目次に戻る

胎動 第拾伍話其ノ参

 ≪九≫

 結局の所、龍麻が懐かしそうに味わうその姿にそそられ、葵と小蒔も相次いでわたアメを購入してしまった。

「…さァて、ぼちぼち帰るか──」

 女三人が食べ終わったのを確認して京一が声をかける。
 黙って見守っていた醍醐が腕時計に視線を落とすと時刻は丁度20時を指していた。

 その時、

「ん?何だこの曲は…」

 その呟きに、全員一斉に耳をそばだてる。

「何か聴き馴染みのあるような曲調だよなあ…」

 京一の言葉通り、遠くから聞こえてくるのは、わたアメ同様全員の眠っていた幼心を刺激する音楽だった。

「あッ、そういえばウチの一番下の弟が言ってたよ。確か今日、ここの縁日でヒーローショーをやるんだって」

 小蒔は三バカトリオと言いかけて、慌てて三人組のヒーローだと言い直す。

「名前は確かなんとかレンジャーって言ってたかな。弟は友だちと一緒に見に行くんだッて朝から楽しみにしてたよ」
「なるほど、縁日でヒーローショーとは案外いいアイディアかもしれねェなッ。何なら、ひーちゃん、俺たちも見に行ってみるか?」
「そうねえ……」

 龍麻は睫(まつげ)を瞬(しばたた)かせもせず答えを待ち受ける四人の顔を見る。
 それぞれの表情からは、聴こえてくる音楽だけで自然と心を高潮させているというのがありありと伺えた。

<今までヒーローショーって見たこと無かったけれど…そうか、そんなに楽しいものだったのね。だったら…>

「見てみたいな」

 わくわくと期待に瞳を輝かせる龍麻に、京一はまるで子供みたいだなと笑う。

「そうと決まれば急いで行かないと。早くしないといいシーンが終っちゃうよッ!!」

 龍麻の言葉を待ってましたとばかりに、小蒔は四人が声をかける暇も与えず一目散に会場へと駆け出した。

「たく…アイツの方がやっぱ数倍ガキみてェだな」

 龍麻と葵は、けれどもそんな自分の気持ちに正直な小蒔が微笑ましくてたまらない。

「小蒔ったら、本当は自分も楽しみにしていたのね」
「そうね、それよりのんびりしていたら、小蒔の言うようにクライマックスを見逃してしまうかも」
「何よりここで桜井とはぐれるといかんしな。よし、俺たちも急いで行ってみよう」


