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挽歌 中編 |
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![]() ≪伍≫ 4人に話をしたい事が有るから学校に戻るという龍麻を、京一は押し留めて、代わりに皆を呼びに帰った。 龍麻に続いて京一も居なくなってしまった事を心配していた3人は、京一から伝達された龍麻の呼び出しに快く応じてくれた。 放課後直ちに4人で向う途中、校門の所で中年の女性と一緒にいる高見沢に呼び止められる。 「あれ〜ダーリンは〜?」 龍麻は先に家に帰ったので、これから皆で会いに行くところと小蒔が説明すると、高見沢はじゃあ、皆から渡してね〜と封筒を一通差し出す。 「何これ?」 「舞子にもよく分からないんだけど〜、院長先生がダーリンに渡してって〜。あっ、それと、この人はダーリンのお母さんなんだって〜。学校まで案内して来いッて、この事も頼まれたの。じゃあダーリンに元気になってねって伝えておいて〜」 明るく手を振りながら、高見沢は病院へと戻っていった。 「…皆さん、初めまして。いつも龍麻が世話になっています」 礼儀正しい挨拶を一通り交わした後、女性は緋勇眞百合と名乗った。 「私達、これから龍麻さんから話があるって聞いているんですけれど…」 葵が眞百合にこれから龍麻に会いに行く経緯についてかい摘んで話をする。 眞百合は龍麻に会いに行く前に、少しだけ時間をくれませんかと頼んできたので、4人は龍麻の家に行く途中にある中央公園まで一緒に歩いていった。 ベンチを見つけたので、そこで腰を下ろし、眞百合は話を始める。 「今回の事は、大体岩山先生から話を伺っています。…あの子に何があったのかも、そして今何に悩んでいるのかも…」 伏せ目がちにしながら、眞百合は龍麻の生い立ちを語り出した。 実の母親は皆の知っての通り、龍麻を産んですぐにこの世を去った。 そして父親も龍麻が2歳になる前に、同じくこの世を去った。 実の父親の遺言から、実の兄で眞百合の夫でもある當麻(とうま)が龍麻を養女として引き取る事にしたのだった。出来得る事なら普通の娘として育てて欲しい、それが彼女の両親の願いでもあったのだから。 「幼少の頃の龍麻は、私達が実の両親では無いという事は全く知らなかったのです。ただ、体が余り丈夫ではなかったので、私達がアメリカに行く事が決まった時、向うで落ち着くまでは日本の親戚の家でしばらく預かってもらおうと、あちらこちらに連絡を入れていたのですが、その時事実を知らされてしまったのです」 眞百合の話によると、実の母親の父、つまり祖父が、こちらが周辺の親戚に連絡を付けているのを知り、わざわざ向うからこちらに一度連れて来てくれないかと行って来たのだと言う。 當麻も眞百合も、龍麻の母方の一族がこぞって反対したため、なかば駆け落ちのような形で結婚したいきさつは知っており、それは龍麻を出産後に亡くなったことで両家の断絶は決定的になったものと考えていただけに、ここで先方の申し入れを受けるかどうか夫婦間で何度も話し合った。 「しかし、やはり血の繋がりのある祖父として、アメリカに旅立つ前までに一度孫の顔を見たいんじゃないか、私たちはそう結論を出して、龍麻を連れて行ったのです。それが…全ての間違いだとはその時には気付きもしませんでした」 祖父はあろう事か、幼い龍麻の目の前で母親の死の真相を告げ、挙句の果てには追い返してしまったのであった。 「そんな…龍麻には何の罪も無いじゃないですか」 葵の言葉は、4人にもそして、育ての親である眞百合夫婦にも同感であった。ただ一人、当の龍麻を除いて。 「あの日、哀しみから感情を暴走させ、あの子は内に秘めていた《力》を目覚めさせてしまったのです。 勿論、まだ未熟な子供ですから、当人に罪を着せる事は出来ません。 しかし、いずれにしてもあの子には二重に衝撃を与えてしまう結果になってしまったのです」 そしてその日以来、龍麻は感情を押さえようとする子供になってしまった。 