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決戦は金曜日


  ≪壱≫

 某月某日、夕刻迫る北区如月骨董店の一室。

 そこには柳生宗崇との決戦後も、今尚人知れず東京に忍び寄る影を退治し続けている男たち4人が真剣な表情で額を突き合わせていた。


「…ふふふ、甘いな蓬莱寺…」

「げッ、フリ込まれたッ!!!!」

 卓上に突っ伏す剣聖と謳われた男、蓬莱寺京一。だが、今の彼にはそのような賛辞の言葉はまるで似合わない。

「奴(やっこ)さんこれで何連敗だ?」
「……12連敗ですね」

 白い学ランから高校生だろうと推察できるが、その雰囲気は街行くサラリーマンよりも酸いも甘いも知っているといった空気を漂わせている村雨祇孔が苦笑いする。

 彼の右側に座っている、静かな佇まいの中に微かな殺気を漂わせているのが、現役高校生ナンバー1アサシン壬生紅葉。彼が京一の負け数を冷静にカウントしていた。

 そして容赦無く京一を奈落の底に突き落とすような勝ちをみせたのが、この店の主にして王蘭のプリンス如月翡翠。

 自称真神1のイイ男蓬莱寺京一を合わせて、この4人が一つ部屋に集っているなど、つい数ヶ月前なら夢にさえ浮かばない光景である。


「あー、もうヤメヤメッ」

 京一は仰向けに寝転がって、勝負から手を引こうとする。

「おいおい蓬莱寺、お前が最初にやろうって言ったんだぜ」
「それは…、そうだけどよぉ。この面子で時間を潰すのには麻雀が丁度いいかと思っただけで。俺はヤロー共とくっちゃべる趣味は生憎持ち合わせてねェからな」
「別に僕の店で時間を潰してくれる必要は無いんだが」

 それは京一だけでなく、村雨と壬生にも言下に圧力をかけるような口調で向けられた。

「…ふふ、如月さんの下心は見え見えですからね」

 壬生はたまたま仕事に必要な道具を揃えにこの店に足を運んだのだが、その時の如月の様子から今日は待ち人来るという情報を常日頃から鍛えた観察眼でキャッチすることができたのだった。

「俺の驚異的な運の強さも舐めてもらっちゃ困るぜ…」

 にやりと不敵な笑みを浮かべる村雨。
 普段は歌舞伎町に顔を見せる他は、滅多に仲間の所になど姿を見せない男が今日はここにいる。

「先生がこの後ここに来るんだろ?」


『チッ』

 異口同音に如月と京一が舌打ちする。


 本来は京一は龍麻と一緒に、旧校舎で回収したアイテムなどを下取り及び武器の購入の為に如月骨董店にやって来る筈だった。
 だが、龍麻に急用が出来た為、京一がアイテムを持って単身如月の店へ、そして用事を済ませ次第龍麻が合流するという予定に今朝変更になったのだった。

 がっかりする京一と如月に、龍麻はお詫びに夕飯を作るから一緒に食べようと、それぞれ電話で連絡を入れていたのだった。


「それにしても遅いな…」

 如月は部屋にかかっているレトロな柱時計を見上げる。
 時計の針は夕方の5時を回ったところである。かれこれもう4時間近く男たちは目的の少女をただひたすら待ち続けている計算になっていた。

「彼女に限って、敵に襲われてという心配はないだろうが…」

「ひーちゃんの携帯に連絡を入れてみっか…」

 京一はそう言うと、庭に面した廊下に1人出ていった。


 残された3人は互いに顔を見合わせて、その時同じことを考えていた。

(何故、こんな男が龍麻の恋人として存在が許されているのだろうか…)

 3人が3人とも最初に龍麻と出会ったと同時に、その傍らで憮然とした表情で自分たちを睨みつける京一の姿をも嫌でも認識させられた(それは京一が威嚇攻撃を仕掛けてきたからという説が有力)
 特に仲間たちの前でイチャイチャと恋人のようにじゃれ合う姿を見たことは無かったが、それでも彼女が京一に寄せる信頼感というのは、自分たちとは異質の物であるというのはすぐに理解することができた。