 緊迫した音楽がスピーカーから流れているイベント会場には、既にステージの方に目が釘付けになっている子供たちを始め多くの観客で溢れていた。

「うーん、子供がいっぱいでよく見えないよ……」

 だが、幸いにもステージを覗き込もうと必死に背伸びしている小蒔の背中を、会場に入った四人はすぐに発見できた。

「あ、皆も来たんだ」
「ったく、さっさと自分だけ走っていきやがって」

 ゴメンと謝る小蒔に、京一はあっちからなら人垣の隙間からちょうど良く見えると、龍麻たちが立っている場所を指差す。

 再び合流した小蒔を真ん中に、龍麻、葵が、その背後には京一と醍醐が並び立ち、いよいよヒーローが登場というシーンを見る。

「さてと、どんなヒーローが登場するんだろうねッ」

 だが、登場してきた三人のヒーローを見て、五人は呆然とする。


『この世に悪のある限りッ』

 敵を目の前に熱っぽく叫ぶレッドの背中には──

「あれは、野球のバット……?」

 龍麻が首をかしげる。


『正義の祈りが我を呼ぶッ』

 クールにポーズを決めているブラックの手には──

「てことは、こっちはサッカーボールという訳か…」

 醍醐が真面目な顔でうなずく。


『練馬と、そして新宿の平和を護るためッ』

 紅一点のピンクが口にしたセリフは──

「練馬の平和だぁ?随分ローカルなこと言ってやがるなァ」

 京一に至っては笑いを通り越して既に呆れ声になっている。

「彼女が手に持っているのは新体操のリボンかしら…?」

 葵の指摘に、小蒔は変わった三人組だと腹をかかえて笑う。

「あッ、もうクライマックスシーンみたいだよ。それにしてもあの人たち、どうやって敵を倒すつもりなんだろ……」


『コスモレンジャー!!今、必殺の───!!』

 レッドのセリフと共に、三人組はびしっとポーズを決める。
 と同時にステージで起こった現象を見て、五人は一斉に驚きの声を上げる。


「むッ?何だこの光は…」
「必殺技の演出じゃないの?」

 三人の姿が明滅する光の中に強く浮かび上がるという演出に、観客から大きな歓声が湧き起こる。
 だが、龍麻の口からはそれだけではないという意見が出る。

「確かに演出効果としてライトも使っているけれど、でも違う、あれは…」

 ──《力》だわ

 龍麻が最後に呟いた言葉とかぶさるように、三人は必殺技を高らかに告げる。

『ビックバンアターーック!!!』

 鮮やかな閃光がステージから波状に放たれ──
 ショーは最高潮を迎えた。




 ≪拾≫

「まあまあ面白かったね」

 終了後やや辛口気味のコメントをする小蒔に、京一も最後はお決まりのパターンだったしなと同意する。

「けど、ちょっと違う意味で笑えるヤツらだったぜ」
「どうやら俺たちとは同年代みたいだが、その実、かなり高い運動神経と反射神経の持ち主のようだな」

 醍醐は京一の言葉に苦笑いを浮かべつつも、敬意を払うべき所はきちんと敬意を払う。

「それに最後の技で見せたあの光…。龍麻、私にもあれはただの演出じゃないように見えたわ」
「う…ん、そうね…」

 龍麻は返事を明確にしないまま黙って考え込む。

 葵だけではなく他の三人の表情からも、あの場に居た五人が五人ともただの演出ではないと感じ取っていたようである。即ちあの瞬間あの三人が自分たちと似通った《力》を持つように感じられたのは、やはり錯覚ではなかった、と。

 ならばこれは吉兆なのか凶兆なのか…。
 やや重苦しい空気になりかけたその時、小蒔は四人に提案する。

「だったら、今から皆であの三人に会いに行って確認しようよッ。ほら、今はまだショーの片付けをしているとこみたいだしさ。ね、ひーちゃん。考えるよりまずは行動だよッ」

 以前自分が小蒔に言った言葉をそっくりそのまま返され、龍麻は照れ笑いした。


「えへへ、コスモレンジャーの素顔か、何だかワクワクするなあ」

 設営された装置を片付けている学生たちの間をぬって五人はステージ裏の方に足を運ぶ。
 すると案の定そこにはショーに出演していた三人の内、手前の方にレッドとブラック役の青年が、やや離れた場所にはピンク役の女性が衣装そのままの格好でくつろいでいた。

