灯 火

陸 風音作


「だーッ!!そうじゃねえって言ってんだろうがッ!!」

こうだ、こうッ!と俺は弟子の目の前で見本の型を取る。
「はいッ」と半ばべそをかきながら、でも真剣に俺を倣い型を取る弟子に心中で頷いた。


俺はあの激動の年を終えた後、一人鬼哭村を後にした。
理由は体得する陰の技を磨く為、そしてその後継者を見つける為…だった。
あれからもう五年の月日が流れている。あれだけ復讐に燃えた対象である幕府は既に倒れ、明治と元号が変わり新政府が世を、この日本という国を治めている。
だが俺はそんな時代の流れとは無関係な生活を送っていた。
修行に明け暮れ、自分でも成長したと自負できるようになったのはここ数ヶ月の話だ。
旅する途中で後継者の候補も出来、その弟子を従えて今は修行をしている。

「よしッ!そろそろ休憩するか。…水でも飲んで体休めろよ」
「はい。おいらも早く師匠みたいに強くなりたいです」

そこいらにあった手頃な岩に腰を降ろすと、水筒から水を一口飲む。それから俺の斜め前にある岩を顎でしゃくり、弟子を座らせ水筒を渡す。それを受け取りながらこの少年は強くなりたいと、目を輝かせて俺にそう語る。
その姿は在りし日の俺の姿と重なって、俺はくすりと笑った。

「……俺にもお前のように強くなりたいと、我武者羅に思ったことがある」

強くなりたいと思うのは今でも。だけど、その質は今とは違う。
昔は力を見せ付けたくて強くなりたかった。だが今は…あの一年を越す頃には護る為に…大切な仲間を護る為に強くなりたいと切望するようになった。

「だけどな。人間、ただ強くなるんじゃ全然意味がねェんだ。お前は何のために強くなる?力を誇示するのは強さじゃねェ。本当の強さってのは、そうじゃねェんだぜ」

それを俺に教えてくれたのは………あの男だった。
春先に突如村に現れた男、名を緋勇龍也と言った。あいつは俺が今まで俺が持っていたものをすべて覆してしまった。
やっと見つけたと思った自分の居場所である鬼哭村の雰囲気、江戸の町を暗躍していた鬼道衆の本質を。
それに感じたのは、反発だった。
九桐や桔梗があいつを"新しい風が吹き込んできた"と称したが、俺は頑なにそれを認めようとはしなかった。それを認めてしまえば、全てを失ってしまうと…そう思えてならなかった。今になって思えばくだらねぇことだ。だが、あの頃の俺はあいつが、全てを変えてしまいそうなあいつが大嫌いだった。

「本当の強さってなんなんですか?教えてくださいッ!」
「教えてやんねェ。自分で考えるんだな」
「ええーッ教えてくださいよぅ!!」
「ばーか。そんなんはな、自分で考えて気付かなきゃ何にもならねェんだよ。違うか?」
「……はい」

あいつは寡黙な人間だった。大人しい性格で、人当たりが良かった。
御屋形様も直ぐにあいつに信頼を寄せるようになった。他の奴らだってそうだった。俺だけが…馴染めずにいた。
俺とあいつが初めて真正面から衝突したのは、あいつが九桐と手合わせをしているところに出くわした時だった。槍使いである九桐と無手のあいつ。優勢は得物を使う九桐ではなく、徒手空拳のあいつだった。それを見て、俺は激昂したんだ。俺だって九桐と勝負した事は幾度となくあったが、そのどれも優勢な仕合をしたことなどなく勝率は三割あればよいところ。そして苦心しての勝利だった。
いとも簡単に…そう思うと、実力の差を見せ付けられたと、はらわたが煮えくり返りそうになって気が付いたときには俺はあいつに勝負を挑んでいた。
結果は、いうまでもなく。

歯軋りするような悔しさだった。
こんなに勝負に負けて悔しいと、苛立たしいと思ったことはなく。
喧嘩腰に捨て台詞を吐くと、俺は双羅山の修行場よりもまた更に山奥へと入って行った。
何で勝てねェんだよッ!なんであいつなんかに負けるんだッ!!!
我武者羅に闇雲に木の幹に蹴りを入れ、体を動かす。動かしまくって疲れ切った俺はいつの間にか寝ていたらしく、目を覚ますと辺りは真っ黒だった。
墨を溶かしたかのような漆黒は辺りを闇に飲み込んでいた。闇が侵食していく―――そんな感覚が強く体に沁みこんできた、その時、遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた。
あいつだ。あいつが来たんだ。わざわざ探しに来たのかよ。出て行くべきか、だけど出て行くにはあまりにもばつが悪いぜ、とか考えているうちにガサガサッと低木の葉が揺れてその陰からあいつが現れた。手には提灯を持って。

『こんなところにいたんだな、澳継。帰ろう、夕餉の用意も直に整うってさ』
『俺に負けて悔しいと思うのなら、澳継は強くなるよ。現状に満足してないってことだからね。だけど、今のままじゃ…きっと澳継はいつまでも弱いままだよ。君はまだ強さの本質を知らないんだね』
『だけど、俺は信じてるよ。澳継…君はきっと強くなる』

ああ、こいつには叶わない…そう思わざるを得なかった。
認めてしまった。
だけど、俺はどうしてもあいつを皆が云う様な"風"とは思えず。全てを吹き流して新しく改革してしまう存在には感じられず。
あの日、あの時、あいつが持っていた提灯のように辺りを優しく、暖かく映し出す…もしくは導く灯火のように思えてならない。
急激な変化は俺にはついていけなかった。あまりにもお子様だった俺には、ついていけなかったんだ。あの反発があり、あいつを認められたからこそ、今の俺がいる。
本当の強さを自分で見つけだせたんだと、そう思える。

俺は空を見上げ、思う。
なぁ、龍也。俺もお前みたいに誰かの灯火になれっかな?

「さて、休憩は終わりだ。続きやるぜッ!気合い入れろよッ!!」
「よろしくお願いしますッ」


俺があいつと関ったのはほんの一年の間だけだった。
俺は村を出、今こうして此処に居る。あいつがまだあの村に居るのか、はたまた俺と同じように旅立ったのかは知らない。
だが、きっと俺たちは巡りあえると信じている。それが、俺たちの生あるうちでなくても…血脈と云う名の巡りあわせというものがあるのならば、きっと…何処かで。

その時は、また勝負しようじゃねぇか!……なぁ?









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