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Lunatic Party ・・・4



≪拾≫

 野外ステージで発生した謎の爆発からくる現場の混乱も一時的なもので済み、やや開始時間を遅らせながらもステージ上では次のイベントがつつがなく進行していた。

 だがその舞台裏では、

「……ゴメンなさい……。せっかくみなさんが一生懸命やっていたショーを台無しにしてしまって…」

 騒動の張本人・舞園が、被害者の面々を前にただひたすら頭を下げ続けている。その傍らにいる龍麻は舞園を庇う気持ちで、横から口添えをする。

「幸い、怪我人も最小限ですんだし…」

 確かに、舞園が無意識に放った技は効果範囲が極めて限られた【歌】だったので、怪我人は出演メンバーに限定され、一般人には被害が及ばず(ついでに言えば隣の龍麻も無傷)その彼らの怪我も騒ぎを聞いて駆けつけた高見沢によって完全に治癒していた。

「それにしてもさやかちゃん、レベル上がったわね」
「あかんてアネキ、それ、ちぃーともフォローになっとらんわ」

 あれは見事なコントロールだったと妙な所で感心する龍麻に、劉が溜息をつく。


「でもこの騒動の原因は、元はといえばあんたがカノジョの前で不用意な発言をしたからじゃないの?それもよりによって男の名前なんて言われたら、誰だって腹が立つものよ」

 事情を横で聞いていた藤咲がズバっと霧島に自分の意見を浴びせる。藤咲の“カノジョ”という言葉に、当人たち以外にも動揺を隠せない者が若干いたが、それは一顧だにせず藤咲が龍麻に同意を求める。

「そりゃ、ちょっとヤリすぎってカンジだけど、龍麻もそう思うでしょ」

 その言葉の中に、暗にあんただって霧島の京一崇拝病にはちょっと含むトコロがあるんじゃないのと匂わせて。

「私にはよく分からないけれど…そうか、そういうものなのね…」

 が、龍麻には真意が伝わらず、藤咲の指摘にさすがは亜里沙だとうなずくだけだった。

「…龍麻にオトコとオンナの間の機微ってヤツを聞いたアタシが悪かったわ…」

 呆れ顔の藤咲は、もうこれ以上不毛な話をするのは時間の無駄だといった軽い口調で、もうこの話はオシマイと締め括る。

 だが根が生真面目な霧島はまだ謝罪し尽してはいないと、舞園に代わって頭を下げた。

「とにかく今回の件は、藤咲さんのおっしゃる通り、全ては僕が悪かったんです…本当に申し訳ありませんッ」
「そんなッ。霧島君は悪くないのよ。何もかも悪いのは感情に任せて行動した私なんだから」

 霧島の発言を押し止めようとする舞園だったが、霧島はいつに無く強い口調でそれを制止する。

「さやかちゃんは黙っていて。僕が…」

 その行為にむっときた舞園は負けじと言い返す。

「私は一方的に霧島君から守ってもらうだけの情けない存在じゃないわ。とにかく今回の件は…」
「いいから、僕に任せて」
「いいえ、これだけは絶対譲れないわ」

「僕が」「私が」と、2人それぞれが自身の罪を声高に主張し始め、それは周囲の人間を無視する勢いで次第にエスカレートしていく。

「ちょっと2人とも…段々論点がずれていってる気がするんだけれど」

 龍麻をもってしても収拾不能と化した言い争いにピリオドをうったのは、何とコスモレンジャーの面々だった。


「俺は…俺は今猛烈に感動しているッ!」
「友情・努力・勝利…これぞ青春だッ!」
「ああッ、やっぱり愛は勝つのよ!」

 斜め四十五度を仰ぎ見ながら感動に打ち震える彼らは、どうやら常人には見えない何かを霧島と舞園の2人の姿に見出したらしい。

「霧島ッ!!」

 紅井が強引に2人の間に割って入ると、霧島の肩を力強く叩いた。

「お前を今日から正式メンバーに昇格させる。おめでとう、コスモホワイトッ!!」
「えッ?」
「これでようやく一人前のヒーローだな、いいか、今の気持ちを忘れるんじゃないぞ」

 たたみかけるように黒崎は放心状態の霧島の手をとりがっちりと握手を交わす。

「さっそく衣装製作にとりかからないとね。あと…そうだわ。いっそさやかちゃんに私たちの新しいテーマソングを歌ってもらうのもいいかもしれないわね」
「ええッ?」

 霧島同様言葉も出ない舞園を前に、本郷はこれからイロイロとタイアップしていきましょうねと提案する。


「「ようし、新生コスモレンジャーのお披露目を兼ねて今一度ショーを開催し、真神のみんなに夢と希望を与えるんだッ!!」」

(おいおい、ヨソの学校で勝手にまたショーを開催するんですか?第一、今更どこでどうやって?)

