念する雛乃と藤咲の、洩れ伝わってくる親密な会話を耳にし、紫暮は醍醐に話し掛ける。

「醍醐よ、俺も視野が狭い男だったのかもしれん。まだまだ精神修養が足らんな」
「紫暮…、藤咲は弟を失った悲しみの余り道を誤りかけたこともあったが、裏を返せばそれだけ人一倍愛情深い奴なんだ」
「そうだな…、今の様子を見れば、いくら俺でもその位理解できるさ。──だとしても、よくその後お前らの仲間になったもんだな」
「…あれは高見沢と龍麻のお陰だ。あの二人の≪力≫が藤咲の心のわだかまりを溶かしてくれたんだ…」

<そう考えると、霊的な物が苦手だという理由で、つい裏密から身を遠ざけていた自分がつくづく情けなく感じられるな。俺も裏密の≪力≫で助けられたことが多々あるというのに…>
 
 
「ふう〜ん、何だかんだいって、みんないい表情になって来たわね。さっきまでとは全然違うわ。」

 龍麻の指示に従い、各人が善戦を繰り広げているのを、邪魔にならないように見守りながらアン子は隣の葵に呟く。

「…ところで、美里ちゃんも龍麻を助けにいかなくていいの。あたしのことなら放って置いて構わないわよ」
「うふふ、さっき龍麻が私にアン子ちゃんのことは頼むって、そう目で語っていたわ。それに、龍麻の方なら心配無用よ。彼女には頼れる仲間があんなに沢山いるんですもの」
「そうね──、みんな最初はてんでばらばらな感じだったのに、いつの間にやら一つに纏まっているわね」
「護りたいのよ、みんな…。それぞれがそれぞれの大切な人を、そしてその気持ちに気付かせてくれた龍麻を」

 葵はアン子にというよりはまるで自分に言い聞かせる口調をする。

「だから私たちは闘える…。ううん、共に闘いたいと強く願わずにはいられなくなるのよ」
「やっぱり龍麻がいるというだけで、みんなの気持ちが自然と変わってしまうのね」

<だから…あんな言葉、やっぱり口にしちゃダメよ龍麻。…あなた自身がみんなの心の支えになっているんだから>


 丁度その時、集中攻撃によって敵陣の一角が崩れ、アン子らの目には、敵将と対峙するべく一気に中心部へ駆け出す龍麻の姿をはっきりと捉えることが出来た。

 不思議な黄金の≪氣≫を纏っている龍麻の姿──それは言葉だけならばこの世ならぬモノとして畏怖すべき存在なのだろうが、アン子にはそうは思えなかった。

 自身の数倍も身の丈のある鬼に、怯むことなく立ち向う龍麻の表情は、好戦的なものでも、かといって悲愴なものでもなかった。
 ただ斃す相手を純粋に見つめる…玲瓏とした表情をその美貌に宿らせていた。

<こんな修羅場でも何て不思議な表情を浮かべるんだろう…。同じ人間とは思えない位、深く吸い込まれそうな瞳…>

 だが、アン子は自分の考えをすぐに打ち消した。

<ううん、たとえどんな姿だろうと龍麻は龍麻だわ。優しくて強い…。残念なのは…この姿を記事に出来ないことね…。まッ、これだけは仕様が無いと諦めることにするわ>


 同じ様に龍麻の表情に気が付いたのは、すぐ傍にいた京一だった。

<…ひーちゃん、いつの間にこんな顔するようになったんだ?>

「京一君、気を付けてッ!後ろに──」

 葵の声が、京一を思考の縁から引き戻す。

 身体を素早く反応させ半分捻りながら敵の攻撃を避けると、返り討ちしようと体勢を整えようとするが、それよりも早く銃声と共に敵の体が崩れ去る。

「アラン…、なんでてめえが」
「Hahaha!キョーチ!友だち助ける、これ当たり前のことデース。それに今タツマを一番護るには、傍にいるキョーチを助けるのが肝要デス」
「一々言われなくたってそんなコト分かりきってるぜ。しかし、あいつもちっとは日本語ができるようになってきたようだな」

