目次に戻る

LunatiC Party ・・・3



≪六≫

 逃げ出したとはいえ龍麻の行き先は3−Cであることは分かり切っているので、藤咲は高見沢と共に、3−Cの教室で龍麻と再び合流した。

「すっご〜い。おいしそうなお菓子ッ。これ、全部ダーリンが作ったの?」
「みんな手伝ってくれたから、全部1人でって訳じゃないけれど」

 メニューを見ながら、高見沢は目を爛々と輝かせ、どれにしようかあれこれと悩み始める。そして数分後、藤咲の前にはニューヨークチーズケーキが、高見沢の前にはガトーショコラとタルトタタンとショートケーキと焼きプリンが並べられていた。

「あ〜舞子幸せ〜vv」

 30分後には見事に綺麗になったお皿を前に感嘆の息を吐きながら、高見沢はまさに至福といった表情を浮かべる。

「にしても…よくそれだけ全部を短時間で食べられるわね、あんた…」

 呆れ顔の藤咲に対しても、美味しいからだもんと無邪気に答える。

「ま、それは確かに。ごちそうさま、本当、美味しかったわよ龍麻」
「いいえ、お粗末さまでした」

 照れ臭そうに2人の褒め言葉に礼を言うと、そのままテーブルの上を片付け始める。

「あら、緋勇さんはここの手伝いはしなくてもいいわよ」

 接客係のリーダーである女子生徒からから止められたのだが、模擬店の中々の盛況ぶりに龍麻はこのままここの手伝いをすると申し出る。だが他の女子生徒からも『ここは私たちに任せて、緋勇さんは夕方までゆっくり学園祭見物してて』と言われたので、この場は素直に彼女らの好意に甘えることにした。


「龍麻は次にどこへ行くつもり?」
「弓道場で試合が始まるのが12時だから、後1時間半…。そうだ、空手部の親睦試合がもう行われているらしいから、先に隣の武道場へ行くことにするわ」
「そう。だったら、アタシたちは武道にそれ程興味ないし、他を廻るコトにするわね」
「それじゃあね〜、ダーリン。またどっかで会おうね〜」


「うわ、すごい熱気…」

 入り口を開けた瞬間、武道場に全体に漂う白熱した空気を龍麻は敏感に感じ取る。
 インターハイでの東京代表の座を賭け、ここ数年ライバル関係を築いている両校の試合とあって、武道場内部はギャラリーで溢れていた。が、それらの中でも頭1つ分以上抜き出ている醍醐と紫暮両名の姿は一際目立つものだったので、龍麻は辺りを探し廻る手間も無く、真っ直ぐに歩み寄る。

「やっぱり来たな、龍麻も」

 熱戦の繰り広げられている試合場を熱いまなざしで見つめていた2人は、近付いてきた龍麻に気が付き、同時に後ろを振り向く。

「両校とも実力伯仲しているから、中々良い試合になっているわね」
「本当だったら、俺も参加して今年インターハイ出場出来なかった雪辱を見事晴らしたいところなんだがな」

 部活を引退してしまったのがつくづく悔やまれるよと、紫暮が笑い飛ばす。

「どうだ、緋勇。いっそこの後に特別試合ということで、俺と一戦交えるか?」
「それは絶対駄目よ。旧校舎を例外として、真神で闘うのは醍醐君との勝負以降自粛しているんだから。いっそ紫暮君と醍醐君2人の試合だったら、私も興味有るけれどね」
「そうか、それはいい案だな」

 紫暮は冗談と本気の入り混じった表情で、醍醐を見る。
 とはいえ今回この案が実行されることは無かった。なぜなら、醍醐は小蒔の用事が済み次第校内を一緒に廻る約束をしていたし、一方の紫暮は…

「何ッ!舞園さやかが…」

 大声を上げかけたので、龍麻と醍醐に慌てて制止される始末であった。

(あのアイドルの舞園さやかが、お忍びで真神に遊びに来るのか…)
(紫暮君、さやかちゃんのファンなの?)
(い、いやッ。その、ただ単に芸能人というのに会ったことがないから驚いただけで。ファンとかそんなミーハーな物ではない)