 だが、その理由はいつまでたっても理解することが出来ないでいたのだった。

「丁度いい機会だ」

 渋目に入れたお茶を一口味わうと、如月は静かに口を開いた。

「…そうだね。彼とは一度じっくり話し合ってみたいと思っていたんだ」
「へッ、俺は他人のモノでも構わねェがな…まあここは紳士的に話し合いから入るか」

 第一回紫龍議会:議題【京一は本当に龍麻の恋人として適格なのだろうか】
 議長:如月翡翠 副議長:壬生紅葉 書記(?):村雨祇孔


「ひーちゃん、後30分くらいしたら来るってさ」

 男3人の思惑になんてまるで気付かない能天気な明るさで京一が戻ってきた。

「蓬莱寺、君に聞きたいことがある」

「…何だよ?」

「君は、その…ゴホン。龍麻に相応しい男だという自負はあるのかい?」

「はぁ?」

 目と口を同時にぽかんと開いた京一は、たっぷり10秒近く呼吸を止めていた。

「如月、彼の脳細胞じゃそんな曖昧な言い方では理解出来ないようだよ。
 ズバリ言わせてもらう。君は、本当に龍麻の相棒を名乗る資格があるのかい?」

 さすがに恋人という言葉を使いたくない気持ちから、壬生は相棒という言葉にさり気なくすり替える。


「あ、あのなー、何を突然言い出すかと思ったら」

 呆れ顔を作っていた京一は、そんなの当然だと胸を張る。

「俺とひーちゃんは出会ったその日からタッグを組んで闘った仲だぜ」
「…それは君が勝手に乱入してきたというのが正しいんじゃないのかい?」

 如月の指摘に、京一は何でお前そんなこと知ってんだと内心動揺する。

「……君の学校の新聞部の部長、遠野さんから聞いたのさ」

(そういや、アン子の新聞のスポンサーだったな、コイツの店は)

「佐久間如きのザコ、別に蓬莱寺が出張らなくても龍麻にとっては朝飯前だったんじゃないか?」
「うるせーな、あン時はそこまであいつが強いなんて知らなかったんだよ!」
「ふうん、相手の強さが分からないなんてね…それで相棒か…」

 壬生の冷たい笑いに、京一は反論する。

「てめぇなんざ、最初は敵として登場したくせに、偉そうなこと言うんじゃねェよ」

 それにそこの無精髭もだ、と村雨を指差す。

「おいおい、俺が先生たちと闘ったそもそもの原因は、お前さんが俺との花札でコテンパンに負けて、身包み剥がされたからだぜ」
「……最低だな」

 鼻先で笑う如月の横で、壬生は事実関係を淡々と述べる。

「僕が彼女らと対峙したのも、まあ拳武館の掟というのあったが、彼女らが僕との闘いを応じたのは、君が行方不明になったことが最大の原因だよ」
「……………」

 一番痛い所を突かれてぐうの音も出ない京一を、3人はここぞとばかり追い討ちをかける。

「つまり、蓬莱寺は相棒である先生の≪力≫も見抜けなかった」
「おまけに自分の不始末から、逆に彼女を危険に巻き込んでいった、と」
「こうして冷静に状況を並べてみると、蓬莱寺が龍麻の相棒を語るのは力不足なんじゃ無いかな」


【紫龍冷口(黎光)方陣】発動!!


 地平の彼方へ沈んだ京一を放って置いて、議題は次に進もうとした。

「それじゃあ準備運動は終ったし、いよいよ本題だな」

 と、そこへタイミングよく登場したのが今回の議題のもう1人の中心人物緋勇龍麻。
 男たちは一旦議事を閉会することを無言の内に取り決めた。



  ≪弐≫

「ごめんなさい、遅くなってしまって」

 店の入り口から声を掛けてくる龍麻は、通り雨に濡れたのかやや肌寒そうだった。

「雨が突然降ってきて、途中で雨宿りしていたんだけれど…あんまり遅くなると迷惑かけるかなと思って、最後は思い切って走ってきたのよ」
「全く、君は相変わらず自分の身体を大切にしない人だな…」

