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胎動 第拾伍話其ノ四

 ≪拾弐≫

「あの連中と会ったお陰で予定よりすっかり遅くなってしまったな」

 醍醐の判断の元、行きつけの店である『王華』へは、花園神社からは住宅地を縫いつつ歌舞伎町へと抜けるルートを選ぶことにした。

 だが──
 閑静な住宅街をやや早足で歩いて行く内、ここが新宿とは思えないという奇妙な感覚に徐々に捕らわれていく。

「ねえ…、この道って…こんなに静かだったっけ…」

 その感覚がピークに達した時、小蒔が耐えかねてぽつりと言う。

「いつもこんなもんじゃねェか?ここを抜けさえすればすぐに歌舞伎町なんだしよ」

 何気ない風を装う京一だったが、

「確かに近道だけれども、何だか誰かに見られているような…」
「うむ、何か…いるな」

 葵と、醍醐までもが警戒心を強めてきたことで、楽観的観測を素早く切り捨てる。

「…京一…」
「ああ、こいつは──普通(タダ)の人間の《氣》じゃねェな」

 注意を呼びかける龍麻にうなずきつつ、京一は愛刀を構えると自分たちの道行きをはばむように垂れこむ闇の一角を鋭く睨みつける。

「コソコソしねェで、とっとと出てきやがれ」

 威嚇の声に誘われ現れたのは、歌舞伎町ではさして珍しくも無い顔ぶれであるチンピラたちであった。だが、どの面も既にどす黒い瘴気に犯されてる。

「ちッ、どいつもこいつも正気(まとも)な人間の瞳じゃねェな。薄汚い欲望に取り付かれてやがる」

 京一の舌鋒に対し、彼らは一斉に奇矯な笑い声をあげるや、輪郭をいびつに歪ませ始めた。

「「!!!」」
「信じられない…けれど…こんなことが出来るのは…」

 龍麻の呟きに全員押し黙って眼前の光景を見据える。
 その視線の先に立っていたのは─五人にとって見紛うことなき異形のモノ、"鬼"の姿だった。

「嘘ッ!?」
「こんな…」

 小蒔は驚きの声を上げ、葵は息を呑む。

「一体…誰の仕業だッ」
「…だが、今はやるしかなさそうだなッ」

 京一は怒りをあらわにし、醍醐は目の前で起きた出来事を自身に納得させようと努める。
 全員の緊張感が一気に高まった、その時…

「「ちょおッと待ったァッ!!」」

 緊張感を一挙に解きほぐす声が背後から投げかけられた。

「「???」」

 五人は素早く後ろを振り向くと

「げげッ、あれは──」
「正義の…味方?」

 既に臨戦態勢に入っているコスモレンジャーの三人が立っていた。


「この世に悪のある限りッ──」

 お約束の長い口上をとうとうと語り出す面々に、痺れを切らした京一が待ったをかける。

「何しに来やがった」
「ちょっと〜。大事な決め台詞なんだから、邪魔しないでッ」

 ピンクこと本郷桃香が口を尖らせて抗議すると、レッドが咳払いをし、強引に台詞を続ける。

「とにかく後はコスモレンジャーが引き受けた」
「一般市民は大人しく避難するんだッ」

 ブラックは五人を自分たちの方へと誘導しようと声を張り上げる。

「だから〜。お前ら状況が全然判ってねェだろッ」

 ため息混じりに京一が親指で、急激に変生した反動か幸いにもまだ動きの鈍いままの"鬼"たちを指し示す。

「エッ、や、キャーッ、何アレ?化け物ッ」
「何だって…」
「どわッ!!何だありゃ!?」

 ようやく真っ当な反応が彼らから返ってきて、五人は不謹慎ながら安心するも、レッドの『よく出来た着ぐるみだなぁ』という言葉から、今ここで彼らに事の仔細を理解させるのは無理だと諦めざるを得なくなった。