 他の一同の心の声を無視するように、コスモ3人組は声を揃え雄叫びを上げる。それに気圧(けお)されつつも、龍麻は彼らにお願いがあると真摯に話しかける。

「せっかく盛り上がっているところに水を差すようで悪いんだけれど…。4人のお披露目はまたの機会にしてくれないかな」
「あら、何でよ龍麻。せっかく盛り上がってきてるのに」

 龍麻は、舞園がわざわざ仕事を抜け出してまで自分たちの学園祭に来てくれたのだから、残り半日は普通の高校生として霧島と一緒に時間を過ごせるよう協力して欲しいと、その理由を説明した。

「うーん………ようし分かった!ホワイトッ、お前に課せられた最初の任務は舞園さやかのボディガードだッ」
「そ、それは…前からやってるんですが…」

 有無を言わさぬ口調で命じた紅井は、霧島の呟きを美しく右から左へと聞き流した。


「これで万事休すデスネ」

 みんな仲良く事態が丸く収まったとアランが機嫌の良い声を出す。

「それゆーたら、万事オッケーやろ。相変わらず日本語の(?)不自由なお方やなぁ。さて、ゴタゴタもようやっと治まったようやし、ほんなら、ここらへんでわいらは失礼させてもらおか」

「劉君たちは何か用事が有るの、この後?」

 龍麻の問いかけに、2人は15時から行われるCROWのライブに行く予定だという。

「そういえば雪乃と雛乃も見に行くらしいわね」
「アネキも一緒に行かへんか。そんなら雷人はんもごっつう喜びま…」

 劉の言葉に重なるように紅井がそうかッと叫ぶ。

「これからコスモゴールドの(注:雨紋のことを指すらしい)ショーが行われるのかッ!ブラック、ピンク、それだったら俺たちも加勢しに行こう!!」
「一々お前に指示されるのもムカつくが、その考えは一考の価値がある。ここは友情パワーで更に熱いステージにしてゴールドを喜ばせてやろう」
「さッ、まだ見習いヒーローの3人もぼーっとしてないで、これから緊急出動よッ」
「見習いの3人って、それってまさか俺も数に入れられているのか?」

 先程は思い切り敵役に廻されていた紫暮が憮然とした表情をする。

「当然だ。昨日の敵は今日の友というじゃないか」
「かつてひーちゃんと一対一で闘ったこともあるというその強さ、まさに新世代を迎えるコスモにピッタリだぜ」
「ええ、ワイルドな風貌のヒーローっていうのも味が有って中々ステキよ。よろしくね、紫暮君」

 紅井・黒崎・本郷の有無を言わさぬ気勢は、それだけでビッグバンアタック級の攻撃力を持っていた。

 その無意識の方陣技を前に、劉とアランと紫暮の3人は、またもコスモの面々に強制連行されてしまう。


「…雷人の今日のライブ…これで終わったわね」

 藤咲の言葉に、残された一同は無言で同意する。

 ちなみにその日のCROWのステージは、さながらコミックバンドの様相を呈し、ある意味彼らにとって伝説のステージになったらしいが、それは後に日本を代表するバンドにとっては、決して語られてはいけない暗黒の歴史としてバンド史の奥底に封印されたという。



≪拾壱≫

「ちょっとアクシデントもあったけれど、ここから先は2人で思う存分学園祭を楽しんでいってね」
「ありがとうございます、でも…」

 舞園は龍麻の好意を素直にありがたく受け止めながらも、躊躇いを見せる。

「さっきの騒ぎで私がここに来ていることが知られてしまった可能性もありますし、これ以上みなさんに迷惑をかけては…」


「ああ、それなら大丈夫よ」

 突如としてこの場にアン子が登場し、さっきの騒ぎは全てショーの演出の一環でしたということにして、主催者側から公式発表させるよう処理したからと説明する。

「成る程…確かにあれだけの爆発のわりに、それ程騒がれなかったのはそういう理由を作ってくれたからなのね。ありがとうアン子。色々と気を遣ってくれて」

 龍麻は素直にアン子の好意に礼を言うが、霧島はやや複雑な心境だった。

(本当に素直に信じて良いんだろうか、アン子さんの好意を…)