 口ではそう言いながらも、内心ちょっと嬉しい如月だった。
 何故って、それは次の彼のセリフから推測しよう。

「そのままじゃ風邪を引くよ。よかったら我が家の風呂に入っていかないか?」


 龍麻はぱっと顔を輝かせて喜ぶ。

「えッ、良いの?」
「勿論だよ、大した風呂じゃないけどね」
「嬉しい!翡翠のお家のお風呂って総檜造りのお風呂だって前に雨紋君から聞いていて、一度入ってみたいなって思っていたのよ」

 純日本風のお風呂なんて最近の家庭では滅多にお目にかからないからと龍麻は笑顔をこぼす。

 ちなみに雨紋がお風呂に入った理由は、如月家のからくりに引っかかって庭の池にダイビングした為であった。


(ズキッ)

 内心ちょっと心が痛むが(何で痛んだのかは、自分で考えて20字以内で答えなさい)折角彼女が乗り気なのだからと、さっさと先導してお風呂に案内する。

「広い脱衣所〜」

 ひたすら感心しきりの彼女を残し、如月は最早この店での龍麻の定番ファッションである浴衣とバスタオルを取りにその場を離れる。

(落ち着け、落ち着くんだ翡翠…)

 この家のことは誰よりも自分が一番熟知している。つまり…

(気配を消せ。無の心になるんだ…)

 既に考えている事柄からして無の心とは程遠いと思うが、18歳の高校男児が、好きな女の子が自宅でお風呂に入っていたら、誰しもが抱く幻想という奴で、致し方無いだろう。


 浴室の扉の向うには、ぱしゃぱしゃと派手に水音を飛ばす音が反響している。


(ゴクッ)

 この先には、桃源極楽郷が広がっている…。理性と本能のせめぎ合いの中で、ついには本能が頭1つリードした。

(湯加減を聞くフリをすれば…。これで蓬莱寺ばかりに美味しい思いをさせられた哀しい過去とも決別だッ)

 古典的な言い訳を口に上らせて、いざ覚悟を決めて扉に手をかけようとしたその瞬間、


 ガラガラ〜ッ


 唐突に目の前の浴室の扉が開かれた。

「翡翠、あれ翡翠ってば?おかしいな、確かに気配を感じたのに…」

 龍麻の足元にはまるで亀の子のように手足を縮込ませて身を固くしている玄武が1人。

「あ、良かった。あのね、浴槽洗っておいたから次にお湯の張り方教えてもらおうと思って…」

 爽やかな汗と笑顔が眩しい彼女の右手には、お風呂掃除用のスポンジが握られていた。



  ≪参≫

 すっかり毒気を抜かれた翡翠にお湯を張ってもらい、ご機嫌なお風呂タイムを満喫した龍麻は浴衣に着替え、いつも通される客間の方に足を運んだ。

「あら、紅葉も祇孔も来ていたの?」
「やあ」
「よぉ、先生」

 あくまで偶然居合わせてたという風を装って挨拶を交わす2人に、龍麻は驚きつつも、それだったら2人も一緒にお夕飯食べてもいいよねと如月に訊く。

「ああ、構わないよ…」
「良かった、材料沢山買ってきて。それじゃお台所借りるわね」
「それなら僕も手伝おう」

 仲間の男性の中でも家事の腕前には最も自信のある男、壬生紅葉がさりげなく申し出る。

「紅葉が手伝ってくれるのなら早く仕度ができそうだわ、それじゃお願いね」

 指をくわえて見送る男2人(残り1人はまだ復活せず)の視線を背中に痛いほど感じながらも、優越感に浸って壬生は龍麻と一緒に台所に立つ。

(…ふッ、この日の為に精進してきた僕の華麗な技を見せてあげるよ)


