目次に戻る

京洛奇譚 第拾四話其ノ壱

 ≪壱≫

「いってきます」

 葵は両親とマリィに声を掛け、土曜日の朝も普段通りに家を出た。
 通いなれた通学路をしばらく歩いている内に、口元からふと笑みが零れてくる。

<おかしいわよね、もう生徒会の仕事も終わったというのに…いつもの癖で>

 もう後30分は家でのんびりと過ごせる筈だが、高校一年の時からの習性が未だに身体に染み付いているらしく、結局特にこれといった用事も無いのに、同じ時間に出てしまう。

 そんな訳でいつもと同じ道を、いつもと同じ時間に学校に向かっている。途中、部活の早朝練習に向かうのだろう、真神の生徒らが足早に葵の脇をすり抜ける。その度ににこやかに朝の挨拶を交わすのもいつものこと。
 こんなごく当り前の穏やかな日常の光景が、けれど今の葵にはこれ以上無い幸福に思えてしまう。

 それ程にここ数ヶ月、殊にこの数週間は、葵のみでなく彼女の友人らの身の上には平穏という言葉とはかけ離れた事態が降りかかっていたのである。

 思いもしなかった《力》に目覚め、同時にこの東京に猟奇事件が頻発し、それを操っていた《力》を持つ者との辛い闘いの日々。それらに増して辛かったのは自分自身の持つ《力》の意味を知った時…、この世から消え去りたいとまで思い詰めてしまった。

 その痛みはまだ自分の内に残っている。
 だが──

<……もう終わったのよね…>

 重苦しい呟きを口に上らせた反動で空を見上げると、そこには雲ひとつ無い見事な秋空が広がっている。そう、嵐が過ぎた後の空がいつもこんな感じだったと、葵は軽く頷いた。

 瞬間、ある人物の笑顔が頭をよぎった。

<龍麻…。もし龍麻がいなかったら、私きっとどうなっていたか分からない…私…龍麻に会えて本当によかった>

 事件が解決したあの時、葵は心からの感謝の気持ちでそう言った。その時に見せた龍麻の笑顔が、まさに今日の青空のように冴え冴えとしたものだった。

 極限状態に追い詰められ《力》を暴走させかけた時、躊躇わずに救いの手を差し伸べてくれた緋勇龍麻。そして彼女を信じ、共に闘い抜いた仲間たち。彼らもみな龍麻と同じ位眩しい笑顔を見せていた。

 自分には仲間がいる。だから、この痛みを抱えながら目の前に続く道を歩いていけると信じられる。
 そう思うだけで自然と気持ちがすっと楽になり、靴音も軽やかになっていった。

 心に勇気を得た葵は自分と関わりの深いもう一人の人物のことを思い返す。

<あの時、龍麻のことをあの人は『忌むべき片割れ』なんて言ってたけれど…>

 九角天童が言った言葉の意味は、本当の所一体何だったのだろうと葵は首を傾げた。どうやら龍麻は何かを知っている風だったけれども…。あの後は仲間たちに龍麻は囲まれていたし、結局の所タイミングを逸した訳だが、何より葵としては龍麻にこの話をするのがはばかられる感じがしたのだった。

<…でも……そうだわ!>

 心の中でこっそり辻占めいた言葉を呟きながら葵は歩を進めた。

<もし最初に……だったら>

 そして正門に続く坂道を下りきった所で、葵は満面に笑みを浮かべた。




 ≪弐≫

 その日の放課後、四泊五日の日程での京都・奈良への修学旅行を明後日に控えた興奮から、3-Cの生徒らはいつも以上に賑やかに帰路に向っている。

「おーお、皆ガキみたいに張り切りやがって。あんなトコ中学の時分にも行ったろうによ」

 旅行の準備の為の買い物に向かう生徒らの後ろ姿を見て、京一は冷やかしの言葉を口に上らせる。

「っと、ひーちゃんも楽しみでたまんねェッてクチか?」
「そうよ」

 龍麻はためらいもなく肯定した。

「ひーちゃんもこういうコトには案外素直というか…。まァ、確かにこの教室で勉強してるよりはマシだってのは認めるけどな」
「そういうお前はひょっとして行きたくないのか」
「そんな訳ねェだろ」

 醍醐は京一を素直じゃないなと笑い飛ばす。

「俺はただ、昔から皆でお行儀よく連れ立ってどっか出かけるってのが性に合わねェんだよ」
「ふふ、私はこんなに大勢で旅行に行くのは初めてだから、とても楽しみにしていたんだけれどね」
「もしかして龍麻、お前、修学旅行はこれが初めてなのか?」