 前回の真神新聞に舞園の特集が載せられ、その結果新聞部史上最高の売り上げを記録した経緯から、アン子がまた舞園をネタに何か記事にしようと考えるのは必然というものだった。何より彼女の人となりを京一経由の情報で漏れ知っている霧島とすれば、彼女の見返りを求めない好意というのが、一層警戒心を高めさせる。

「あら、霧島君。もしかして、何か疑いの目であたしを見てるんじゃないの」

 自分をじーっと見ている霧島の視線に、アン子が鋭く反応する。

「い、いえッ。そんなコト」
「ふん。どーせ、大方あのアホからロクでもないことを吹き込まれてんでしょうけど、あたしだって何でもかんでも無節操に記事にしてるんじゃないんだから。大体前回と同じような記事書いても意味無いじゃない」

 読者は常に刺激を求めてるのよと、持論を掲げるアン子だった。

「でもぉ、芸能人の恋愛スキャンダルって、一番刺激的で面白いよね〜」

 これは、桜ケ丘病院で仕事の合間にロビーのテレビでワイドショーに熱中しては岩山に叱られている高見沢の弁である。

「う…」

 アン子は顔に図星という言葉をモロに描く。察するに、どうやら二匹目のドジョウをしっかりと狙っていたようである。

(このコ、トロそうな外見の割りに案外と鋭いじゃない。そうでなけりゃ、あんな化けモンじみた院長先生と上手くやってける訳ないでしょうけど)

「アン子…?」

(にしても、せっかくの美味しいネタをみすみす見逃すなんて。こうなったらこの状況を逆に利用して、当初の計画を実行するのみだわ)

 龍麻が近付いてどうしたのと顔を覗きこむまで、アン子は必死に自分の計画を修正していた。


「あッ、龍麻」
「さっきから黙り込むなり私の方をジロジロと見たりして、何だか変よ、アン子ったら」

 不審がる龍麻に、アン子が話があるから聞いてくれるかと切り返す。

「あの2人の学園祭での極秘デートを成功させる、とっときのアイデアよ」
「そんないいアイデアがあるの?だったら教えて、アン子」

 龍麻はぱっと顔を明るくして即座に聞き返す。

「ただし、それには龍麻の協力が必要なの」
「いいわ。私で出来ることだったら協力は惜しまないわよ」

 予想通りあっさりと承諾してきたので、アン子は内心ほくそえみつつ、表面上は極めて真面目な態度を崩さずに自分のアイデアを披露する。

「枝を隠すなら森にと言うじゃない。ようは多数の中に紛れ込ませれば、天下のトップアイドルも目立たなくなるということ」

 ふんふんと、その場に居た龍麻以下5人はアン子の話に熱心に聞き入ったが、その具体的な方法を聞くやいなや、その中の1名は激しく抵抗を示した。

「な、な、何をッ〜〜○△□☆!!」
「さっき龍麻は協力は惜しまないっていったじゃない。まさかとは思うけれど、オンナに二言があるっていうの」
「う…」

 今度は龍麻が言葉に詰まる番であった。

「それじゃ、さっそく作戦開始。あたしは色々と調達してくるものがあるから、それまで龍麻が逃げ出さないようにここで見張ってて」


 そして15分後、アン子は途中で合流したマリィと共に戻ってきた。

「Hi、龍麻。遊ビニ来タヨ」

 これ龍麻にあげるとマリィが紙袋をポンと手渡す。恐る恐る中身を確認してから、龍麻は天を仰いだ。

「本当に…。でも何でこんな格好までしなきゃ駄目なの…」

 半分なみだ目になって訴えるも、アン子にあっさりと拒絶される。

「他に適当なのがなかったの。贅沢言わないで」

 仕方なく紙袋を手に、舞台裏の控えの衝立の後ろに力なくとぼとぼと移動する。

「ほら、さやかちゃんも早く」
「は、はいッ」

 アン子の言葉に弾かれたように舞園も小走りに龍麻の所に向かった。


 更に数分が経過した後、まず最初に衝立から表れたのは真神の制服を着、ご丁寧にもかつて龍麻が使っていた伊達眼鏡(アン子がずっと保管していた→cf.第参話)をつけた舞園さやか。