「それじゃ、このキャベツを千切りにして」

 どんとキャベツ1玉と、包丁と、まな板を目の前に置かれる。

「……………」

 黙々と、だが素早いリズムで千切りキャベツを作っていく壬生。
 一方龍麻は、買ってきた豚肉(とんかつ用)を一口大に切り、下ごしらえをしている。

「……出来たよ、龍麻」
「ありがとう、じゃあ、次はこれを一口大に切って」

 ぽんと渡されたのは玉ねぎ。
 壬生は目を刺すような刺激にも健気に耐え(そりゃ好きな女の子の前でぽろぽろ泣く訳には…)指示通りにする。


「龍麻、いったい今日のメニューは何かな?」
「えっとね、本当は3人分のお肉でとんかつと後は適当に煮物とかを作ろうと思ってたんだけれど、人数が2人増えたでしょ。だから、その分割り増す為に串カツにして、玉ねぎも一緒に揚げようかなって」

(流石龍麻だ、相変わらず作戦が冴えている…)

 料理のメニューの組み立てと、戦闘の作戦をごっちゃにする辺りが、悲しきアサシンの習性か。それとも恋は盲目といった所なのだろうか。
 いずれにしても、壬生は龍麻と2人こうして台所で料理している自分に至福を感じていた。

(こうしているとまるで───)

 新婚カップルみたいだな、と知らず妄想を始める。


「紅葉、こうしているとまるで──」
「えッ」

(龍麻も僕と同じことを考えていたのか…やはり表裏の龍は伊達ではないッ!蓬莱寺君、やはり僕たちの絆は思っていた以上に強かったようだよ)

「紅葉ってお母さんみたい」
「…は?」

 頭脳明晰、冷静無比と言われた彼から想像も付かない位間の抜けた声が発せられた。

「だって、凄く手つきがいいんだもの。京一も料理作れるけれど、そんなに上手に野菜切れないし…」
「…………」
「紅葉って、一家に一台欲しい人って感じね、まさに!」
「………ありがとう、褒めてくれて、でも…」
「あ、油の温度が高くなってきたッ」