 醍醐の問いかけに、龍麻は首をコクンと縦に振る。

「そうか…」
「だったらさ、尚更ひーちゃんの為にもボクたちで飛びっきり楽しい旅行にしなきゃねッ」

 小蒔が駆け込んでくるやそう言うと、手にした旅のしおりを三人の目の前に広げた。

「各班の面子が出ているのか…どれどれ…」

 覗きこむ醍醐に、小蒔がえへへと笑いながら発表する。

「3-C組第七班のトコをよ〜く見て。班長が葵でしょ、それから、醍醐君に京一、そしてひーちゃんの全部で五人!」
「何だ、いつものメンバーじゃねェか」
「文句有るっていうの、京一。これって最高のメンバーだよ、ねッ、そう思うでしょ、ひーちゃん」
「小蒔の言う通りね。最高のメンバーだと思うわ」

 龍麻の言葉に、醍醐も同感だとうなずく。

「ホント、色々あったけど、でもこのメンツが揃っていれば絶対安心ってカンジだよねッ!!」
「一人安心できない奴がいるけどな」
「はいはいッ。どーせそりゃ俺のことだろ」

 大袈裟に拗ねてみせる京一に、龍麻らは思わず声を出して笑い出す。

「うふふ、旅行前だというのにこの班はもうすっかり盛り上がってしまってるわね」
「あ、葵も来た。にしても大変だよね、こんな時まで班長だなんて…」

 微笑みつつ葵は精一杯頑張ると宣言する。

「龍麻も…だから、楽しい旅行にしましょうね」

 瞬間龍麻の顔にやや苦い感情が走る。それは瞬く間に笑顔で散らされたが。

「…葵、ありがとう」
「うふふ、紅葉にはまだ少し早そうだけれど、いい想い出を沢山つくりましょうね」
「そうか、いつのまに季節はすっかり秋だな」

 月日が巡るのは早いものだと、腕組みしたまま醍醐はしみじみと呟く。

「それじゃ、食欲の秋ってコトで帰りにラーメン食べに行こッ」
「お前の場合、年がら年中食欲の秋だろッ」

 京一は呆れた口調で突っ込みを入れる。

「けど、ま、腹も減ったし、帰りにラーメンッてのは悪くねェよな」
「お前こそ最初からその気だったくせに」
「へへ、まぁな」

 にやっと京一が笑う。

「あの、私も行っていいかしら?」
「勿論だ。で、龍麻、お前も来るよな」

 龍麻も喜んでと参加表明する。

「ああ、今日食っておかないと旅行中に後悔するかもしれないぞ。あの店のラーメンは最高にうまいからな」
「醍醐クンってば、ホントにあそこのラーメン好きなんだね」
「関西だって美味しいラーメン屋さんはあるけれどね。確か京都駅の近くにも有名なラーメン屋さんがあったと思うわ」
「龍麻の言ってるお店って二軒並んで経営してるラーメン屋さんでしょ。あたし、雑誌で見たわ」

 突然背後からの声に、京一は驚きの声を上げる。

「ア、アン子ッ。お前何でここに」
「今日はこの後修学旅行の撮影班としての仕事が有るはずじゃなかったっけ?」
「登場するなり随分な言い方されるわね〜」

 京一をきっと睨みつけてから、アン子は小蒔の質問に答えた。

「あれはもう昨日の内に済ませといたの。“時は金成り”って言うでしょ。そういえば、龍麻は関西からこっちに転校してきたのだし、何なら今度の真神新聞の特集に協力してもらおうかしら。だから…」
「だから?」

 内心ちょっと嫌な予感を浮かべつつ龍麻が聞き返す。

「今日は特別にあたしにラーメン奢らせてあげる」
「ったく、お前は鬼かッ」
「いいのよ、京一。アン子にはいつもお世話になりっ放しだし…」

 悪びれないアン子の様子にクスクスと笑いながら龍麻は了承した。

「さっすが、龍麻よね。話が分かるわ〜。さ、それじゃ行きましょッ、皆の衆」

 アン子はさも当然といった風で受け答えるが、その言葉に被さるように小蒔が突然声を上げる。

「あーッ!そッ、そーだ!!」
「??何よ、桜井ちゃんってば急に大きな声を出して」
「ボク、すっごく大事な用事を思い出しちゃった。で、突然で悪いけどアン子付き合ってよ」
「え〜、何であたしが…」
「アン子にしか頼めない用事だからッ」

 ずずいと近寄ってきた小蒔の形相に、そこまで言うのなら仕方ないとアン子は折れる。

「まずは相談料の交渉からね」
「…ホント、がめついんだから……。じゃあ、みんなは先にお店行っててね。さッ、早く行こう、アン子」

 そういうなり、小蒔はアン子の腕をつかみ強引にこの場から去っていった。

「ああは言ってくれたけれど、小蒔とアン子を待っていた方がいいんじゃないかしら…」
「いや、放っといてもどうせ後から慌てて追っかけてくるだろうし、先に行ってようぜ」