 言葉と裏腹に、顔にはっきりと興味大有り!と書いてある。クスッと龍麻は笑うと、根がとことん正直者の紫暮に舞園が来たら連絡を入れるからと耳打ちする。

(そうか、それは恩に着る)

 紫暮はいつもの堂々と落ち着いた印象が嘘のように、やや年齢相応に若返った顔をほころばせ素直に礼を述べる。

 その様子を遠巻きに見た鎧扇寺高校空手部の部員たちは、自分たちの尊敬する先輩の意外な姿を見て衝撃を受けると同時に、巨体の2人と美少女1人が体育館の片隅で、コソコソとないしょ話をする姿ははっきり言って不気味だったと、その日の部活の記録日誌の最後に書き添えていたという。


 試合終了後もまだここに残るという醍醐と紫暮と別れ、龍麻は一足先に武道場を出た。しかし弓道部の親睦試合開始までには、まだ多少時間にゆとりがあったので、時間つぶしも兼ねてチャリティバザーの会場でもある体育館に足を運ぼうと決めた。そこは案の定、既に外部からも噂を聞きつけ訪れている沢山の買い物客で溢れていた。

「龍麻!」

 人のざわめきが交錯する中で、一際高いソプラノの澄み切った声で呼びかけるのはマリィだった。

「龍麻モ来テクレタンダ。アリガトウ」

 マリィは、すでに小蒔たちの他、藤咲や高見沢も立ち寄ってくれたと、嬉しそうに笑いかける。

「遅くなってごめんね。それにしても人が多くてびっくりしたわ」
「特ニ翡翠オ兄チャンノ所ハ、オ客サンデイッパイダヨ」

 そう言われて見てみると、確かにその一角は人垣で取り巻かれ、奥にいるであろう店主・如月の姿は見られなかった。その盛況ぶりに近付くのを躊躇っていると、その人垣を掻き分けて中から姿を見せたのは、

「あの2人…どうしてここに」

 既に気苦労で足取りの重い気味の霧島と、いつにもまして足取りの軽い黒崎だった。

「あッ、龍麻先輩…。今度はこちらに用がお有りだったんですか」
「え、ええ…。ところで…もう今日の公演に向けた特訓は終わったの?」
「ああ、ばっちりさ」

 黒崎は爽やかに白い歯をキラリと光らせる。

「何といっても、真神には悪の地下組織があるから特訓場所に事欠かないからなッ。この地の平和を守りつつ、己の技量を磨くことに励める…まさに一石二鳥とはこのことさ」

(ちょっと待って。何かが違う…)

 龍麻と霧島は同時に心の中で同じ言葉を呟いた。

 だがコスモレンジャーの3人は、何度説明しても旧校舎を悪の地下組織だと信じきっている。
 それが故、龍麻から呼び出しがかからなくとも、自主的にここに赴いては誰よりも熱心に特訓を重ね、11月の時点で地下10階位までなら自分たち3人だけで降りられる位の実力を付けていた(ちなみに龍麻は夏休み中に京一と2人きりで既に70階まではクリアー済みです→cf.外伝『恋心』)
 結局、『この3人は好きにさせておこう』とは誰が言い出したのかは分からないが、現在では、そんな彼らの涙ぐましい努力と、微笑ましさに対する一種の声援(エール)として他の仲間内にまで浸透していたのであった。

「その特訓の成果は後の楽しみにさせてもらうとして、でも2人が何でここに?」
「俺たちと入れ替えに旧校舎から上がってきた如月から『これから旧校舎に行くのなら、大量に注文が来ているアイテムがあるから、それを持ってくればいつもより高額で引き取ろう』という話が舞い込んだのさ。ふッ、この東京を陰から護っている忍の末裔とそして俺たちヒーローが共に手を取り合う。これって素晴らしいことだと思わないか」

 旧校舎といえば出どころの知れないアイテムがごろごろと落ちているので、日々の修練のついでにそれらを回収、ついで如月骨董品店にて売り払い軍資金に充てるというシステムが定着していた。だが、如月がわざわざコスモレンジャーに(今回は霧島・劉・アラン付きとはいえ)依頼してまで集めたいと言ったアイテムとは一体何なのだろうか?