 醍醐はこちらを向いて座っているレッド役の青年に声をかける。

「疲れている所を申し訳ないが、少し話を聞かせて欲しい」

 突然現れた五人からの申し出に、しかし三人は快く承諾すると直ちに着替えを済まし、片づけをしている学生たちと同じ制服姿で再びこの場に現れた。

「で、俺ッちたちに話って?」
「あの…あなた方が先程のショーでコスモレンジャーを演じておられた三人ですよね」

 龍麻からの問い掛けに、ブラックを演じていた男子生徒は右手で眼鏡の縁を得意気にずり上がらせながら答える。

「いかにもそうだが…。お嬢さん、もしかしてオレのファンかい?」
「え、いえ、その…」

 言葉を詰まらせた龍麻を、今度はレッド役の青年が追い討ちをかける。

「違うよなッ。俺ッちのファンだもんな」
「えッ、い、いえ…あの…」

 益々困惑する龍麻に代わって、京一がそんな訳ねェだろと反論しかけたが、それよりも素早くブラックがレッドを非難する。

「フッ、お前の家には鏡が無いのか?このスポーツ刈りがッ」
「何だと〜、このスカシ野郎ッ」
「言ったな、この体力馬鹿がッ!!」

 こういった口喧嘩の光景には慣れてきたとはいえ、初対面の人間二人の激しい応酬を前に、その原因になっている龍麻は制止はおろか、ただ息を飲んで見ているしかなかった。

「いい加減にしなさいッ!」

 ピンク役の女性からの鋭い一喝が、そんな不毛なバトルに突然の終止符を打つ。

「どうしてアンタたちは、そうすぐに喧嘩ばっかりなの!!」

 二人がたちまち大人しくなったのを見届けると、くるっと身のこなしも軽やかに龍麻らの方を向き直し、ごめんなさいねと謝る。

「それで何?サインなら直ぐに書くけれど」
「いや、そうじゃなくてだな…。あんたたちは…その…一体何者なんだ」

 醍醐としてはこの三人にはずばり質問した方が良いと判断した訳だったのだが、これが大きな誤算だったと気付くにはさほど時間はかからなかった。

「…………」
「フッ……」
「ヘヘッ。そのセリフ待っていたぜ!!」

 三人は目をキラキラと輝かせると、次々と自己紹介を始める。

「俺ッちは練馬大宇宙高校3年、紅井猛ッ!そして俺ッちが勇気と正義の使者──コスモレッドだッ!!」
「同じく大宇宙高校3年、黒崎隼人だ。そしてこのオレが友情と正義の使者──コスモブラック!!」
「二人に同じく大宇宙高校3年、本郷桃香よッ。そして私が愛と正義の使者──コスモピンク!!」

「「そして───3つの心、正義の為に!!大宇宙戦隊コスモレンジャー!!!」」

 最後には先程の仲たがいなどすっかりどこ吹く風、見事なハモりっぷりまで披露しての口上を終えると、片付けをしていた学生たちは作業中の手を止め、さかんに拍手を送った。

<今日も完璧!>

 浴びせられる拍手の渦の中、三人の心の奥にそれぞれ満足感が込み上げていた。
 惜しむらくは彼らの目前に立つ人々からは期待していた賞賛の言葉が一向に出てこなかった点で…

「……予想通り長い自己紹介だったな。俺たちが敵だったらとっくにやられてるぜッ」

 京一の言葉がその時の五人の気持ちを余すところ無く代弁している。

「何言ってるんだ。正義の味方は正々堂々と名乗りをあげると昔から決まってるぜッ!」
「それよりも…、オレたちに用があるというアンタたちこそ一体何者なんだ?」

 いきり立つ紅井を脇に押しのけ、黒崎が五人に眼光鋭く訊ねる。

「…もしかしてコスモレンジャーに入隊したいのか?」
「え、ええええッ!!?」

 突拍子も無い質問に対し、失礼に当たらないよういかに婉曲に否定すべきか焦りまくる龍麻だが、コスモの三人にはその様子が黒崎の言葉に図星を指されたからという全く別の意味で好意的かつ拡大解釈されてしまう。

「ああ、それなら大歓迎だッ」
「一度にこんなに仲間が増えるなんて…、俺ッちたちのショーがそれだけ魅力的だったってことだなッ」
「これからよろしくねッ、え、え〜と、そういえばあなたの名前は…?」
「…ひ、緋勇龍麻です…」

 相手のペースにすっかり押され名前まで白状する龍麻を見かねて、小蒔はそんな理由でここに来たんじゃないよと背後から渇を入れる。

「でも、こっちも自己紹介しないと、この先話をしにくいのは確かだろうし…。えーっと、それじゃボクがこっちのメンバーを紹介するよ。一番大きいのが醍醐雄矢クン、木刀持ってるのが蓬莱寺京一で…」
「何で俺は呼び捨てなんだよッ」
「横からうるさいな〜、で、白地に花柄の浴衣を着ているのが美里葵さん、紫紺色の浴衣にピンクの帯を締めてるのがひーちゃん…、じゃなくて緋勇龍麻さんで、ボクは桜井小蒔って言うんだ。ボクたちは皆、新宿にある真神学園3年C組に…」
「真神…魔人学園かッ」