 ためらう龍麻の背中をぐいと押しながら、京一は3-Cの廊下に出た。醍醐と葵も苦笑を浮かべつつ後に続く。


 ところが廊下に出た途端、今度は京一と醍醐が落ち着き無く周囲の様子をうかがい始める。

「二人とも、どうしてそんなに辺りを気にしているの?」
「龍麻……いや、その、俺はこんなやり方には反対したんだが…」

 醍醐のわき腹を京一が思い切り肘でつつくので、醍醐はそのまま口ごもる。

「俺たちはただ、未確認歩行物体の接近を許しちゃいけねェと──」

 何の意味だかさっぱり分からない龍麻と葵は顔を見合わせる。
 と──

「んふふふふ〜、それってあたし〜のこと〜」
「(でッ、出た〜〜)」

 音も無く現われた裏密に、京一と醍醐は声にならない悲鳴を上げる。

「い、一体どこから…」

 ふつふつと湧き上がる疑問を思わず口にする醍醐に、裏密はにま〜と笑いかける。

「神聖なる形成界(イェツィラー)の彼方より、ひーちゃんを救う為に来たの〜」
「龍麻を?」

 葵は新たな災厄が龍麻に降りかかるのではと、さっと顔を曇らせる。

「それはね〜ひーちゃんを狙う甘美な罠〜。んふふ〜我が鏡占い(カトプトロマンシー)に見抜けぬものはない〜」

 裏密は龍麻の方に教えて欲しい?と訊ねてくるが、何か思い直したのか京一と醍醐の方に話を振る。

「もしかしたら〜聞かない方がいいかもしれないけどね〜。うふ…。ねえ〜京一く〜ん、醍醐く〜ん」

 その言葉に京一の《氣》が大きく乱れたのを感じ取った龍麻は、一体何を意味するのか裏密から聞き出そうと決意したのだが、それよりも早く、別の人物から意外な発言が飛び出した。

「う…裏密……。お、お前にうら、占って欲しいことがある…」

 言葉につまりながらも果敢に裏密に占いを依頼する醍醐の姿に、一同は驚きの色を隠せない。

「だ、醍醐…お前ってヤツは…」
「言うな、京一…」

 目を閉じて何かに耐えるような醍醐を見て、裏密は益々謎めいた笑顔をつくる。

「んふふ〜、それでもいいよ〜。それじゃあ〜霊研に行こうか〜」
「れ、霊研……」

 この学校内で最も行きたくない場所に今自ら踏み込もうとしている、それを愚と言わずして何というのか…。あたかも刑場に引っ立てられる罪人のような足取りで裏密の後ろを歩く醍醐の背中に、京一から精一杯の励ましの言葉を投げかけられる。

「醍醐ッ、出来ることなら生きて帰ってこいよ〜」
「(京一め…)」

 洒落にならんことを言いやがってと醍醐は腹の底で呟いたが、既に後の祭りである。

「小蒔に続いて醍醐君も、突然どうしたっていうの?」

 眼前で繰り広げられた信じがたい光景に、龍麻は首を傾げる一方である。

「さあな、これも秋だから」
「それって理由になるのかしら…」
「ひーちゃん、ここは醍醐の気持ちを汲んで、とにかくさっさと先に行こうぜッ」

 更に追い立てるように強引に京一は龍麻の背を押す。


「あ〜〜ッ!!」

 背後の京一が素っ頓狂な声を上げたのは、校門を出てすぐのことだった。

「今度は京一の番なの?」

 龍麻の皮肉を無視して、京一は言葉を続ける。

「いッけねェ!俺、教室に忘れもんしてきちまったぜッ」
「京一君、何を忘れてきてしまったの?」
「えッ……」

 葵からの想定外な質問に、京一は言葉に詰まる。

「え、英語の教科書…を」

 ようやく返ってきた答えは、よもや京一が口にするとはおよそ信じ難い単語だった。最早ため息しか出せない龍麻に替わって、葵が律儀に応対する。

「だって、明後日から修学旅行なのよ」
「でもほら、楽しい旅行の前には家で勉強しようかなあって…」
「…………」

 その苦しい理由には葵も沈黙でしか応対できない。

「だから二人でのんびり帰るってのも、たまにはいいんじゃねェか?」
「京一…」

 息を呑む龍麻の耳元に、京一が更に囁く。

「(あの夜俺にしてくれた話、結局美里にまだ話してねェんだろ?旅行前に言うべきことは全部言って、この際すっきりしちまえよ)」

 京一の言葉に、龍麻はどきっと動悸を早めた。

 あの夜とは──
 最後の不動で葵が倒れ、そのまま桜ヶ丘病院に入院することになった夜。
 同時に自分の内からも《力》が失われ、どうしようもなく心細くなった夜。
 その心細さの余り、京一に今まで誰にもしなかった話を打ち明けた夜である。

<そう、確かに次の日、葵にも話をするつもりだったけれど──>

 結局の所、葵とは直接その話をしないまま、現在に至るという形になっている。
 なぜなら翌朝葵は忽然と姿を消し、その為、龍麻らは敵の首魁と直接対峙するという急展開を遂げたからだ。