「それにもう、彼らを逃がす時間も無いし…」
「……こうなったら仕方ねェ。いいか、てめェら。頼むから邪魔だけはすんじゃねえぞッ!!」

 語気荒く命令すると、いつものように葵が防御力を上げる呪文を唱えたのを受け、龍麻と京一はいつものように並んで敵陣へと突っ込む。

「いけ〜、火龍ッ」

 小蒔から紅蓮の炎の《氣》を宿した矢が威嚇し、左右から挟み撃ちしようとする敵を足止めする。

「てやぁッ」

 ひるんだ敵にすかさず醍醐が『虎蹴』を仕掛ける。
 既に敵集団の真ん中では京一が『朧残月』を、龍麻は『螺旋掌』を、それぞれ目の前の敵に向けて放っている。

 だが、

「…クソッ。こいつら、動きは鈍いけど…」
「その分、体力は並外れているわね」

 倒したと思いきや、しつこく立ち上がる敵を見て、龍麻は素早く思考を巡らせる。

<以前闘った岩角と同じタイプ…となると、やはり物理的な攻撃よりも…>

「京一、醍醐君ッ」

 龍麻は振り返ると、二人に目で合図を送った。
 京一も醍醐も心得たと手近な敵に攻撃をしかけ道を開けると、素早く龍麻の傍に集まる。

 目的は…

「今よ」
「よしッ」
「行くぜッ」

 三人の《氣》を集約して放つ方陣技───


「あれは…」
「今のって、私たちの必殺技…みたい?」
「ああ、似ているな…」

 それまで半ば放心状態で五人の闘いぶりを見学していたコスモの三人は、龍麻らが見せたサハスラーラに度肝を抜かれる。

「「カッコいい!!」」

 その発言に、後方に控えていた小蒔と葵は顔を見合わせ、ひそひそと耳打ちする。

「(ここで方陣技を使うのはかえってまずかったんじゃないかなぁ…)」
「(でも…今はあれより他に有効な攻撃手段が無かったからでしょう…)」

「葵、小蒔ッ」

 細長い路地という地形が災いしたのか、最も遠くに位置していた敵数体が方陣技の効果範囲から逃れてしまったと叫ぶ龍麻の声に、二人ははっと顔を上げる。

 だが鬼たちは攻撃目標を《力》を振るう五人でなく、

「え、ヤダ、ちょっと、コッチに来るわよッ」

 戦闘に参加していない、つまりは弱いと認識された三人組へと目標を切り替えた。

「お前ら、早くそこから逃げろッ」
「アイツらが邪魔で…遠距離の技が使えねェッ」

 醍醐の警告と、京一の怒声が重なり合う。
 龍麻はフォローすべく慌てて駆け出そうとするが、その前方には、妄執というべき形相を浮かべた敵が、方陣技の直撃を喰らい瀕死状態でありながらなおも立ち塞がっていた。

「ひょっとして、このままじゃ間に合わない…」

 龍麻の顔からみるみる血の気が引いていく。


「ど、どうするのよッ、アタシたち、しっかり邪魔モノになってるみたいよ〜」
「それにオレたちがここで逃げ出したら、それこそ一般市民に被害が出るぞ」
「ああ、そうだな、だったら駄目モトであの技を試してみるかッ」

 駄目モト…そう言いながら、

 ──さっき、あの三人が見せたようにすれば出来るんじゃないか

 龍麻らが方陣技を放った時の姿を思い浮かべると、不思議な自信がこみ上げてきた。
 そうなると恐怖感もどこへやら、鬼が眼前に迫ってきても平然といつもの調子で決め台詞を続けられる。

「この世に悪のある限りッ」
「正義の祈りが我を呼ぶッ」
「愛と正義と友情とッ」
「「3つの心、一つに合わせッ」」

 そして三人はその身に秘めていた《力》を一気に開花させた──


「あの光…」

 三人の身体から発せられた《氣》は、数時間前のショーよりも数倍も煌々とした輝きを発し、辺り一帯を覆いつくさんとする。昼間の太陽光を集めたかのような眩しさに、堪らず五人はその場で目を閉じた。

 そして…再び目を開いた時、鬼たちの姿はすっかりと消え去り、その場に残されていたのは五人とコスモの三人だけだった。




 ≪拾参≫

「全員無事か?」

 醍醐の問い掛けに、京一は他の仲間たちの様子を伺いもせず即答する。

「俺たちは…な」

 現に龍麻も葵も小蒔も表情は冴えないものの、それ以外は普段と変わらない様子を見せている。反対に打って変わって大人しくなっているのはコスモの面々で、すっかり放心状態で地面に力なく座り込んでいた。