両親に対しても避けるという訳ではないのだが、子供らしい甘えを見せる事もめっきり無くなったという。 「それでもアメリカに行って数年の内に、大分あの子も心の傷が癒えたのだと思えるようになってきました。ところが、あれは去年の夏頃だったかと思います。今まで我が儘を言ったことの無いあの子が、突然『日本に戻る』と言い出したのです」 当人は理由をはっきりと話してはくれなかったが、それもあの子の内に秘めた《力》が彼女を日本に呼び戻したのだろうと、優れた風水士でもある夫がこっそりと自分に説明した。 そして今回は様々な事情を踏まえて、父方の実家にあたる緋勇家に身を寄せる事になったのであった。 「ただ、転校した先の学校でも運命はあの子を見逃してはくれなかった。日本に戻って間も無くあの子は事件に巻き込まれたのです。詳しい事はあの子の口からは何も聞いてはいませんが…。それからあの子はそれまで見向きもしなかった武術の修行に積極的に打ち込み、そして三ヶ月後、東京へ…。そこから先は、皆さんの方がよくご存知だと…」 4人は初めて聞かされる話を前に、驚きの連続であった。 龍麻は元来好戦的な性質では無いのは良く知っていたが、僅か三月の修行であれだけの強さを身に付けている事にはただただ驚愕する他無かった。 しかし4人にはそれを可能にするだけの重く辛い事情が前の学校で有ったという事は容易に想像できた。 「私達大人は、結局あの子と同じ位置に立つ事が出来ずに、ただ外から見守る事しか出来なかったのです。でも、今あの子はあなた達に話をしたいと言っている。他人に自分の事を語ろうとはしなかったあの子が今、心を開く事を決心した。その事が育ての親としてとても嬉しいんです。どうか皆さん、あの子の話を聞いてやってください」 そこまで語ると、眞百合は旅行鞄から一冊の本を取り出し、それを葵に渡した。 「これは───?」 「これは、今まであの子に見せたことすら無かった、実の両親と幼少の頃の龍麻のアルバムなんです。今のあの子だったらこの写真を見る勇気があると思って…。ただ、これを渡すのは、やはり私には…。申し訳無いのですけれど、あなた方から渡してくれませんか?」 眞百合の表情には、育ての親から巣立っていく子を見送る辛さが滲み出ていた。 葵は快く引き受け、革表紙のアルバムを大事に受け取った。 「あの、差し出がましいようですが、龍麻に会っていかれないのですか」 醍醐の言葉に、眞百合は今会うとお互い辛くなるから、もう暫くしてからまた会いに来ると笑顔で答えた。 そして別れ際に龍麻の怪我が治るようにと、瓶に入れた薬も葵に渡す。 癒しの《力》を持つ葵には、その瓶の中身が、眞百合の愛情の《氣》で精製された物だとすぐに判別できた。 眞百合もまた、懐かしい人を連想させる、葵とその傍らに立つ木刀を持った青年を特別の想いで見詰返した。 ≪六≫ 「ごめんなさい、忙しいのに無理矢理呼び出してしまって」 龍麻は一言詫びをいれてから、緊張感に満ちた顔で皆の前で、今までの自分の経験してきた事を告白する。 幼少時代の話は、先立って眞百合から聞いていたのでさほどの衝撃を受ける事無く、冷静に耳を傾ける事が出来た。 それでも、幼少時代に《力》が目覚めた時の龍麻のショックは、自分達も《力》に目覚めた時のとまどいを経験しているだけに、その強さ、そして悩みは想像以上に大きく、そして龍麻を傷付けたのだろうと推測した。 「アメリカに行ってしばらくは何事も無くて、自分の《力》の事もあれは夢だったのかと思える位、遠い記憶に成りかけていたの」 ところが、15歳を過ぎてから、再び自分の中に宿る《力》が蠢動し始めた事を自覚した。 それと同時に、どうしても日本に帰らなければという意志のような物の囁きも強くなってきた。 悩んだ末、両親に日本に帰りたいとだけ打ち明けた。 両親はその時は非常に驚いた顔を見せたが、快く承諾してくれ、奈良にある父の実家に身を寄せる事になったのである。 