 そう毒づきながらも、

<アランに指摘されるのは癪に触るが、だがヤツが言うように、闘いの場で俺が果たすべき役割はもう決まっている>

 京一は表情を引き締め、龍麻の隣で愛刀を正眼の構えで握る。

「俺はひーちゃんの相棒だぜ…どんな時でもなッ」
「ええ、ありがとう、京一」

 その先には最早言葉は必要なかった。互いの存在を感じながら≪氣≫を練り、そして自分に放てる最大の技を敵将にぶつけた。
 二人の立ち昇る≪氣≫の輝きが絡み合うように増幅し合いながら、その日最強の敵を消滅させた。



 眩しい光が地下全体を包み込み、そしてそれは潮が引くように急速に消えて行ったのだが、ある一角だけが再びチカっと輝きを放った。

「おい、何か向こうの方が光ったぞ」

 紫暮の指摘した方角を、雨紋が目を細めて確かめる。

「やったゼ、地上に抜ける出口が開いてるッ!!」
「んふふふ〜、ようやく心の迷宮をくぐりぬけたからかしら〜。ミサちゃんの〜呪文が解除されたわ〜」

 歓声を上げる一同に、

「まだ闘いは終っていないわ。最後まで…みんな一緒に闘ってくれるかしら」

 龍麻が言葉を投げ掛ける。その言葉の中の"最後まで"という部分に思いの丈を込めて。

『もちろん』

 仲間たちからも同じ思いを込めて、即座に言葉が返ってきた。


 そして戦闘終了後、得意げな表情の京一が振り返って全員に呼びかける。

「あー、腹減ったぜ。よしッ、今日の戦利品を元手にこれからみんなでラーメン食いに行こうぜ」
「ええッ〜、せっかくのお宝をラーメンなんかに替えちゃうのッ」
「へッ、ネコババしようたってそうはいかねェぜ、アン子」

 アン子の腹の内を見抜いている京一が意地悪く言うが、龍麻はアン子に笑顔を向けた。

「大丈夫よ、アン子。これだけの品があれば充分お釣りがくるから、残りは今日ここにいるアン子を含めたみんなで分配するわ。それが私たちのルールなんだから」
「それを聞いて安心したわ。それだったら、さっさとラーメン屋にみんなで行きましょッ。…もうこんな暗い地下はご免だわ」

 心底ここにいるのはうんざりとぼやくアン子を先頭に、仲間たちは喜び勇んで出口に向い始める。

 その時、彼らは今まで味わった経験の無い不思議な達成感を味わっていた。それは、たとえ苦手だと感じている相手であっても、共に歩んでいく仲間として、互いに助け合い理解し合うことが出来るのだと知ったからである。

──ここにいない者たちも含め、全員、龍麻と共に在る時が一番自分にとって自然で心地良いのだから──


 そして仲間たちの様子をじっと見つめていた龍麻は、おもむろにポケットからある物を取り出し、毅然とした声を1つ発する。

「【巫炎】」

 浄化の炎で、それを瞬く間に消し去ってしまった。

「何を消したんだ…ひーちゃん」

 一人最後まで残っている龍麻を、京一はやや気遣うように声をかける。しかし龍麻は笑顔で近寄ると、京一にそっと答えた。

「ふふッ、今の私にはもう必要のないものよ」

<ありがとう、みんな…。これで私の過去が全て消えるわけじゃないけれど、ようやく"あの人"と闘う決意を持つことができたわ。だって…、たとえ私の過去がどうであっても、みんなは今の私を見てくれているのだと信じられるから…>

 龍麻が消した物、それはローゼンクロイツ学院の実験室から持ってきた、自分に関するレポートと、そして───自分の過去にも纏わる、ある伝承を伝える一族の記録であった。

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