<…それだけが理由じゃないけれど…今まで私が葵に話せずにいたのは…>

 自分が抱えていた異質なそして強大な《力》を葵が受け継いた、その事実に対する罪悪感が、鬼道衆の野望が潰えた今でも心に暗い影を投げかけていた。自分の中にあるわだかまりを葵が薄々感じ取っているのも分かっていて…何も言えないまま、平穏な日常に流されていた。

 あれこれと頭の中で理由を巡らせ、でもそれらは言葉にならず、仕方なく視線だけを京一の方に向ける。

「ひーちゃんの言いたいことも分かる、けどよ…」

 こんな自分の心の屈折など葵はもとより、闘いの日々を共有した京一ら三人にも、あっさりと看破されていたのだと、だからこそ今日…、そう気付いた時、龍麻の心の中に己の狭量を恥じる気持ちと共に、友に対する感謝の気持ちが湧いてきた。

「……ゴメンね。それじゃ私、葵と二人で先に行くわね」

 そして別れ際、京一だけに聞こえるようにありがとうと小さく付け足す。

「そんじゃ俺は教室に戻るぜ、じゃあな」


「本当にいいの、龍麻。私と二人きりでなんて…」

 京一の姿を見送ってから、葵が遠慮がちに訊ねる。

「もちろんよ、葵」

 龍麻の言葉に、葵はほっと表情を和らげる。
 実は葵も、あの事件以来、何となく龍麻と二人きりでいることを避けていたきらいがあった。だからこそ今朝ちょっとした辻占のような真似事をしたのだが──

「ラーメン屋さんで待っていればみんなもきっと来るわ…だからそこまで…」

 占いの結果は取り敢えず吉と出たようである。




 ≪参≫

「京一は中学の修学旅行でも京都に行ったらしいけれど、葵も同じ?」
「ええ、この辺りの公立中学校の生徒だったら、大抵京都方面か、東北かのどちらかに行っているんじゃないかしら。また京都に行くのが嫌だって言う人も中にはいるけれど、私は京都がとても好きなの。初めて中学の修学旅行で訪れた時、何だか生まれるずっと前にもここに住んでいたような、そんな気がさえしてすごく懐かしかったわ…」
「そう…」
「おかしいわよね、こんな感慨を持つの」

 龍麻は首を左右に振って、前に自分も同じ感覚に捉われたと告げる。

「一年前の今頃、無性に奈良に…父の生まれ育った土地に戻りたくなって…。私の場合それで実際日本に単身戻っている位ですもの。葵よりよっぽど重症だわ」
「龍麻も…」
「本当に…何故かしら……あの土地には何があるっていうの…」

 二人がそれぞれ明日訪れる土地への想いを抱えながら黙って坂道を上っていると、坂の中腹辺りで自分たちを呼び止める声が風に乗って聴こえてきた。


「わあ〜い、ダーリン発見!ちょっぴりだけど久しぶり〜」
「舞子にマリィじゃない。二人とも元気にしていた?」
「もっちろんだよ〜、ねぇ、マリィちゃん」

 ウンとマリィが明るく返事をする。その様子からもこの二人がすっかり打ち解けているのは容易に想像できた。

「それにしても、どうして舞子とマリィが一緒にいるの?」
「うふふ、高見沢さんは桜ヶ丘病院に通院しているマリィを迎えに、毎日わざわざ私の家まで寄ってくれているのよ。いつも本当に助かっているの」

 葵が説明し、高見沢は照れ笑いをする。

「どうせ学校から病院に行く通り道だから〜。それにね〜マリィちゃん、すっごく偉いんだよ〜。お注射の時も絶対に泣かないんだから」

 感心しきりに相槌をうつと、マリィが龍麻の顔を覗きこんできた。

「龍麻…マリィのコト褒めてくれる?」
「ええ、マリィ。とても頑張っているわね」

 にっこりと龍麻が笑うと、マリィも嬉しそうに顔をほころばせる。

「ウン!!マリィ、これからもちゃんとガンバルからネッ」
「そうそう、実験の後遺症を克服する為にガンバって治療を受けないとね〜。ねえ、ダーリン、舞子のことも褒めてくれる〜?」
「ええ、舞子になら安心してマリィをお願いできるわ、これからもよろしくね」
「わ〜い、わたしもダーリンに褒められちゃった〜!」

 それまでマリィに対して見せていたお姉さんぶった態度も何処へやら、無邪気に諸手を上げて喜ぶ高見沢に、マリィがそろそろ診察開始の時間だよと声を掛ける。

「いっけな〜い、院長センセーに怒られちゃう〜。それじゃあ今度会った時には修学旅行のお話ゆっくり聞かせてね〜」
「分かったわ。院長先生によろしくお伝えしておいてね」