 所要時間はコスモたちのおよそ1/10と、非常に簡潔に自己紹介を済ませつつある小蒔の言葉の末尾をさえぎる形で黒崎が驚きの声を上げた。

「知っているのか?」

 醍醐の問い掛けに、眼鏡の縁を支えながら噂とは大分違うようだがな意味有りげに呟く。

「ウワサ…?」

 京一がまた妙な噂じゃねェのかと疑いつつ首をひねる。

「あら、大宇宙(ウチ)じゃ有名よ。新宿の魔人学園は学校の皮を被った悪の秘密結社だ……って」
「「真神が、悪の秘密結社〜〜??」」

 突拍子も無い本郷の説明に、今度は五人が声を揃えて異議を唱える。

「お前ら…名前だけで決めてるだろッ」
「あらッ、やっぱり違ったの?そうよね、悪の戦闘員がヒーローショーなんて観に来ないわよねぇ」

 ねめつけてくる京一に全く動じることなく、本郷がけろりとした表情で返答するのはある意味見事だと言える。

「………」
「頭痛くなってきた…」

 醍醐と小蒔は彼らと普通の会話をするのは不可能だと悟ったようで、こめかみに手を当てて唸っている。葵と龍麻に至っては…会話に口を挟むことすら出来ずにいた。

「まあいいじゃないか、こうして知り合えたのも何かの縁だ」

 気まずい空気が流れてきたとようやく察したのか、紅井は明るく五人に笑いかけると友好の証として右手を差し出す。

「あらためて…よろしくなッ」
「ええ…よろしくお願いします」

 照れながら、だが紅井の心遣いが嬉しくて龍麻は素直にその手を握り返す。

「おうッ!!これからは俺ッちたちがついてるからなッ」
「あぁ、何か有ったらすぐ相談に乗るぜ」
「私たちは困っている人の味方よッ。遠慮せずに頼ってきてねッ」
「そう言われてもなぁ…」
「かえって面倒なことになりそうな気がするな…」

 京一と醍醐が顔を見合わせて率直な感想を言うが、それは幸いにも彼らの耳に届かなかった。
 というのも、小蒔が『高校生なのにどうしてヒーローショーのバイトをしているのか』という素朴な疑問を口に上らせたのに対し、

「「ヒーローショーがバ、バイトだってッ〜〜〜」」

失礼なと三人が不満を包み隠さず反論したからだった。


「ショーは子供たちに愛と勇気と友情──そして正義を教える為のものなのよッ」
「新宿じゃまだまだ知名度は低いけど、俺ッちたちは本物の正義の使者なんだッ」
「人々の笑顔はこのオレたちが護るんだ。世の為、人の為、命をかけて闘う、それがオレたちコスモレンジャー…」

 ここまではまだ良かったのだが、続いての黒崎の発言が、あたかも理科の実験の最後に手元を誤って劇薬をぶちこんだかのような効果をこの場にもたらしてしまう。

「くうゥ〜、やっぱ恰好良いよな、オレって」

 自己陶酔に浸る黒崎に、紅井が猛然と突っかかった。

「リーダーの俺ッちをさしおいてなんて言い草だッ!!」
「オレはお前をリーダーだなんて認めてねーんだよッ!!」
「戦隊モノのリーダーはレッドと昔から決まってんだッ」
「レッドなんてダサいぜ。ブラックこそ真の実力者なんだッ」

 再び幼稚園児レベルの口喧嘩へとなだれ込んだ二人を前に、龍麻らは先程と同じく唖然と突っ立っているしかなかった。そしてこれを止めることが出来たのも先程と同じく、

「あんたたち、いい加減にしなさいッ!!」

 コスモレンジャーの真のリーダー、ピンクこと本郷桃香だけだった。

「三人の心がバラバラじゃ、いつまでたってもあの技は完成しないのよッ!!」
「あの技…、それってさっきのショーで見せてたヤツか?」

 ようやく口を挟むことができた京一の疑問に、本郷はその通りよと答える。

「そう、三人の心が一つになった時、初めて使うことが出来る正義の力なのよッ!!」
「あの〜、それってもしかして…」

 小蒔が自分たちの使う方陣技みたいなものなんじゃないのと言いかけるが、醍醐がその以上言葉を続けるのを制止する。

「彼らには何を言っても無駄だろう…」
「そうそう、すっかり自分たちの世界に入ってるもんなッ」
「あッ、あなたたち、ひょっとしてバカにしてるわね〜」

 茶々を入れる京一に腹を立てた本郷は、ならばと京一の傍らで沈黙を守り続けている龍麻に舌鋒を向ける。

「ちょっと、緋勇さんッ。あなたなら私たちの理念の崇高さが分かるわよねッ」

 余りの勢いに龍麻はどうしたものかとしばし途方に暮れる。

 彼ら三人の真剣そのものの様子を見ている内に、確かにその言動には理念という言葉が似つかわしいと素直にうなずかせるだけのものは感じていた。

 ──自分たちの理念を貫く為なら…他人の目など気にしない…。
 ──その為なら、たとえ仲間と言えども時には口論も辞さない…

 どちらも今の自分に決定的に足りないものだと、素直に敬意を抱く。

 だがそれよりも更に強い気持ちがもう一つ、龍麻の中で引っ掛かっていた。
 かといって、それを口にしてはさすがに彼らからも一笑に付されるだろうと判断すると、その場は言葉を濁し、さらりと微笑みだけを返す。
 吸い込まれそうなその表情に、本郷は同性ながらも一瞬ドキリとさせられる。