 龍麻はくるっと背を向けると、慌しくコンロの上の鍋に向い、慣れた手つきで次々と揚げ物を作り上げていく。そして、背後に立っている壬生に指示を次々と飛ばす。


「お皿取って」「ご飯のスイッチを入れて」「味噌汁の具を切って」「出来た揚げ物を盛り付けて」


 結局便利屋に成り下がってしまった壬生であった。



  ≪四≫

 己の邪な欲望が空回りした男2名と、1人元気な村雨祇孔、そしてようやく復活した京一の目の前に、出来立ての料理と、冷たいビールが並べられた。

「どうぞ、召し上がれ」

 浴衣を着て、その上に何故だか割烹着(こんな物まで律儀に用意していた若旦那に涙)を着て、にこにこと微笑む龍麻はすっかり料理屋の若女将といった様子。

「祇孔はビールが好きだったのよね、確か」

 手に大瓶のビールをもって、わざわざお酌までしてくれる。
 交わす会話はおよそ未成年とは思えない。

「酒なら何でも好きだぜ」
「本当?私もお酒は好きなのッ」

 キラーンと村雨の目に怪しげな光が走る。

「だったら、俺と飲み比べしねェか、先生」
「えッ?」

 突然の申し出に龍麻も他の3人にお酌していた手を止める。

「如月、お前んちには確か極上の日本酒が有ったよなぁ」

 村雨は前に麻雀でボロ勝ちした時に、如月の家でせしめた日本酒を思い出した。

「な、あれは──」

 あれは幻の酒で手に入れるのが大変なんだと抗議の声をあげようとする如月の耳元に、村雨が低音で囁く

「お前さんも見てみてェだろ、酔いつぶれた先生の艶姿を」
「………そ、それは(見てみたい)」

 だが貴重な酒と引き換えに…と悩んでいる如月を他所に、村雨は前に置いてあった場所を壬生に言い、勝手に取って来させた。


「おい、止めた方がいいぜッ」

 京一が止めに入るが、村雨はそんな予想しきっている妨害なんて右から左に聞き流す。

「決めるのは先生だ、どうする?勝った方が負けた奴に1つだけ好きなことを命令できるってのは」
「うん、いいわよ」
「ひーちゃん…」

 心配そうな京一の言葉を振り切って、龍麻は快諾する。

「それじゃ、杯を用意して、互いに注ぎあって飲み乾すんだぜ」
「分かったわ」

 龍麻の顔には、珍しい幻の酒を飲める喜びがはっきりと浮かんでいた。
 一方の村雨の顔には、この後何を命令してやろうかという悦びがこれまたはっきりと浮かんでいた。

(……やっぱ、先生自身を頂くってのが…)←ノーコメント


 1時間後、3人の男たちが息を呑んで見守る中、勝負の決着が付いた。

「完全に意識を飛ばしたな…」

 壬生の診断に、如月は店の方から効くかどうか分からないがと回復アイテムを持って来る。

「おい、しっかりしろよッ」

 京一は倒れた方の頬をぴたぴたと叩き、

「やっぱり、飲み比べで勝とうなんて10年早いんだよな…」

 溜息交じりで勝者の方を見遣る。


 そこには顔色1つ変わっていない龍麻がにこにこと杯を飲み乾していた。

「私の勝ちよねッ。やった〜」

 どういう身体の構造なんだと、如月と壬生は心の中で呟いた。

「ああそっか、お前ら2人は知らねェンだよな。ひーちゃんが薬とか酒に対しての耐性が人一倍強いってコトを」
「でも何故だか洋酒だけは弱いんだけれどね」

 龍麻は日本酒は実家の神社で鍛えているから底無しなんだと豪語する。

「味酒(うまさけ)三輪って、万葉集にも歌われている位、私の実家の辺りは昔からお酒の名産地で知られているの」
「そうか…そういう枕詞も有ったね」

 頷きながら、如月は手にした少彦(すくなひこ)の酒(=全状態回復アイテム)を無理矢理村雨の口に注ぎ込む。

「酒の回復に酒か…気の毒な…」

 ぼそっと壬生が自分の見解を発したところで、村雨が何とか復活する。

「……これで先生との勝負に負けたのは2度目か…」
「うふふふ。さてと、じゃあ命令して良いわよね」

 一同が注目する中、龍麻の出した命令とは────

「芙蓉さんに礼儀正しく振舞って下さい」

 何じゃそりゃ〜と男性一同が優作ツッコミ(注;故・M田優作が『大○にほえろ』という往年の人気ドラマの中で殉職シーンで見せた名演技内の名台詞から拝借)を心の中で入れた。

「祇孔は芙蓉さんのことが好きなんでしょ。それで今日芙蓉さんに会った時にさり気なく聞いてみたの。祇孔のドコが気に障るのって」
「…………………」
「無礼で五月蝿(うるさ)い所だって言っていたから、それさえ克服すれば大丈夫。人と式神の間でも愛情は成立出来ると思うわ、頑張ってね、私も応援してるから」

 この言葉が弱っていた村雨に止めを刺し、再びその場にぶっ倒れる。

「…草人形(=HPが0になった時、身代わりとなって砕け散り、HPをMAXまで回復させるアイテム)を装備させれば良かったかな」

 合計4万1千円プラス今日の酒代を後で村雨に請求せねばと、如月は店主の思考で頭の中の算盤(ソロバン)を弾いていた。



  ≪伍≫

 龍麻が1人台所での後片付けで席を外し、その場に残された玉砕3人男を前に、ようやく自分の優位性を保つことに成功した京一が満面の笑みを浮べた。

「へへッ、分かったか。お前らが小賢しいマネしたって、ああなるのがオチなんだぜ」
「……ふん。戦闘では龍麻との二人方陣技も出せない君に笑われたくは無いね」

 壬生の言葉に再び闘争心に火がついた3人。ここに第二回議会開幕である。


「俺だってその気になりゃ、ひーちゃんと2人サハスラーラ位出来ると思うぜ…多分」

 過去に醍醐とだったら成功した例が有ると京一は壬生に言い返す。

「多分…ね。でも実際それをやってないということは、自信が無いんだね。万が一出来なかったらと思うと」
「そりゃ、お前は何とかっつー流派で兄弟弟子のよしみで技が出せるのかも知れねェけどよ。それを言ったら如月と村雨なんざ、何一つひーちゃんと一緒に繰り出せる方陣技が無いぜ」
「……失敬だな君は。僕と龍麻は方陣技なんていう次元を超えた繋がりが有るんだよ」