 二人の姿が遠く小さくなっていくのを見つめながら、葵は何だか高見沢の方が子供みたいにみえるわねと龍麻と共に微笑みあう。

「初めて会った時から、舞子の明るさにはいつも励まされるわね。そして誰に対してもとっても優しい…。舞子ならきっと良い看護婦さんになれるわね。あの病院を必要とする人はマリィの他にもこれからもまだまだいると思うし」

「心霊治療を行える桜ヶ丘中央病院…。あの病院が無かったら、あの時私どうなっていたか…。それにしてもつくづく岩山先生って凄いわね。マリィもすっかり元気に、明るくなっているでしょう」

「私自身も前に入院しているから、お互い岩山先生には感謝の言葉以外見つからないってところね。まあ、京一はもっと以前からお世話になっていたみたいだけれど…」

 龍麻は犬神から新宿中央病院に行くように言われた時の京一の慌てっぷりを思い出し、不謹慎と思いながらもつい吹き出してしまう。


 その時の状況を詳しくは知らない葵に西口通りを歩きながら話をしていると、背中越しに龍麻と葵を呼び止める威勢の良い声が飛んできた。

「まったく、いいタイミングで会うもンだな」

 二人が同時に振り返ると、ようッと威勢良く挨拶をする雨紋雷人が立っていた。

「雨紋君が新宿に来ているなんて、珍しいわね」
「ああ、まあな…」

 葵の言葉にちょっと苦笑する。

「神代高と、隣接してる新宿の高校でちょっとしたもめ事があってな、その助っ人──じゃねェ、仲裁を頼まれて、これから行かなきゃならねえンだよ」
「それって……ひょっとして、雨紋君の学校と真神の生徒が喧嘩しているっていうことかしら」

 今度は龍麻からの質問に対し、雨紋が黙っているところを見るとどうやら図星だったようだ。

「雨紋君の手を煩わせてしまってごめんなさい」
「べ、別に龍麻サンが謝ることじゃねェって。なンなら、龍麻サンも一緒に来てくれりゃ、助かるんだけどな。久しぶりに体動かすのも悪くはないだろッ?」
「…それは…」

 弱ったなという表情をする龍麻に、雨紋が殊更明るい調子で今のは冗談だと笑う。

「俺サマ一人でも全然問題ないし、第一、龍麻サンをむさ苦しい野郎共のケンカになんか連れて行くような野暮なマネしたくないもンな。それじゃッ」
「雨紋君、気をつけてね。あまり無茶しちゃダメよ」

 龍麻の励ましを受け、雨紋は足取りも軽く龍麻たちが歩いてきた方角へと去っていった。

「うふふ、雨紋君って、随分頼りにされているのね、龍麻も含めて」
「それは葵だって同じでしょう」

 葵は出会った時の彼の言葉と行動を思い出して、自分も同感だとうなずく。

「私たち五人以外では、初めての同じような《力》に目覚めた仲間だったから、出会った時の印象は殊更強いわね。けれども…」
「ええ、雨紋君と出会うきっかけとなった事件の首謀者も、葵たちのように今年に入ってから《力》に目覚めた高校生だったわね。でも…その為に自分をすっかり見失っていたわ…。一体今どうしているのかしら、彼は…。今の東京を見て、何を想っているのかしら…」

 あの時言っていたように、濁った水に澄んだ水を一滴二滴垂らしても、大勢は何も変わりはしないと今もどこかで嘆いているのだろうか…。


 二人は進路を新宿駅に隣接したモザイク通りに取った。ファッションビルや雑貨店に挟まれたこの通りには買い物を楽しむ人々でさんざめいている。

「みんな賑やかで楽しそうね……。こうして見るとまるで──何もかもが悪い夢だったみたい…。ねえ龍麻、本当にもう終わったのかしら…」
「私はそう信じたいわ」

 穏やかにそう言いながらも、龍麻が本心からそれを信じているのかどうか、そう問われたら自信は無かった。それを願う心は紛れも無く真実だったが。

「そうよね…もう終わったのよね。ごめんなさい、私ったら心配ばかりして…。いつも龍麻に迷惑かけて」

 龍麻は明るい口調のまま、そんなことは無いといつもと変わらぬ答えを返す。それは葵の心を柔らかく包み込んでくれるが、心の奥にある疑問は決して拭われぬもどかしさと化した。