(彼らが特訓に使う階層に、今更翡翠が色をつけてまで欲しがるようなアイテムが有るとも思えないけれど…)

 龍麻が眉をひそめ思案顔をつくったのに気付き、霧島も同じような表情で応える。

「…如月さんのオーダーは『栄光の手』だったんです…」
「『栄光の手』!!」

 龍麻は驚きで目を見開く。

 『栄光の手』といえば、名前こそ素晴らしく仰々しいが、その実態は死体の手を切り取り、乾燥させてから塩漬けにしたというとんでもない代物であった。その製造工程と外見の不気味さから、仲間内でも使用したくないアイテムの上位に常にランクインされ、更には旧校舎で(一体誰が加工処理しているのかという点は今もって謎)大量に入手できることと相乗し、メーカー希望小売価格200円から現在では一個20円まで大暴落を遂げている。

「そんなものを、わざわざ…」

 それ以上に、そんな存在そのものが危険なアイテムを誰が注文したのだろうかと、龍麻は霧島と黒崎に訊ねたが、2人ともそこまでは聞いていないと首を振る。


「翡翠!」

 人垣をくぐりぬけて、龍麻がいつも以上に忙しい如月に思い切って声を掛ける。店頭では壬生紅葉特製の手作りマスコットが、一番人気らしく飛ぶような勢いで売れていた。

「わ、これすごく可愛いわね。しかも魔よけ効果もありそう」
「龍麻も1つどうかな?」
「どれどれ…」

 如月から勧められて思わず1つ手にとってしまうが、そうじゃなくてと本来の目的をすぐに思い出す。

「『栄光の手』の注文主かい。本来なら秘密にするところなんだが…まあ君にだったら構わないだろう」

 やや声のトーンを落とし、如月が告げたのは『裏密ミサ』という人物名だった。意外にも彼女は如月骨董品店のお得意様であって、よく何かしらアイテムを注文してはいくのだが、今回のように大量にというのは初めてのケースらしい。

「ミサちゃんが。ということは…」

 霊研主催のお化け屋敷で使用するってことなのかと、龍麻は驚愕する。飾り付けを手伝っていた時には、それらしいモノは見当たらなかったのだが。

「これは一回確認に行った方が良いわね。ありがとう翡翠」

 くるりと踵(きびす)を返し、龍麻は再び2階にある霊研目指しダッシュする。



≪七≫

「ミサちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
「んふふふふ〜ようこそ我が恐怖の館へ〜」

 体育館からここまで、ダッシュで来た割には相変わらず息1つ切らさないでいる龍麻を、裏密が異名通りまさに魔女を思わせる黒のフードと衣装を身につけた姿で、お化け屋敷入り口でにこやかに出迎えてくれた。

「んふふ〜ひーちゃんが聞きたがってるアレのことだったら〜、ちゃーんと一晩水につけて塩抜きして、もう一回日干しして乾燥させたから〜安全面には考慮してるわよ〜」

 『栄光の手』を扱うのを、まるで数の子か干し椎茸を調理するかように気軽な口調で話す裏密に、龍麻は二の句を告げることができなかった。そんな龍麻に裏密は『ただのディスプレイとして使っているだけだから』と説明する。

「来場記念品としても〜絶賛好評発売中だし〜。ひーちゃんもお1つどう〜?」
「ミサちゃん……」

(また何か悪魔か魔神でも呼び出すのに使ったんじゃないかと心配だったけれど……ま、現に来場している人たちも純粋に飾り物として見ているようだし、特に問題はなさそうね)

「それならいいけれど。もし失神者の1人でも出したら、学校側からクレームがくるかなって心配になって」
「んふふふ〜ミサちゃんの心配より〜ひーちゃんに迫る甘美な罠が見えるわ〜。もっとも〜それより逃れる術も無し〜。せいぜい楽しんでね〜」
「は?」