「…嬉しい…。やっぱりあなたは私たちと共に闘う運命なのよ」

 今度は龍麻がドキッと胸を打つ。
 本郷の言葉は自分が口にしなかった言葉とそっくりだったから…。

 ──ひょっとして、彼らも私たちと…

 出会った時から既視感にも似た奇妙な感覚を覚えるのはなぜだろうと、心の奥で自分自身に問いかける


 そんな龍麻の胸中をよそに、三人は早速新メンバー参入に関しての相談を始める。

「よし、それなら緋勇はコスモグリーンだなッ」
「どっちかといえばブルーだろ」
「私はイエローだと…」

 当人の意志を脇に置いての強引な展開には、ついに葵ですら半ば呆れた口調になってしまう。

「…何だか勝手に決まっているみたいよ、龍麻」
「やれやれ、手の着けようが無いとはこのことだな」
「もういいんじゃねェか、《力》が有ろうと無かろうと、自分たちなりに満足してるみたいだし」

 無理に仲間に誘う必要は無いと京一が断言すると、はっきりとした口調で龍麻も同調する。

「そうね…京一の言う通りだわ」

 醍醐も同感だと言い、小蒔も葵も大きくうなずく。

 五人の意見が素早くまとまったので、片やいまだ額を集めて相談中の三人に醍醐が声をかける。

「それじゃあ、こちらから押し掛けておいて申し訳無いが、俺たちはこの辺で失礼させてもらおうと思う」
「もう夜も更けてきたしねッ。ボクたち、もう帰らないと」

 小蒔の絶妙な援護射撃も功を奏して、三人はこのまま相談を続けても仕方が無いとようやく円陣を解いた。

「ま、緋勇さんのポジションは私たちで決めておくから、心配しないで」
「それと、何か困ったことが有ったらオレたちを頼ってこいよな」
「もう緋勇と俺ッちたちは仲間なんだ。遠慮は無用だぞッ」

 また会おうと笑いかける三人に見送られて、五人はいつの間にかほぼ片付けの完了したイベント会場を後にした。




 ≪拾壱≫

 何とはなしに全員無言で歩いていたが、鳥居が見える辺りまで来てようやく京一が口を開く。

「…にしても、キョーレツな連中だったな…」
「かなりキてる人たちだったよねッ。だからって悪い人じゃなさそうだけど」
「むしろ善人過ぎるきらいが有るような…、どうしたの葵?」

 それまでやや俯(うつむ)き気味に歩いていた葵が、ふいに正面を見据えた。

「今思い出したのだけれど…確か大宇宙って少し特殊な学校だったんじゃないかしら」
「そういえば、俺も聞いたことが有るぞ」

 大宇宙高校は世の為人の為になる人間を育てるのを理念として掲げており、だから試験も論文と面接のみという特殊な形態を採っていると、醍醐が言葉を引き継ぐ。

「学校中あんなヤツらだったら、俺は三日で登校拒否するぜ」

 醍醐の説明を聞くだけで、京一はげんなりとする。

「まあ、あの三人は特殊な学校の中でもさらに特殊な連中だろうが…、だが、妙に龍麻のことは気に入っていたな」
「何しろひーちゃんをもう俺たちの仲間だって言ってた位だしね〜」

 小蒔がちらりと横目で京一を見ると、案の定京一は機嫌の悪い顔をしている。

「チッ、その話はもう良いだろッ」

 強引に龍麻の手を取りさっさと歩き始めるが、龍麻はちょっと待ってと慌てて声をかける。

「私たち、そろそろ着替えないと。小蒔が雛乃に頼んで神社の部屋を借りてくれているの。だから…」

 その言葉に京一は弾かれたようにパッと手を離すと、名残惜しそうに龍麻の方を見る。

「そっか…もうちょいひーちゃんの浴衣姿を楽しみたかったんだけどな」
「ごめんね、でもこの浴衣は雛乃のだし…そうそうわがままも言えないから」
「それに、ひーちゃんも葵も浴衣のままじゃラーメン食べづらいしねッ」
「お前はやっぱ色気より食い気だよなぁ〜。でもその意見には一理ある」