<駄目だわ。私って。どうしてこうも言いたいことが中々言えないのかしら>

 礼を言いながら、葵は今度こそ本当に自分が知りたかったことを訊ねようと意を決した。

「…あのね…龍麻…私…」
「やっだー、龍麻じゃな〜いッ!!」

 葵が龍麻の名を口にしたのと被さる形で、同じ人の名を呼ぶ声が雑踏の中から聴こえてきた。

「え?その声は…、亜里沙」
「こんなトコで会えるなんて、すっごい偶然。アタシさ、ちょうど龍麻に会えたらな〜ッて思ってたトコなのよ。ねェ龍麻…」

 藤咲が人込みを掻き分けるようにして近付くなり、龍麻にこれから自分と遊びに行かないかと誘ってきた。

「友達と約束してたのにすっぽかされちゃってさ。だから付き合ってよ」

 龍麻は困惑しつつも、先約があるからと断りを入れる。

「先約…?」
「あ、あの…藤咲さん、実は私と…」

 ちらっと藤咲は目線だけを葵の方に向ける。

「あ〜ら、ごめんなさい。美里さんがいたのなんて、全然気が付かなかったわ。ね、龍麻。ほんの少しの間でいいから、いいでしょう?」
「亜里沙…、本当に今日はごめんなさい」

 真剣に謝る龍麻の様子を見て、当の藤咲だけでなく葵も一瞬息を呑む。

「………。うふふッ、そんな顔しないでよ龍麻。今までのは冗談だからさ」
「冗談…?!」
「龍麻が約束放っぽって、他のコと遊びに行くような不義理な性格じゃないってコトぐらい、あたしちゃんと分かってるわよ。ただ、自分が友達に約束すっぽかされたからさ…本当、ゴメン」

 龍麻の心を試すようなマネをして悪かったと、先の龍麻に負ける劣らず真剣な面持ちで謝るが、その時、藤咲の携帯から着信メロディーが流れ出す。

「…あ、もしもし。……えッ?!……バカねェ。……そう、…うん分かったわ」

 素早く通話を終え、藤咲は待ち合わせしてた友人から連絡が入ってきたと苦笑いする。

「待ち合わせ場所間違えるなんてまったくもうッ…。あ〜やだやだ、これからバカな友だちを迎えに行かないとね」

 口をとがらせてぼやく藤咲だったが、

「良かったわね、藤咲さん」
「…ありがとう美里さん。ふふッ、じゃあねッ二人とも!」

 葵の言葉にいつもの妖艶な笑みを口元に浮かべ、そして人込みの中を鮮やかに泳いでいった。


「ごめんね、葵。亜里沙も決して悪気が有った訳じゃ…」
「うふふッ、分かってるわ。藤咲さんがとても傷つきやすい、繊細な心の持ち主だってことは」

 嵯峨野に他人に対して復讐をしろと焚き付けながらも、それが本当に正しいことなのか、自分自身も迷っていたのではないか。そういった自分を傷つけるようなやり方でしか、弟を失った痛手を整理することが出来なかったのではないかと、葵は自分なりの意見を口に上らせた。

 龍麻はそっと瞼を閉じ、あの時の光景を思い浮かべる。

「だからあの時の亜里沙の心を救えたのは、弟さん自身の言葉でしか無かったのでしょうね…」

 高見沢の《力》によってあの場に居た全員が感じ取れたのは、死してなお存在する藤咲姉弟の絆の強さ、愛情の深さだった。

「舞子が居なかったら、亜里沙はもっともっと自分を傷つけていたのかもしれないわ。舞子ってさっきのように歳より子供っぽく見えるようで、その実、私たちの中で一番大人なのかもしれないわね。自分の持つ不思議な《力》で他人から奇異の目で見られてもなお、自分の《力》を嫌悪することなく自然体でいられる強さを持っていられたのだから…」

 《力》に怯え、《力》を隠そうとしていた自分とは大違いだと、龍麻は自嘲する。

「雨紋君も同じ意味で強いわね。たった一人で渋谷の街を護ろうと頑張っていたんですもの。しかも相手が自分の友人だったなんて、きっと私が想像した以上に心の中で様々な葛藤があったんじゃないかと思うわ。
 マリィもそう…。人としての感情を封じられるような辛い生活を強いられていたというのに、その間もずっと相手を思いやる優しさを失わずにいたわ。他の皆も…」
「確かに龍麻の言う通りよ。でもね、それはあなた自身の弱さを意味するのではないと思うわ。むしろ……。ほら、見て」

 葵は周囲の光景をゆっくりと指し示す。

「こんな平和な日常を満喫できるのは、龍麻、あなたがこの街に来てくれたからよ。あなたが居なければ、私たちきっと力を合せて闘うことなんて出来なかったわ。助け合う仲間がいたらから、私たちここまでこられたのよ、そうじゃなくって?」
「そうだったわね……本当に」

──友達なんて…仲間なんていらない…

 半年前、たった一人この街に来た時に立てた決意は、今思えば何と薄っぺらなものだったのだろう。

「ありがとう、葵」




 ≪四≫

 仲間たちとの邂逅や事件を振り返っている内に新宿の繁華街を抜け出し、いつしか対照的に人影もまばらな中央公園にまで辿り着いていた。

「何だか今日は色んな人に会ったわね。そのお陰で言い出し辛くなっちゃったけれど…。龍麻、実は私龍麻に聞いて欲しい話があったの。良かったら…ここでもう少し話さない?」