 突然始まった裏密の予言めいた言葉に、またまた龍麻は返答に詰まる。裏密はそれだけを告げると隣接して営業中の占いの部屋に音も立てず去ってしまった。


(これって…お化け屋敷に入ったら何かしら罠が待ち受けているという意味なの?でもお化け屋敷って人を驚かせようって趣向の場所だし、何を今更…。でもミサちゃんの忠告はいつも怖いぐらいに当たっているから、気にするなと言われたって気になるわ)


「あッ、ひーちゃん」

 入り口付近で裏密の言葉の意味に真剣に悩んでいる龍麻に、小蒔が小走りで近付いてくる。

「弓道場で待ってたのに…こっちに来てたんだッ」
「ちょっと気になることがあったから。でも、試合は12時からじゃなかったかしら?」
「……それって終了時間だよ、ひーちゃん」

 盛大な溜息と共にがっくりと脱力した様子の小蒔からの指摘に、龍麻は慌てて各会場の進行表を見る。

「あ、あら……本当だわ…………ごめんなさい。思い切り勘違いしていたわ」

 済まなそうに身を縮める龍麻に小蒔は苦笑する。

「ううん、ボクたちもちゃんと何時に待ち合わせしようって言わなかったから。お互い様だよ」
「本当にごめんなさい。…ところで、雪乃と雛乃の2人はどうしたの?」

 見れば小蒔は醍醐と2人きりだった。

「あの2人は3時から始まるCROWのライブまでは、自分たちだけで好きに廻らせてもらうって、さっき急に言い出して」
「それじゃあ、紫暮君は?」

 今度は醍醐に訊ねると、醍醐も憮然とした表情で答える。

「うむ、何でも人手が足らなくなったらしく、アランが呼びに来るなりそっちに行ってしまったんだ。何なら俺も手伝おうと申し出たんだが、あいつらからきっぱりと断られてしまってな」

 それで急にお互い1人きりになってしまい、現在に至るということらしい。その裏には、小蒔と醍醐を2人きりでデートさせてあげようという、涙ぐましい仲間たちの心配りが有ったのだが、どうやらこの2人にはその思いが全く通じていなかった。

「みんな一緒に学園祭で遊ぼうって思ってたのに。ね、醍醐クン」
「そうだな」

 2人きりで会場を廻るよりも、大勢でわいわいと騒ぐ方がどうやら小蒔の好みらしい。それにうなずく醍醐は、小蒔の気持ちとはまた別に、大勢で共に行動したかった理由がもう1つ有るらしい。それが何なのかは──

「ひーちゃん、これからボクたちお化け屋敷に入ろうと思ってたんだけど、もし良かったら一緒に行かない?」
「そうか龍麻が一緒なら安心だなッ」

 小蒔の言葉に、醍醐が殊更ほっとした表情を作ったことから、察することが出来るだろう。

「それもいいけど、でも、ねえ…」

 恋愛ごとにはとかく鈍いと言われる龍麻でも、公認カップル1号である彼ら2人に対しての仲間たちの気遣いを無にするのは野暮だと思い、

「お化け屋敷はどこまで恐怖を味わえるかに価値があるから、大勢でぞろぞろと入るのはつまらないわよ」

 表面はそういう理由付けをして、同行をきっぱりと笑顔で断る。

「ということは、龍麻はたった1人で入るのか?」
「ええ、勿論。その方が楽しそうじゃない」

 まったく怖じる様子の無い龍麻を、心底羨ましいと痛感する醍醐だった。


「龍麻さん、桜井さん、醍醐さん、おはようございます」

 そんな彼らに、マイクを通さずとも良く通る声で呼びかけてきたのは、日本のトップアイドル、舞園さやかだった。

「いらっしゃい、さやかちゃん。仕事で忙しいのに遊びに来てくれてありがとう」

 礼を言う龍麻に、舞園は営業用ではない素の笑顔で笑いかける。

「いえ、今日は近くのスタジオで仕事だったから抜け出しやすかったですし、それに、何といっても龍麻さんたちの参加されている学園祭には是非お邪魔したかったら。霧島君も私も今日の日をとても楽しみにしていたんです」
「そう言えば、霧島クンはコスモレンジャーのショーの手伝いもしてくれてるんだよね。もう会った?さやかちゃん」
「いいえ、それが…さっきショーが始まる直前の野外ステージに行ったんですけれど姿が見えなくて。龍麻さんは何処にいるのかご存知じゃありませんか?」
「そうね、もうじき姿を現すとは思うけれど…(ステージにね)」
「そうおっしゃるのでしたら、私、野外ステージの方にもう一度行ってみます。そうだわ、龍麻さんもご一緒してくれませんか」
「うーん………」