「これで髪型にちょっと手を加えれば、まずバレる心配はなさそうね」

 藤咲がちょいちょいと指先で招いて自分のところまで来させると、器用な手付きで舞園の髪を三つ編みにする。

「ウン、ゼンゼン分カラナイヨ」
「そう。ありがとう」

 マリィからのコメントに加え、

「さやかちゃん。真神の制服もよく似合ってるよ」

 霧島からお褒めの言葉までもらって、舞園はすっかり龍麻に対する遠慮などどこかに吹っ飛ぶ。

「それでは、行ってきま〜す」
「……済みません龍麻先輩、みなさん。お先に失礼します」

 普段は人目を気にして実行できない腕を組んで連れ立って歩くということまでして、すっかり幸せ200%増し(当社比)の舞園と霧島であった。


「それより、龍麻は」

 アン子が衝立越しに声を掛けるが、向こう側からは悲鳴のような、泣き声のような諦めの悪い言葉しか返ってこない。

「……2人が戻ってくるまでずっとここに居たい………いいでしょ?」
「駄目よッ。後1時間もすれば別のイベントで使用する人たちに場所を譲らなきゃいけないんだから。ほら、さっさと着替えて」

 アン子は問答無用とばかり、目線で藤咲と高見沢に合図を送る。心得たとばかりに、2人はさっと衝立裏の龍麻を押さえ込んで無理矢理着替えさせる。


 2分後…衝立の裏から現われたのは…

「わぁ〜ダーリン、すっごく可愛い〜〜」
「マルデ、オ人形サンミタイダヨ、龍麻」
「これじゃあ、下心丸出しのオトコたちがマジで襲ってくるかもね」

 パフスリーブが特徴的な落ち着いた深草色のワンピースドレスの上には、ひらひらと白いレースの縁取りが施されたエプロンと、ご丁寧にもそれとお揃いの髪飾りまでつけた、いわゆるメイドさん姿の龍麻だった。

「…………な、何で…私…こんな…」

 鏡に映った自分の姿に龍麻は眩暈を覚えた。が、そんな自分にフラッシュがたかれたのを見、ようやく意識を取り戻す。

「ちょ、ちょっと。アン子、何で写真を撮ってるのッ」
「決まってるじゃない。龍麻の写真って学年の男女を問わずすごく人気があるのよ。ウチの1番人気商品なんだから」

 ちなみに2番人気は京一の写真で、こちらは下級生の女子が主な買い手である。

「需要があるから供給する。これぞ立派な市場経済・自由競争社会の仕組みよ。おまけに、こーんなに美味しい写真、一枚いくらの値がつけられるのかしら〜おほほほッ」

 今までで最高額だった学年水泳大会の時の水着写真を上回るのは間違いないわねと、すばやく算盤をはじく。

 ほくほく顔のアン子を見て、ようやく龍麻は自分がハメられたことを悟った(←遅いって)

「アン子───」

 怒りの《氣》を数秒後には爆発させんとばかりに膨らませるが、マリィが袖をひっぱっているのに気付き、取り敢えず一旦《氣》を押さえる。

「アノネ、龍麻…」

 マリィが背伸びをしながら、こしょこしょと耳打ちをする。その意外な内容を聞いて言葉につまるものの、

「…いいわ」
「Thank you、龍麻」

 龍麻は椅子に大人しく腰掛けると、マリィの好きなようにしていいわよと促す。その態度の急変ぶりを不思議に思った高見沢がマリィに訊ねる。

「ねえねえ、マリィちゃん。一体何て言ってお願いしたのかな〜?」
「エヘヘ…」

 マリィははにかみながらも、高見沢らに自分の耳打ちした内容を話す。

 それは「ちょっとでいいから、マリィのお人形さんになって欲しい」というものだった。
 マリィの年齢を(実年齢はおろか見た目の年齢でも)考えれば、余りに幼い願いごとだと言いたくなるが、物心付いた時からローゼンクロイツ学院という牢獄に囚われていた彼女には、そういった女の子らしい遊びをした記憶が殆ど無かった。そして、それを重々承知しているからこそ、龍麻も快く応じたのだが。