 ラーメンと聞いて急に納得しだす京一に、四人は声を出して笑う。

「何だよッ、そんなに笑うことねェだろッ」
「ははは、済まんな京一。確かに少し冷え込んできたし、そうなるとラーメンが恋しくなるのは俺も同じだ。…それと桜井、お前もその格好のままじゃ風邪をひくしな」
「うん、ありがと。それじゃボクたち着替えてくるよ」
「なるべく急いで戻ってくるから、醍醐君も京一も、さっきと同じ場所で待っていてね」

 また後でと約束すると、三人は社務所の方角へと小走りに去った。


 二人が取り残された空間を縫うように秋風が吹きぬけると、京一は誰に語りかけるとでもなく漫然と言葉を吐き出す。

「風が──、冷たくなってきたな。花園の祭が終われば、冬はもうすぐ、か…」
「あっという間だな…」

 醍醐も殊更京一の方を見ず、ただ言葉だけを返した。
 そこへ──

「こんな所でぼんやり立っていると風邪をひいてしまうわよ」

 突然投げかけられた聞き馴染みのある女性の声に、京一と醍醐が慌てて振り返る。

 すると予想通り背後に立っていたのは、自分たちの担任であるマリアだった。
 ただし、ついぞ見覚えの無い瑠璃色に大輪の花模様も鮮やかな浴衣姿で…。

 驚き目を見開く二人に、マリアは艶然と微笑む。

「今日は友だちと一緒に来ていたのよ。もっとも彼女は急な仕事で先に帰ってしまったけれど…。アナタたちはいつもの様に緋勇サンたちと一緒だったのでしょう」

 けれども三人の姿が見当たらないわねと首をかしげる。

「あの三人は、今社務所で着替え中なんです」
「そう、彼女たちも今日は浴衣を着ていたのね。それじゃあ、蓬莱寺クンがさっきからぼんやりしていたのも無理は無いわ」
「あ、いや、マリアセンセーだって、浴衣がすごく良く似合ってるぜッ」
「フフフッ、蓬莱寺クンの言葉は素直に褒め言葉として受け取っておきましょうか。ところで、あなたたちも今日の縁日は楽しかったかしら」
「そりゃもう、今年の縁日はサイコーだったぜ」

 授業中にあてられた時とは打って変わって瞬時に答えを出す京一に、マリアは表情を一層和らげる。美しい青磁色の瞳に温かな光を湛えて。


「そう…それは良かったわ。受験生にだって時に息抜きも必要ですからね」

 にこやかなマリアの発言を受けて、反対に京一と醍醐は揃って渋い顔をする。

「受験生か〜そういや俺たちってそんな身分だったっけ」
「何を今更…。だが、そういう俺も部活動は終わったし、いい加減将来のことを真剣に考えんとな」
「醍醐クン、将来のことは焦っても良い結果は得られないわ。晴れて部活動から解放された区切りの日なんだから、せめて今日一日位はそういうしがらみを忘れて楽しみなさいな」

 そう言いつつ、もう遅いから制服のままであまり遊び歩かないようにとしっかり釘を刺すのは、さすがに担任として忘れないが。

「それでは…気をつけてお帰りなさいね」



 マリアが新宿の雑踏に溶けるように消えた頃、着替えを済ませた龍麻らが待ち合わせ場所の鳥居まで戻ってきた。

「京一、醍醐君、お待ちどおさま」
「約束通り急いで着替えきたよ。さあ早く皆でラーメン食べに行こうッ」
「うふふ、そんなに焦らなくても大丈夫よ、まだまだラーメン屋さんは閉まらないわ」

 軽やかに笑いながら駆け寄る三人を見て、醍醐がそれじゃ行こうかと、最初の待ち合わせの時と同じように鳥居に背をもたれかけさせている京一に声をかける。

「そういや、最初に焼きそば食ったけどすっかり腹がへっちまってるぜ。そっか、あれから大分時間が経ってるからな」
「ええ、縁日ももう終わりみたい」

 今この場に届くのは新宿の街が絶えず生み出す雑音ばかりで、花園神社境内は本来の静寂さを取り戻しつつあった。

 さっきはあんなに賑やかに祭囃子が聴こえて来たのにねと、龍麻が笑いかける。
 その瞬間、龍麻の姿までもが華やかな祭の終焉を漂わせ…

「どうしたの…?」
「ん…いや…何でもねェ…」

 浴衣姿を見た時のように、京一を束の間戸惑わせた──

<< 前へ 次へ >>
目次に戻る