 如月は腕組みをして重々しく話す。

「四神は中央の黄龍を護る為に存在する…。僕が龍麻を見守るのは生まれついて定められた宿星なんだよ」
「ふん、それだったら、醍醐のおっさんも、アランの野郎も、マリィの嬢ちゃんも同列じゃねェか」

 それよりも、と村雨が言う。

「俺なんて、運命の女神が先生と一緒に居ろって命じたんだぜ」
「あれはイカサマだったんじゃないか?」

 壬生の指摘に、村雨は更に自分の立場を主張する。

「それに、俺が先生と一緒に居た方がいいっていうのは、世の陰陽師たちが喉から手が出るほど欲しがっている≪力≫の持ち主である、秋月マサキの言葉でも有るんだぜ」
「ふん、それを言うなら、僕が龍麻と共に有るのは、彼女の師匠である館長の意向でも有るんだ。そんな赤の他人の言葉よりもよっぽど重みが有るね」
「2人とも、自分の宿星繋がりの弱さを他人の言葉で補おうなんて姑息だな」

 すでに仲間割れを起こしている3人を、京一はただ黙って見ているだけだった。


 と、そこに着替えも済ませた龍麻がお茶を持って入ってきた。

「遅くなってごめんなさい…はい、お茶」

 静かに卓の上にお茶を置いて周ると、

「それじゃ夜も遅いし、私はもう帰るね…後片付けは済んだから。それと会計の方はまた後日でいいかしら?今日は立て込んでいるようだし」

 そう言うと、呆気に取られる4人に笑顔で別れを告げると、龍麻は足早に店を出て行った。

(ひーちゃん…)

 暫く考え込んでいた京一は、何かに思い至ったのか、急に部屋から飛び出していった。



  ≪六≫

「おい、ちょっと待てよッ」

 数分走ったところで、ようやく早足で歩いていた龍麻に追いつき、その腕を掴む。

「は、放してよッ。私はもう帰るんだから…」
「……俺はお前に用があるんだッ」

 そう言うと、半ば龍麻を引き摺るようにして近くの名主の滝公園に連れて行く。


「ここだったらもう閉鎖されてるから、余計な奴がやって来ることもねェ」
「……京一…」
「お前、またこっそり自分の気持ちを処理しようとしていただろ」
「参ったな、京一には私の気持ちがすぐにばれちゃうんだから…」

 溜息混じりに言うと、龍麻は先程の話を、実は途中から聞いていたのだと告白する。

「……ごめんね、立ち聞きする気は無かったんだけれど、何だか私と一緒になったことがどうとかっていうのが聞こえたから、気になって…」

 虚空を見詰め、龍麻は一息付いてから話し出した。

「3人とも私と一緒に行動してくれて本当に嬉しかった。それは紛れもない私の本心。でも、それと同時に、彼らが誰かに命じられてとか宿星に命じられてとかで自分と行動していんだって知って、何だか少し悲しくなった。これも私の…本心」

 私って贅沢なのかなって、小さく呟く。

「…お前が誰よりも宿星って言葉を嫌っているコトは俺が一番知っている。俺も宿星って奴に踊らされるのはまっぴらゴメンだ。あいつらだって口であんなコト言っていたが、本心は違うと思うぜ…」
「えッ?」

 ゆっくり振り返ると、京一は先程とは別人のように穏やかな表情を浮かべていた。

「あいつらは俺と違って、色々としがらみを背追ってるんじゃねェか?お前だって昔は大義名分とやらで行動していただろう…」
「そうね、あの頃の自分は宿星でこうなんだ、だから…って考えで頭がいっぱいだった。本当は違う気持ちもちゃんと心の中にあったのに…それを口にする勇気が無かった」
「あいつらも所詮臆病者なんだよ、自分の本心を晒すのが怖いだけさ」
「…私には京一が居てくれたから。京一が私の宿星なんて関係ないって言ってくれて、すごく気持ちが楽になったわ。そうやって私の気持ちを受け止めてくれたから…」
「だったら、お前があいつらの本心を受け止めてやれるような奴になればいいさ。だが、受け止めるのはくれぐれも気持ちだけにしといてくれよなッ」