「ふふふ、そういうことなら亜里沙お姉さんも協力してあげるわね」

 お人形さんをもっと可愛くしてあげるからと、目を輝かせつつ自分のバックから化粧道具を取り出す。

「わ〜い。お人形遊びだったら、久しぶり〜。舞子も一緒にしていいよね〜」
「ちょっと待って。私が許可したのはマリィに対してだけで…」

 藤咲と高見沢の2人が参加となると、どんな悪ふざけをされるかたまったものじゃないと逆らうが、

「前ニ、ミンナ大切ナ仲間ダッテ言ッタノ、龍麻ダヨ」
「………………」

 マリィから以前の自分の言葉を持ち出され、文字通りみんなのお人形として、結局はいいように扱われてしまうのであった。



「やっぱりベースが良いと、化粧のし甲斐があるわ、フフフ…」
「ねェ、リップはどっちがイイと思う〜マリィちゃん」
「マリィ、ピンクガイイ」

 わいわい、きゃいきゃいと声を弾ませる3人にとっては童心に戻った時間を、龍麻にとっては忍耐力テストのような時間をそれぞれ過ごし、ようやく龍麻はマリィからお許しを得て解放された。


「はあ〜〜。もう…みんなで好き勝手にしてくれて………にしても何でこの洋服、私のサイズにぴったりなの?…あら、アン子…いつまにか居なくなってるわね…」

 疲労感の抜けない龍麻は藤咲と高見沢がマリィと一緒に引き上げてからも、1人まだその場に留まったままだった。鏡の前に置かれていた時計を見て、まだしばらくここにいられるなと判断すると、ぐったりと座り込み瞳を閉じた。

 と、その時、

「キミ、キミ。ほら、グズグズしないで、早くここから出て」
「????」

 突然現われた、学園祭実行委員会という腕章を付けた学生に腕を引っ張られ、この場から追い立てられる。

(え、もう次の人に場所を譲らなきゃならない時間になったの)

「ほら、こっちが出口だから」
「済みません」

(ふう、やれやれ…。夕方まで一体何処に身を隠していようかしら)

 やっぱり旧校舎しかないだろうと、ぼんやり考えごとをしながら歩いていた龍麻の耳に、突然歓声が飛び込んでくる。

「う、嘘ッ!!!!!!」

 我に帰った自分が立っていたのは、イベントが行われている野外ステージのど真ん中だった。

(道を間違えた…訳ないわね。係の人に誘導されたんだから)

 慌てふためく龍麻がステージ脇の演目を示す紙に目をやると、そこには【第52回ミス真神学園コンテスト】の文字が、黒々と書き込まれていた。

「あのぉ…私出場者じゃないですけれど…」

 後ずさりしつつ、ここまで誘導した係の学生に向かってこそっと話し掛けるが、呆れたような笑いを返されるだけだった。

「またまた〜。そんな格好してて、説得力ないですよ。それに、あそこでお友達も応援しているじゃないですか」
「お友達?………」
「アネキ〜、むっちゃ可愛いで〜」
「コスモグリーン。文字通り緑色が良く似合うぞッ」
「龍麻サン。俺サマの分まで頑張って良いステージにしてくれよなッ」
「そ、……その声は…(汗)…」

 恐る恐る客席側を見遣ると、醍醐・小蒔の他、今日学園祭に遊びに来ている仲間たち全員が龍麻に向かって手を振っていた。しかも用意のいいことに、彼らは横断幕(ご丁寧に日本語・中国語・英語の三カ国表記のもの)まで持っている。

 ステージ前列の関係者席には、これまたカメラを構えたアン子が座っている。そしてアン子の傍らには、更なる衝撃映像が飛び込んできた。

(み、み、壬生君が〜〜〜。何でココに?今日は仕事だったんじゃ…)

 心の叫びが聞こえたのか(伊達に表裏の龍を名乗っている訳じゃないです)壬生はふっと口元に笑みを浮かべる。

「今日の仕事は完了したからね……我ながら良い出来だ…」

(今日の仕事って、ま、まさかッ)