 さやかには霧島がショーに出る件は黙っていようと思っていたのだが、これぞ小蒔と醍醐を2人きりにさせる絶好のチャンスなのかもしれないと判断すると、龍麻は舞園の提案を受け入れることに決めた。

「分かったわ、それじゃ急いで校庭に行きましょう。という訳で、小蒔、醍醐君、ごきげんよう」

 そそくさとその場を去る龍麻と舞園を、取り残された2人は半ば呆然と見送る。

「ひーちゃんまでヘンなの」

 ぼそっと呟くと、小蒔は醍醐の方を振り返る。

「…それじゃ、入ろうか、醍醐クン」
「そ、そうだな…」
「中は真っ暗だし、はぐれないようにこうしてもイイ?」

 さり気なく醍醐のごつい手をぎゅっと握る。その行為は、それでなくても恐怖と緊張感で心拍数の上がっている醍醐の心拍数を一層上昇させたという。



≪八≫

 龍麻と舞園が野外ステージに到着したときには、もうコスモレンジャーショーは佳境に入っていた。ワクワクとした表情の子供らや、童心に帰った高校生らを前にして、彼らはいつも以上に気合の入ったショーを展開している。

「真紅のバットは勇気の証。正義と真実の使者、コスモレーッド!!」
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。漆黒の貴公子、コスモブラーック!!」
「少年少女の希望を壊す非道の数々、見過ごすわけにいかないわ!!愛の守護星、コスモピーンクッ」

 お馴染みの口上を高らかにした後、

「今日はみんなに俺たちの新しい仲間を紹介しようッ。コスモブルー・コスモイエロー・コスモホワイトッ、カモン!!」

 衣装が間に合わず、3人3様通常の格好のアラン・劉・そして霧島が大音量で流れるテーマソング『大宇宙賛歌』と共に登場する。

「霧島君まで…一体…どうなってるの?」

 唖然とする舞園が見守っているともしらず、ショーはついに最終奥義発動のシーンに進む。

「やはり悪の総本部である真神学園、敵も中々に手強い。ここは6人の心を一つに合わせて、真のヒーロー技をぶつける他あるまい」

 ちなみに今回は敵のボス役として、コスモパープルこと紫暮が友情出演していた。これもひとえに本郷の『だってヒーロー顔じゃないでしょ』というただそれだけのコメントで急遽決まったとは、客席の龍麻も気が付かなかったが…。

 コスモブラックの言葉に、レッドが大きく頷き、特訓の成果を今こそ見せてやると宣誓する。

「頼りにしているぞ、コスモブルー!コスモイエロー!コスモホワイト!!特に最年少のホワイト、しっかりと気合を入れていけ」

「Hahaha、楽シーネ」
「わいに喧嘩を売って、ただで済むと思うとんかい」

 アランと劉の両名はそれぞれラテン気質から来るノリの良さと、同じく関西で培われたサービス精神から、何のてらいも無く大勢の観客の前で決めゼリフと共に練習の成果であるポーズを取る。
 アランと劉のパフォーマンスに対して一際大きな歓声が湧き上がり、龍麻と舞園もさかんに拍手を送る。

「あの2人、結構頑張ってるわね」
「ええ、そうですね。そして最後は霧島君…でも…どうしたのかしら」

 霧島はただステージ上に棒のようにつっ立ったままだった。

 常に学芸会でもその他大勢役に徹していた霧島は、人前で何かを演じるという慣れない緊張感から練習で叩き込まれたセリフその他をすっぱり忘れてしまったのだった。

「(霧島…何でもいいからセリフをしゃべって構えを取るんだ)」
「………あ……は、はい…」

 黒崎が背後からささやく言葉に、ぼうっとしていた霧島は我に帰る。その霧島の目に、客席で自分を心配そうに見つめる舞園の姿が飛び込んできた。

(うわッ、さ、さやかちゃん…)