 龍麻にしても、葵とじっくり話さなければならないことが有ったので否も応も無い。手近にベンチを見つけ、そこに二人並んで腰掛ける。

「………」
「………葵?」
「私ね、今日学校に向かう途中、あの人が言った言葉を思い返していたの。今更こんな話をしたところで龍麻が気を悪くするだけかもしれない…けれど…ちゃんと知っておきたいって」

 龍麻と自分との関係についてをと、葵は真っ直ぐに問うてくる。

「それならば私が知っている限りの話をするわね…」

 龍麻は九角との決戦前夜、京一に語った内容とほぼ違わぬ話を一気にした。違う点は、最後に詫びの言葉を付け足した位で…。


「…ごめんなさい…」
「何故龍麻が謝るの?謝らなければならないのはむしろ私の方なのに。龍麻には自分自身の《力》だけじゃなくて、本来私が負わなければいけなかった《力》をもあの時まで背負ってもらっていたことを…。そして幼い日からその2つの《力》が龍麻を傷つけ苦しめていたことを」

 だが龍麻は葵の言葉をきっぱりと否定する。

「それは違うわ、幼いあの日、もし菩薩眼の持つ強力な加護の《力》が無ければ…ほんの小さな子供だった私にあれだけの《氣》の暴走は到底耐えられなかった。私はこの《力》に護られていたからここまで生きてこられたのだと思うの。…それなのに今になって───葵?」

 驚いたことに、双眸を潤ませながらも葵は龍麻に対して微笑みかけていたのである。

「私、出会った時からずっと龍麻に助けられて…。あの時も龍麻が身をもって私の《力》を受け止めてくれなかったら今頃きっと…。私って何て情けない存在だろうって思っていたわ。この《力》だって、一体何の為に存在しているのか…。あの人の言うように戦乱を招くだけの存在なのだろうかって。けれども…この《力》が龍麻を護っていたのね……。良かった…」

 葵は感激を噛み締めるようにゆっくりと呟く。

「あの空間に突然現われた少女が言っていたわね、私と龍麻の《力》は元々一つのものだったと。その意味がほんの少しだけれど分かったような気がするわ…。それに不思議…」

 こうして別々の存在として向き合っている今の方が、龍麻を強く感じられると葵は言う。

「触れられるからとか、見つめられるからとか、そういった物理的な意味じゃなくて…」
「全く違う存在になってしまったから…。今までのように無意識に相手の意識が流れ込む…ということは起こらないでしょうね、これからは…分かり合う為には互いに言葉を尽くさなければならない。でもそれがもしかしたら、私たちが別々の人として生まれてきたことの意義なのかもしれないわね。忌むべき片割れ…、九角はそう言っていたけれど…」
「その答えを出すのは、これからの私たち次第なんじゃないかしら?龍麻」

 語り合って、歩み寄って、時に衝突して…互いがぶつかり合うことでようやく理解できるというのは人として生まれたが故の業なのだが、だからこそ理解し合えるということは、信頼できる友がいるというのは素晴らしいことなんだと葵は語った。

<強くなった…葵は…。たとえるならば母性的な強さと言うべきかしら>

 龍麻は心の奥でつくづくと感心する。

 と、その背後で木々が大きくガサッと無粋な音を立て、二人だけの時間に終りを告げた。


 見慣れぬ顔ぶれの、だが一見してすぐにゴロツキと分かる高校生らの集団がニヤニヤと笑いを浮かべて現われると、身構える龍麻と葵に対してお定まりの言葉が投げかけられる。

「彼女たち、可愛いね」
「一緒に遊びに行こうぜ。何ならイイコトも…ククッ」

 どうしてこういう場面では誰しも似たようなことしか言えないのだろうと、余りの独創性の無さに龍麻も葵もやれやれとため息を同時についてしまう。

「…葵、下がってて…」
「龍麻…無茶しないでね」

 先程自分が雨紋に言ったのと同じ意味から発せられた葵の言葉にうなずく。
 当然だが、人ならざる《力》というのは、一般人である不良たちを相手に振るうべきものでは無いからだ。かといって、このまま大人しく従う気持ちは毛頭無い。

 古武術の構えをとると《氣》がみなぎってくる。
 一旦は弱ってしまった自分の《氣》だが、今は完全に元のレベルに戻っている。

 …否、以前よりも強さを増していると龍麻は感じた。

<何故…?>

 構えたままじっと動かない龍麻に対し、不良たちはまだ口々に下劣な言葉を浴びせる。


「下衆が…。そんなんで女が喜ぶかッ。この馬鹿ッ!!」
「???」

 不良たちは突然割り込んできた声の主は誰かと辺りをきょろきょろと見回すと、わざとその視界に入るようにして、ゆっくりと三人の人影が近付いてきた。

「なあ醍醐。俺たちがちょいと留守にしていた内に、随分と知名度が地に落ちたもんだぜ」
「うむ、嘆かわしい限りとはこのことだな。仕方ない、ここは一つ名誉挽回といくか」
「何ならこの際ボクも知名度上げとこうかなッ」