「さすが拳武館の手芸部が誇るだけある腕前よね。あ、報酬は後でいい?」

 満足そうなアン子の言葉には、それで構わないよとそっけなく返す。

(アン子…。いつの間に壬生君と知り合いになっているの…)

 それは無論、件の拳武館を追跡調査中に知り合ったのだが。

(そこまで立ち入ってて、今の今までよく無事で済んでいるわね)

 アン子の悪運の強さに感心しつつ、ひるがえって自分の身に降りかかった災厄を考えると、己の不運さをただただ嘆くのみだった



≪拾弐≫

 とうに夕日が西に傾き、校舎全体を闇色に染め上げる頃、外部からの客が立ち去った校庭には真神の生徒が続々と集い、学園祭は文字通りフィナーレを迎えようとしている。

 しかし龍麻は遠く聞こえる喧騒と音楽をBGMに、1人3−Cの教室に残っていた。昼間遊んでいた分、しっかりと働かなければという気持ちも有ったのだが、それよりも窓ガラスに映し出される自分の姿の方により大きな理由があった。

「……もうこれ以上人目に晒されるのは…」

 ため息混じりに独り言を呟く。

(こんな格好の自分の姿がこれ以上知れ渡ってしまったら、もう恥ずかしくて明日から学校に行けなくなるし、仲間たちとも今まで通りに付き合えなくなるわよ…)

 そんな龍麻の嘆きをよそに、強引に出場させられたミスコンでは満場一致で堂々と優勝を掻っ攫い、その後の騒ぎで自分の制服を取り戻すことすらも適わなず、学校内で身動きが取れない状況だった。

「本当に色々と有った、いや有り過ぎた一日だったわね」

 全ての机の上を台布巾できれいに拭き終えると、水の入ったバケツを持ち上げ、手洗い場に向かおうとするが、突然ぴたりと足を止めてしまう。

「京一…」
「…お嬢さん、舞踏会はもう始まってるぜ」

 教室の入り口には、メイクこそ落としていたが衣装はそのままの京一が立っていた。

「さては、意地悪な継母と姉ちゃんたちに置いてけぼりをくらったってか」
「いいえ。私の前にいつまでたっても良い魔法使いが現われないからですわ」

 シンデレラの童話を揶揄して物を言う京一に合わせて、龍麻も照れ臭さを交じえながらも、かなり芝居がかった言葉で返す。


「ったく…。全然お化け屋敷の方に戻って来ねェなと思ったら、そういう事情だったのかよ」

 他に誰もいない教室で龍麻から今日の出来事をあらかた聞き出すと、京一はちょっとむくれた顔をする。

「おまけに諸羽のヤツ、1人美味しい思いしやがって。今度会ったらいつもの倍しごいてやるぜ」
「いいじゃない、2人にとって大切な楽しい想い出になったのだし。それのお手伝いが出来たのだから、私は素直に嬉しいわ。それにマリィも…」

 彼らの様子を思い返しては幸せそうに目を細める龍麻を見て、京一はすっと真剣な顔に戻して訊ねる。

「そう言うひーちゃんも…今日は大切な楽しい思い出になってるか?」
「えッ?も、もちろん…すごく楽しかったわよ」

 突然自分の気持ちを問われ、龍麻は反射的に首を縦に振る。

「あのなぁ、楽しかったって…、まだ、祭は終わってねェよ。ほら、後片付けなんて放ッぽっといて、まだまだたっぷり楽しもうぜ」
「でも…こんな格好じゃ恥ずかしいから…」

 顔を赤くして俯く龍麻に、いいからこっち見ろよと京一が命令する。

「俺だってまだ衣装のまんまだぜ。それに、どうせ後夜祭なんてみんなして浮かれ騒いでるだけだから、他人の格好までイチイチ気にしてねェって」
「うーーん」

 まだためらったままの龍麻に、京一は低く舌打ちすると、

「仕方ねェな…」

 ついと龍麻の顎を持ち上げると、まずは額に、そして頬へと唇を落とす。

「…次は…やっぱりうなじだろ…」

 自分の指を珍しく髪をアップにしている龍麻の白いうなじにつっと伝わせると、

「ちょ、ちょっと、それだけは…ッ」

 体中に伝わる奇妙な感覚と気恥ずかしさから龍麻は激しく抵抗する。京一はそのまま龍麻のうなじにかかる後れ毛にくるりと指を絡ませながら、悪戯をする子供のような顔を見せる。