転校先の高校でも、アメリカの時と同様龍麻は積極的に友人を作ろうとは思っていなかったのだが、それでも何時しか、隣のクラスの少女と、彼女の幼馴染である少年と仲良くなっていった。今まで殆ど同年齢の友人がいなかった龍麻には、2人の友人の様子は興味深く、そして次第に何よりも大切な人達に思えるように変わっていった。 だが、同じ頃、東京から同じ学校に転校して来た人物がいた。 彼の名前は莎草覚といった。 その名前には4人の内、葵と醍醐には聞き覚えがあった。 彼は真神学園から2年生の1学期の途中に突然、奈良の学校に転校していったのだった。 それまでの彼は、嵯峨野と同様、学校でイジメを受けているひ弱な少年だったのだが、彼を苛めていた生徒が突然事故死を遂げてから間も無く、彼も学校を去っていったのだった。けれども周囲の人間と協調しようとする気持ちが皆無であった為、莎草はこの学校でも嫌われ者になっていた。 しばらく後、そんな彼を馬鹿にした女子生徒が、目をペン先で突いて怪我をするというおぞましい事件が発生した。 そして周囲の者が彼の異様な《力》に気付いた頃には、彼はこの学校の不良達のリーダーと成り上がっていた。しかも龍麻の友人になった少女に一方的に思いを寄せ、ついには彼女を拉致しようと、龍麻らが3人で帰宅する途中を襲って来たのであった。 当時は何の武術の心得の無かった龍麻は、その少女の幼馴染の少年と共にあっさりと負け、父の友人である鳴瀧の運営する道場で意識を取り戻した時には、既に少女の姿は無かった。少女を取り戻すと息巻き飛び出して行った少年を、龍麻も追いかけようとしたが、それを制止したのが鳴瀧であった。莎草は危険だから、半端な気持ちで立ち向うのは死を意味すると警告してきた。 しかし、龍麻は初めて出来た友人達を見捨て、自分だけ安全な場所で傍観するのはどうしても嫌だと反抗した。 それまで従順だった龍麻の、突然の反抗に驚いた鳴瀧は、ならば自分の門下生と戦い、勝利したら許そうと条件を出してきた。 今まで武術を習った事等、全く無かった龍麻だったが、この時は不思議と恐怖感は無かった。 寧ろ内から《力》が湧いて来るのが実感でき、気が付くと門下生4人を倒していた。 条件をクリアした龍麻に、鳴瀧は莎草と少女がいる場所を明かしてくれた。そしてその場所へ辿り着くと、丁度少年もその場に駆けつけた所だった。意を決して2人で中に飛び込むと、そこには信じられない光景が待ち構えていた。 気を失った少女は部屋の中央で、両手を中空に浮かせていた──まるで目に見えない何かに吊られる様に 呆然とする2人に、莎草は自分に宿った人には無い《力》を自慢気に話し出した。 『俺には他人の"運命の糸"が見えるンだ。そしてそれを操る事も』 その言葉通り、傍らの少年は自らの手で自分の首を締め始めた。 苦痛に顔を歪める少年に、莎草は俺に服従するなら命は助けてやると提案してきた。 しかし少年はそれをきっぱりと断った。最早少年の命は風前の灯に見えた。 その時、龍麻の頭の中に言葉が流れ込んで来た ───目覚めよ かつてと同じ様に身体が熱い光に覆われていくのが分かった。 龍麻の変化に気がつかない莎草は、次はお前の番だと、同じように運命の糸を操ろうとしてきた。 だが、それは莎草にすら見えない《力》で弾かれる。 『何故だ──!?お前の糸が見えない。そんなバカな。この《力》は絶対の筈だ』 《力》が全てなんだと狂ったように絶叫する莎草にも又、異変が起きた。 《力》を渇望する余り、欲望を暴走させた彼は異形の姿に身を変じさせたのであった。 襲い掛かってくる"莎草"だったモノを、再び目覚めたばかりの《力》で龍麻は辛うじて倒す事が出来た。 この《力》は友を護りたいという願いから目覚めたのだから、自分の中に宿っていた《力》は悪いものじゃなかったのだと、束の間充実感に浸るが…悲劇はすぐに訪れた。 "莎草"は元に戻る事無く、存在を消滅し始めたのであった。 『死にたくない…』 それが"莎草"の最期の言葉だった。 「…私は人を殺してしまった。