 ますます混乱した霧島は、ここがショーの最中で有るにも関わらず、ついいつもの戦闘と同じ気合の言葉を大声で口にしてしまう。

「き…京一先輩、見ていてください!!」
「!!!!!」

 しまった間違えたと霧島が顔を歪めた時には、もう手遅れだった。


「きょ、京一先輩って、もしかして剣道部の蓬莱寺京一のことか〜」
「ええ〜、京一センパイとあの子って、どーいう関係なの?」

 自分たちの学校の有名人の名前が出てきたことで、客席は更なる大爆笑の渦に巻き込まれていた。ただ2人の人物を除いて。

(霧島君、緊張の余り失敗してしまったのね…)

 どうなることかと霧島とショー双方の行方を憂う龍麻の隣で、何やら異様な《氣》がゆらめき立ち昇る。

「そう…やっぱり霧島君って蓬莱寺さんが何より一番大切なのね…」

──私の歌、聞かせてあげる…

 地の果てから紡がれたようなその言葉をようやく聞き取れたのは傍らにいる龍麻だけだった。



≪九≫

 ドゴーンと、どこからともなく爆発音が聞こえたような気がしたが、生憎と全ての窓に暗幕を垂らしているお化け屋敷では、その原因が何なのか分からなかった。

(ん?何だ今の音は?………ま、いっか)

 暗闇を幸いに、京一は退屈そうに大きなあくびをすると、表情を不機嫌なものに変える。

(ったく、やれやれだぜ…)

 京一の不機嫌の原因は、ズバリお化け屋敷という催し物ならではの現象から来ている。

 1点目はお化け屋敷に好んで入ってくるのは、カップルと相場が決まっているということ。
 2点目は彼らが暗闇を幸いに、大抵密着しあって移動していること。
 そして3点目は、こちらが気合を入れて驚かせれば驚かせるほど、

『キャーッ、○○クン、怖い〜』

 彼女が彼氏にひしとしがみ付き、

『ハハハ、大丈夫だよ。どうせ人間が化けているだけなんだから。それにこれはセットだから心配ないって』

(その時○○君が手にとったのは、本物の『栄光の手』だったりするが、知らぬが仏という日本語通り、真実を知らなければ何てことは無いらしい)

『すご〜い。○○クンって、ホント男らしいのねvv』

 結果として、よりカップルの絆を強めることに貢献しているのが自分だと気付いたこと。


「あ〜、ムカつくぜ。こうも馬鹿ップルどもばかり見せつけられたら」
「うふふふ、京一君ったらさっきから同じことばかり言って…」

 外にいる係りの人から代わりの物をもらったからと、葵は白装束姿におよそ不似合いな慈愛に満ちた微笑を浮かべて懐中電灯を渡す。

「お、悪ぃな美里」

 開場からはりきってスイッチを出し入れし過ぎたのか、最初に使っていた懐中電灯は早々に電池が切れてしまったのだった。

「そういえば、入り口付近に戻った時に、龍麻と小蒔、醍醐君、それにさやかちゃんの話し声が聞こえたわ。ひょっとするともうじき中に入ってくるかもしれないわね」
「何ッ!」

 醍醐がここに足を向けるとは意外だったが、それは恐らく醍醐の弱点を知らない小蒔に誘われた結果だろうと、長い付き合いの京一は直ぐに理解した。

(小蒔と醍醐は一緒に入ってくるはずだから、となると…)

 にやあっと顔が自然とほころんできた。

(美味しい、美味しすぎるぜ。ひーちゃんとさやかちゃんが2人セットでやってくるなんて)

 よっしゃあと、訳分からない気合を自分に入れると、やる気満々でスペシャルゲストを待ち受ける。すると悲鳴こそ聞こえないが、自分たちのすぐ前のブースから恐怖に怯えた《氣》が空気を伝い流れ込んできた……。


(襲ってくる奴らはみな同じ学校の生徒なんだ、だから大丈夫…怖くなんか無い…)