「ひーちゃんが悪いんだぜ。そんな格好を俺だけでなくみんなに見せるから」
「………京一」
「さあどうする。この格好のまんま後夜祭に出掛けるコースを選ぶか、それともここでヴァンパイアに襲われるコースを選ぶか…」

 その扮装とは裏腹に、耳元に囁かれる京一の声には不思議と優しい響きが感じ取れた。

「…もちろん前者を選択させていただきます」

 龍麻はにこりと笑って京一の方を見つめると、キスをもう一度だけ、今度は唇で交わす。


校庭に向かう途中、ふと京一に今日の午前中と言ったのと同じ言葉を洩らす。

「やっぱり、京一はヴァンパイアって感じじゃないよね」
「どこがだよ」
「だって───」

 納得のいかない京一に説明しようとしたその時、2人に呼びかける声が聞こえる。

「ひーちゃん、京一、こっちだよッ」
「うふふ、遅いわよ、2人とも」
「小蒔ッ、葵ッ!!ど、どうしたのよ?」

 2人の姿を見て龍麻も京一も目を丸くする。それもそのはずで、小蒔はミニのカクテルドレス、葵に至ってはチャイナドレスを着ていたからだ。

「どう?似合うかしら」
「に、似合うかしらって…」

 事態を呑み込めない龍麻と京一に、葵が笑いながらアン子から頼まれたと説明する。

「どうせ龍麻のことだから、恥ずかしがって全校生徒が帰宅するまでずっと隠れてるだろうって。だから私たちにも、こういう風に仮装して欲しいって言いに来たのよ」
「ボクもこんなドレス着るの生まれて初めてでちょっと恥ずかしいけど…でも、みんなと一緒だし、何てったって最後の学園祭だからこんなのもアリだよね」
「そうね、本当にそうよね。こんなムチャなことして無邪気に楽しめる機会なんて、もう…限られているのよね……」

 何かもっと別の言葉を言いたげな哀しい光を、その瞳に一瞬だけ宿らせたが、

「そうとくればトコトン楽しまないと。ありがとう、葵、小蒔」

 気を取り直し笑顔を弾かせる龍麻を中心にはしゃぐ3人の女子の姿を見て、京一はふと疑問が浮かんだ。

「ところで醍醐は?」
「ああ、醍醐クンもアン子に渡された衣装に着替えてるんだけど」

 もうそろそろ来るハズだけど、遅いな〜と小蒔がぼやく。

「……桜井……みんな……遅れてスマン…」
「あ、来た来たッ。醍醐クン」

 弱々しい声で近付いてきた醍醐のその姿に、

「!!!!!!!」
「…………タイショー……お前………」

 その場に居た4人の時がその一瞬確かに止まり───
 次の瞬間、醍醐を含む5人の大爆笑に取って代わられた。

 その夜醍醐が見せた格好に関しては、それは当人が“学生で居る間は、もうぜったい学ラン以外は着ない”と宣言したことで、誰も触れてはならない禁忌ネタになったらしい。



≪拾弐≫

 5人が笑いの渦をひとまず沈静化させ、後夜祭メイン会場へ姿を現したのを受けてか、1998年の真神の学園祭は満天の星空の下、まさに最高潮を迎えんとしていた。
 いつも以上に異彩を放つ彼らを発見したアン子が素早く5人の所に駆け寄ってくる。

「あんたたち、ようやく全員揃ったわね。…やっぱりあんたたちは5人顔を揃えてないと、何と無くこっちまで落ち着かない気がするわ」

 それじゃ二度とは来ない今日の記念に写真を撮ってあげると言うや、パシャっとフラッシュをたく。

「中々面白い写真が撮れたわッ。さてと、それじゃあたしは他にもまだ撮りたいものが有るから」

 ばたばたとその場を立ち去る後ろ姿を見て、醍醐が毎度ながら慌しいやつだと苦笑いする。

「やれやれ、遠野も取材に忙しいのも結構だが、自分も今年が最後なんだからゆっくりと楽しめばいいのにな」
「…でも学園祭を精力的に取材しているアン子を見ていると、彼女は彼女なりに十二分に楽しんでいるんじゃないかと、そう思えてくるわ」