友人を護る為とはいえ、自分の《力》に振り回された事が彼を死へと導いてしまった…」 少年は龍麻を責める事は無く、少女にはこの事を伏せておこうと気遣いを見せてくれた。 そして不思議な事に、莎草の起こした事件、そして死は公になる事無く、全てが闇に葬られようとしていた。 だが、龍麻の心の中にうがたれた楔(くさび)は、自分を安穏とした生活からの別離を促していた。 龍麻は鳴瀧の道場に弟子入りし、本格的に武術を学び始めた。 「一人の少年を殺してしまった私に出来る事は、この《力》を制御できるように精神・肉体ともに鍛える事しか無かった」 光無き道を歩もうとする龍麻に、師匠となった鳴瀧は新たな道を示した。 『君が経験した事件は、ここだけの事ではない。今、東京では異変が起きつつある。もし、君の身に起こった変化を、そして彼が何故あのような《力》を持つようになったのかを解明したいのであったら───新宿、真神学園へ行きたまえ』 こうして三ヶ月の間に、一通りの修行を完了した龍麻は、鳴瀧の導きにより、新宿の真神学園に転校する事を決意した。 真相を解明し、この様な悲劇が繰り返されなよう努める、それが《力》を持つようになった自分の使命だと信じて───。 4人には漸くこの2ヶ月間での龍麻の見せた行動の裏にある気持ちの一端を、垣間見る事が出来たと思った。 転校当初、龍麻が余り他人と積極的に接触し様としなかった事。 そのくせ、葵が旧校舎で行方不明になった時には、真っ先に駆けつけようとした事。 4人に《力》が目覚めたのを知った時の憂鬱そうな表情を見せた事。 自分の身を平気で犠牲にするような闘い方をしていた事。 葵が嵯峨野に捕らわれた時に初めて強い怒りの感情を表した事。 そして、比良坂が龍麻を庇うような形で負傷し、炎の中で死んでいった時の──── 「私がこの学校に転校してこなかったら、もしかしたら皆が《力》に目覚める事は無かったかもしれない。そうすれば皆を傷付ける事も、皆を苦しめることも無かった。全ては私の至らなさから…。本当に、ごめんなさい」 深く頭を垂れる龍麻の足元に、涙が何滴も雫となって落ちていく。 話を聞いている葵と小蒔の目も真っ赤になって濡れている。 醍醐も、不覚にも鼻の奥に込み上げてくるものを感じたが、それを堪えようとする。 京一は、先程と同じように泣き崩れる龍麻を抱きとめてやりたい衝動を必死で押さえ、殊更優しい口調で龍麻に話し掛ける。 「辛かっただろ、ずっと一人で抱えてたのは。もう、これで気持ちが楽になれたか?」 「そうよ、龍麻。あなたが自分を責めるのはおかしいわ。この《力》は、私達に目覚めたもので、私達自身がそれぞれ責任を負わなければいけないものなのよ…」 葵は自分が《力》に目覚めた時の不安を、龍麻にぶつけた時の事を思い出した。 あの時龍麻は自分を優しく抱き止めてくれた。でもその胸中はいかばかりであったのだろう。 私の方こそ龍麻を傷付けていたのではないかと、後悔の念が押し寄せる。 「龍麻。お前がいなかったら、俺達は自分達を見失って、もっと悲劇が起きていたかも知れない。いつもお前が毅然とした態度でいてくれたから、俺達も安心してこの《力》を振るう事ができたんだ」 醍醐は、凶津との闘った時の龍麻の様子を思い描いた。 あの時の龍麻の決然とした表情が、かつて友を見捨てたといった自分を、それでも友として信じる表情が、自分に新たな《力》を与えてくれた。その事によって、どれだけ自分の罪悪感が救われただろうか。 「まさか、ひーちゃん、また転校するなんて事言わないよねッ?」 小蒔はしゃくり上げるように泣きながら、龍麻に尋ねる。 出会ってから二ヶ月だというのに、小蒔には龍麻の居なくなった学園生活なんて想像も出来ないでいた。龍麻の存在がどれだけ自分達の中で大きかったのか、それは三日間学校に来なかった事だけでも痛感した。 4人の心が、凍り付いていた龍麻の心の中を、ゆっくりと溶かし出していった。 <ありがとう、皆、本当に───> |
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