 筈なのだが、何故だか入ってからずっと寒気がするのは気のせいだけでは無いようで『一体どうなっているんだ、このお化け屋敷の中は』と醍醐は心の中で叫びながら、それでも小蒔の手前、必死に恐怖と闘っていた。

 とにかく前に進んで行かない限り出口に辿り着けないのだからと、気持ちを奮い立たせ、次のブースへと足を踏み入れる。

 今までと同じように誰かが襲ってくるだろうと思って構えるが、そこには人の気配は感じられず、ただ暗闇に包まれた部屋の中で、うふふふふという笑い声だけが不気味に反響していた。

(ど、何処から聞こえてくるんだッ)

 それまで気丈だった小蒔までこの笑い声に驚かされたのか、ぎゅっと手を握り返してきた。その手の温もりに気付くと、醍醐は持ち合わせている勇気と理性を総動員させて左右を見回す。

(ん?何か触ったか…)

 醍醐の頬を優しく撫でたのは、天井から吊り下げられた謎の物体Xたち。背の高い醍醐だからこそ、そんな物に触れてしまったのだろうが…。

(こ、これは…?)

 その次の瞬間、射し出された光にくっきりと映し出されたモノは……

(!!!!!!)


「やだッ、もう。京一ったら。悪ノリし過ぎだよッ、ね、そう思うでしょ。醍醐クン。醍醐クンったら──」

 京一が自分の顔を懐中電灯で照らし出しつつお約束通り襲ってきたのを、小蒔はあははと愉快そうに笑っているのに対し、

(…………………)

 滂沱(ぼうだ)たる涙を流しながら呆然と立ちすくむ醍醐のその姿は、最早生ける屍のようだった…。

「おい、醍醐、しっかりしろよッ」

 京一の呼びかけで、はっと我に戻る。

「あ、ああ…済まないッ?〜〜〜〜!!!」

 暗闇の中浮かび上がる京一の吸血鬼メイクに、再び凍り付く醍醐だった。



「やれやれ、全くお前はこういうのにからきし弱えェからな」

 あの後、昼食を交代で取るため隣の教室で休憩する京一と葵の前には、まだ顔色が悪い醍醐がぐったりとパイプ椅子にもたれ掛かるようにして座っていた。

「大丈夫、醍醐クン。ゴメンねボクが無理矢理引っ張りまわしたから」
「いや…桜井は全然悪くない。心配掛けて済まないな」

 小蒔からタオルを受け取ると、醍醐は額に流れる冷や汗を拭い、ようやく人心地付く。

(裏密の演出が凄すぎたというか…あれは演出の範疇を超えていると思うぞ)

 自分があの瞬間見たものを思い出したのか、醍醐は首を左右に振ってその記憶を掻き消そうとした。そんな醍醐を気の毒に思った京一は、小蒔に別の質問をして話の流れを変えようとする。

「そういや、ひーちゃんとさやかちゃんは結局姿見せねェけど、一体どうしてだ?」
「あの2人なら、野外ステージで行われているコスモレンジャーショーを見に行っているよ。でも、もう終わってる時間なのに、遅いね2人とも」

 どこかでお昼でも食べてるのかな、と小蒔が葵に話しかける。

「そうね、他のみんなともどこかで合流しているのかもしれないわね」
「うむ。いつも俺たちとばかり一緒だから、たまには他校の連中と楽しむのも悪くないだろう。そうだな、京一」
「う、うるせーな。イチイチお前らに指摘されなくても、そんぐらい俺だって分かってるって」
「その本音(ココロ)はどうだか…。ね、葵」
「うふふふ。でも開場前に京一君は龍麻と2人っきりになれたのだし」

(もう充分満足しているでしょう?)

 にっこりと微笑む葵を前に京一はぐうの音も出なかったが、次の言葉には力強く賛同した。

「龍麻にとって最初で最後の真神の学園祭を思う存分楽しんでくれているといいわね」

 4人は、あんなに無邪気で楽しそうな龍麻を見たのは久方ぶりだったので、残り半日も同じように楽しんでくれるだろうと固く信じていた。
 当の龍麻が、その時野外ステージでの騒動に巻き込まれているとは知る由も無く…。


<< 前へ 次へ >>
目次に戻る