 敵に塩を贈るような発言をしているなと京一は自覚したが、これで龍麻の気持ちが軽くなるんだったら仕方ねェよなと割り切った。


「ありがとう京一…」
「…礼だったら、言葉よりも……」


 そっと寄り添う2人の影を、やや離れた植え込みの後で観察していた男3人が、今度は互いの顔を見詰め合う。

「…僕たちに足りない物が蓬莱寺には有ったって訳か…」
「ちッ、俺も直感で生きている筈だったのが、いつの間にやら理屈って奴に捕らわれていたんだな」
「今日のところは僕たちの負けですね…如月さん、村雨さん」

 今日のところは、という言葉に微妙にアクセントを付けた壬生は、ふと如月の手にある新聞に目をやる。


「如月さん、それは何ですか?」
「ああ、俺もさっきから気になってたんだが…」

 如月が手にしているのは、幻の真神新聞第拾四号。表紙は歌舞伎町をパンツ一丁で疾走する京一の写真である。

「ふッ、一応スポンサーなんでね、こんなふざけた新聞も手に入れられたんだ。本当はこれも蓬莱寺をこき下ろすネタにしようと思っていたんだが…」

 もう不要だなと、その場で破ろうとする。

「待ってください、如月さん。その2面の特集記事…」

 そこには『どうなる?蓬莱寺人気』と並んで『過去の蓬莱寺珍事件録』なる記事が書かれていた。


 どうせアツアツラブシーンの龍麻と京一を見るんだったら、せめて慰みにこれでも読んでやると、壬生はヤケクソ気味に新聞を開く。

 そこには───

『衝撃!!3−Cの教室で蓬莱寺、ついに真神のアイドル緋勇龍麻さんを襲う!』との見出しと、教室の公衆の面前でキスをした時のエピソード(詳しくは第七話外伝をご覧下さい)が目撃者M・Aさんや友人D・Yさんのコメント付きで掲載されていた。


「……ふッ、やはり蓬莱寺君に龍麻を渡す訳にはいかないようだ。館長がお許しになっても、この僕が許さないよ…」
(館長、僕は生まれて初めて自分の意志で人を殺めようと思います。それが拳武館の掟に背こうとも…)

「やっぱり最初に蓬莱寺に会った時に、パンツまで全部剥がしてやりゃ良かったか…情けをかけたのは俺らしくない失敗だった」
(そうすりゃ公衆わいせつ物陳列罪で、今頃奴を高校中退に追い込むことが出来たのに。勝負は最後まで投げてはいけねェ、それが俺の生き様だったのによ)

「蓬莱寺に最初に出会った時から、僕の中に宿る玄武の≪力≫が、いや僕の本心が命じていたんだ…邪悪なものを滅殺せよと」
(おじい様、この僕の行為が龍麻を、ひいてはこの地を護ることにも繋がるんです。今こそ飛水の≪力≫を見せてやりますよ…)


 3人の≪氣≫は今やレベルメーターを振り切るほどに膨れ上がる。


「如月さん、村雨さん。お2人の(煩悩)力…お借りしますよ」
「ああ、用意はいいか?村雨」
「へッ。…いつでも来な」

「では…参る!!北の将、黒帝水龍印!!(+老陰玄武!!!)」
「南の将、赤帝火龍符!!(+気合は御門との陰陽霊符陣の10乗)」
「今ひとたび、相克の理を違え、我が忠義のもと、相応となさん!!(+空昇る龍の爪…)」


『みっつの心をひとつに合わせ…今、必殺の!!』(←それは…)


【紫龍黎光方陣アターックッ!!!!】


 夜の闇の中を、さらにどす黒い闇と暗闇(恋は盲目)の属性を伴った≪氣≫に、何故だか情熱の火の属性も相克の理を乗り越えて一緒に駆け抜ける!!


「だああぁぁぁぁ………」


 フェードアウトしながらすっ飛んで行く京一。
 狙いは寸分違わず正確で、すぐ傍らの龍麻は何事も無かったかのように呆然と立っていた。



 その攻撃は闇路を照らす火之伽具土の炎のように美しかったという───

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