 龍麻の心の中では、アン子にハメられたという負の感情はいつのまにやらすっかり姿を消していた。

「そうだよねッ。それじゃ醍醐クン。ほらほらッ早く踊りに行こッ」

 さっきから踊りたくってウズウズしてたんだからと、ねだるように小蒔が醍醐を見上げる。

「お、おい、俺はダンスなんて…」

 うろたえる醍醐に構わず、その腕を強引にひっぱって小蒔は後夜祭の中心部に向かって人波を真っ直ぐに突き進んでいった。

 小蒔と醍醐の姿が消えるまでたっぷり30秒間、龍麻らは呆然とその場でつったったままだったが、我に返ると同時に京一と龍麻は顔を見合わせた。

「それじゃ、あいつらに乗り遅れねェように俺たちも行くか」

「うん」

 龍麻は葵も一緒に行こうと声をかけるが、葵はちょっと別に用が有るから先に行ってくれるかしらと笑いを浮かべながら言い、小蒔らとはちょうど反対の場所を目指しさっさと歩き始めた。


「…ところで、ひーちゃん。さっきは何て言いかけてたんだ」

 再び2人きりになった所で、京一は先程の会話の続きを訊ねる。

「ああ、あれはね。『そんな風に相手を気遣っていたら、ヴァンパイアとしてはやっていけないね』って言いたかったの」
「ふう〜ん。そっかぁ…。てことは、俺が強引に迫ってもひーちゃんとしてはまだまだ全然OKっていう意味だと受け取っていいんだなッ」
「ち、違うッ。そんな意味で言ったんじゃ無いのッ!!」

 自分の言葉の持つもう一つの危険な意味に気付かされ耳たぶまでも桜色に染め上げる龍麻に、にやりと極上の獲物を狙うような笑みを浮かべた京一が迫ってきた。


「あ、アン子ちゃん。お仕事中に悪いんだけれど、ちょっとお話があるの。いいかしら」

 一方、撮影に取材に忙しく動き回っているアン子の背中に呼びかけるのは、もちろん良い魔女…もとい真神の聖女美里葵だった。

「美里ちゃん、話って…」

 他人の耳目を避けるため校庭の片隅に移動してから、葵はもちろん龍麻に関することよと微笑む。

「うふふふ。今日は色々と活躍してくれたみたいね」

 その抑えた言葉の裏に潜む恐怖の《氣》は、裏密プロデュースのお化け屋敷の比ではなかったらしい。少なくとも今のアン子にとっては…。

「どうしたのかしら、そんなに緊張しなくてもいいのよ、アン子ちゃん。ところで物は相談なのだけれど…龍麻の写真を幾らで売ってくれるかしら?」
「??」

 その唐突な言葉は、アン子をますます混乱に陥れる。

「残った写真は全部買いたいの。だって…龍麻が困った顔をするのを見たくないから。私にも売ってくれるでしょう」
「………はい」

 結局残った写真+ネガは二束三文の値段で葵に買い叩かれてしまった。それが故に市場に出回った数少ない写真にはプレミアが付き、後日、如月骨董店では何とさやかの生写真の10倍の5万円という高値が付けられたらしい。

(ああッ…次々号の真神新聞のTOPを飾るべき写真(ネタ)がッ。…龍麻のあの写真だったら売り上げ倍増どころの騒ぎじゃなかったのに…)

 今回の没ネタに費やした経費の問題も有るし、これはどうしたものかと途方に暮れるアン子の目線の先に入ってきたのは、龍麻に悪ふざけし過ぎた報いで、鮮やかに弧を描きながら吹っ飛んでいる京一の姿だった。

(やはり何かと妨害の多い龍麻ではなくて、この無防備極まりない男をターゲットにする方が良さそうね…)

 きらりと鋭く目を光らせると蓬莱寺京一を餌食にするべく、次なる作戦を直ぐに練り始めた。


 ちなみに、後夜祭での龍麻ら5人の格好は真神の学園祭での有名な逸話となり、そして彼らの卒業後、後夜祭が一種の仮装パーティーに変貌したきっかけになったのだとは、この学園に長いこと従事している生物教師の証言である。


 彼が、自分たちよりも月の魔力の恩恵を受けにくい人間の方が、何ゆえバカ騒ぎを好むのだと、嘆息混じりに呟いたのかどうか、そこまでは明らかでないが…。
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