 龍麻と葵は緊迫感の全く感じられない会話の数々にぷっと吹き出してしまう。それが不良たちをたちまち不機嫌の方角へと導く。

「真神学園の醍醐に蓬莱寺と聞いて、さっさと引き上げてくれれば世話は無いんだが」
「醍醐君、やる気満々って声でその台詞を言っても説得力に欠けているわよ。京一も適当に手を抜いて相手してあげてね…」
「「ふ、ふざけやがってッ!!!!」」

 龍麻のある種思いやりから発せられた言葉が、結果として事情を知らない不良たちの怒りの臨界点を易々と越えさせたようである。

「ひーちゃんは相手に喧嘩を高く買わせる天才かも知れねェな…。てな訳で、いくぜッ」


 所詮は《力》を持たぬ一般の不良を相手の喧嘩とあって、龍麻が敢えて手を出す必要も無かった。京一と醍醐の二人が不良たちを鮮やかに叩き伏せていく闘い振りを、女性陣三人は高見の見物とばかり洒落込むことにする。

「…何だか楽しそう、京一君も醍醐君も…。喧嘩好きというのは困ったものだけれどね」
「何言ってんの葵、今回は向うから先にふっかけて来たんだからさ。自業自得だよッ」
「これに懲りて大人しく退散してくれればいいけれどね。…ッ!?」
「どうかしたの?ひーちゃん…」

 龍麻は小蒔を庇うように無言のまま前に出ると、飛来してきたナイフを瞬時に練り上げた《氣》で叩き落す。《氣》の勢いでナイフはひしゃげ、そのまま無様に地面を転がった。

「な、何だよ、コイツ…化けもんかッ」

 一指も触れず武器を破壊した龍麻を見て、それを放った不良が悲鳴を上げると、恐慌状態になった他の不良たちも口々に負け惜しみを言いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。


「あ、ありがとッ、ひーちゃん」
「…大事になる前に喧嘩が終わって何よりだわ」

 そう言いながらも、龍麻は不良の言った言葉に顔を曇らせる。
 時に武器より言葉の礫(つぶて)の方が数倍も痛いことがある。

<本当に《氣》に関しては前よりもずっと強くなっている。一体何だというの、私自身の持つ《力》って…>

 しかし闘いの日々は終わったのだから、それについて考える時間はこれからたっぷりあるはずと、その時龍麻は自分に言い聞かせ、ひとまず疑問を心の奥に仕舞い込む。そうしておいて、こんなのは肩慣らしにもならないといった表情で闘い終えた京一と醍醐を待ち受ける。

「二人とも大丈夫?って訊くだけ野暮かしら」
「当然だぜッ。贅沢言えばもうちょい暴れたかったような…」
「うふふッ、京一君ったら。でも…どうして皆が揃ってここにいるの?」
「えッ!!」
「うッ、そっ、それはだな…その…俺たちもラーメン屋に行こうと」
「そッ、そんなトコだよ…うん…」

 小蒔と醍醐は、葵の疑問にしどろもどろになって答える。

「……もしかしてずっと私たちの後をつけていたの、京一?」

 龍麻が矛先を京一に向けると、意外にもあっさりと京一は龍麻の言葉を認めた。

「ただその…心配だったからよ。悪かったな、ひーちゃん」
「ううん、こっちこそ色々と気を遣ってもらって…」

 もう大丈夫だからと笑いかける龍麻に、京一も笑顔で返す。

「ああ、なんかほっとけなかったしよ。まあ、そのホント悪かったな。だから改めてってことで、これからラーメン食いに行こうぜッ!」
「賛成ッ!そういえばボクさっきからお腹空いてたんだ」
「小蒔、お前が答えてどうするんだ。第一わざわざ訊く必要なんざねェだろ。年がら年中腹空かせてんだからよ」
「何だって〜〜そういう京一だって、真夏でもラーメンって発想しか浮かばなかったくせにッ」
「ははは、それじゃ当初の約束通り、皆で旅行前の旅支度として食ってくか」

 今の不良たちの喧嘩が消化不良だったのか、これぞ第2ラウンドとばかりに口喧嘩を繰り広げる京一と小蒔を尻目に、いつものように醍醐が意見をまとめる。そんな様子を楽しそうに眺めている龍麻に、葵が小声で呼びかける。

「龍麻」
「何かしら?葵」

 龍麻が近付くと、その耳元で葵がある提案をそっと囁いた。

「……うふふ、だから、ね。後で小蒔も誘って三人で買い物に行きましょう」
「了解」

 クスっと笑うと、龍麻は明後日からの修学旅行に向けて、気持ちを期待で大きくはためかせた。

<< 前へ 次へ >>
目次に戻る