「三人とも大丈夫?」

 小蒔が近付いて覗き込むと、ようやく我を取り戻した三人はまだ事態を飲み込めないまま大丈夫と応える。

「それより…ねえ…。アレって一体何なのよ?」

 本郷からの問い掛けに、今度は五人が当惑気味の色を浮かべる。

 彼らに真実を告げるべきか、否か…。
 真実を知るということが、必ずしも彼らにとってためになるとは思えない。かといってこのまま何も教えないままこの場を去れという訳にもいかないだろうと、五人は無言でうなずきあう。

「私たちにも良く分からないけれど…」

 葵が前置きをした上で、先程の敵の正体について語り出した。
 あれは鬼と呼ばれる存在であり、鬼とは人の心の負の部分をある方法で変えたものだと説明する。

「恐らく誰かがあの人達を鬼に変えてしまった…」
「しかも…間違いない、ヤツらの狙いは間違いなく俺たちだ。クソッ、ふざけた真似しやがって」

 イベント会場で出会った時の様子とはうってかわって、苛立ちを包み隠そうとしない京一の真剣な横顔をうかがいながら、紅井は言葉を挟む。

「あんたたち、ただもんじゃないような気はしていたけど、まさか、いつもあんなのを相手に闘ってたのか?」
「今回はまだマシな方だ」
「鬼にはなっちゃったけど、もとは普通の人間だもんね」

 醍醐と小蒔の言葉に三人は更に目をむいた。

「普通の人間って…何だよ、それ…」
「だから…」

 ため息をつきながら、それでも京一は三人にも分かるように話す。

「人を鬼に変えちまうことができるヤツがいるってことで、まァ、お前らが三人揃った時に使える《力》と同じ様なもんだ」
「本来なら個人個人にも有りそうだけれど…」

 でも…と言ったきりそのまま口を閉ざすと、龍麻は微かに眉をひそめた。
 その真意を察した醍醐が、そろそろこの場から引き上げろと三人に告げる。

「いくら裏道でも、これだけ騒ぎを起こせば人が来るだろう」
「そうだね、通報されたらめんどくさいし。早く行ったほうがイイよ」
「うん…」

 先の闘いぶりで説得力を帯びている醍醐と小蒔の言葉に、本郷は条件反射的に言葉を返し、言われるがままもと来た道を戻ろうとするが、ふと龍麻と目が合い、足を止める。

「ねぇ…もしかして…、あなたたちも正義の味方?」
「?」

 突然の発言に龍麻はその言葉の意味が飲みこめず、先程と同じ様にただただきょとんと見つめたまま立っているだけで…

「えーッ!やっぱりそうなのッ!?」

 そしてそれを三人が都合よく解釈するのも、先程と変わらなかった。

「新宿にも同志がいたのか」
「うーん時代は五人組なのかもなぁ」
「お前らッ、勝手に話を先に進めるな。いいか、俺たちが闘っているのは正義の為なんかじゃねェ。ただ──」
「そうね…」

 龍麻は自分の闘う理由を確かめるかのように、じっと胸に手をあてる。
 そこには"あの日"以来ずっと同じ理由が宿っていた。けれど口に上らせるのが、今までは何となく気恥ずかしくて。

「きっと──」

 龍麻の中のささやかならぬ抵抗感を払拭させたのは、どこまでも自分の気持ちに真っ直ぐな紅井・黒崎・本郷の三人の姿だった。

「自分たちの大切なものを護る為…だと思うの。でも…だからこそ、あなたたちを私たちの闘いに巻き込む訳にはいかないわ」

 龍麻の彼らへの決別めいた言葉に全員一瞬黙り込むも、

「……カッコいい…」

 うっとりとした表情を浮かべた本郷に、

「あァ、何かこう…ジ〜ンとしたぜ」

 感動に震える黒崎と、

「よしッ、今日からコスモレンジャーはアンタたちの味方だ!」

 邪心の無い笑顔をふりまく紅井によって

「え、ええ?!」

 龍麻は再び混乱の渦に巻き込まれてしまう。

「わ、私…そんなつもりで言ったんじゃ…」

 三人の申し出を必死で断ろうとする龍麻だったが、気勢を上げる三人の耳には全く届かなかった

「遠慮は無用だ。ピンチの時には必ず駆けつけるぜッ」
「アンタたちの闘いぶりを見て必殺技のコツも掴んだし、次に会う時は更にパワーアップしたコスモを見せてやるからな」
「よーしッ。そうと決まれば、さっそく練馬に帰って特訓よ」

 最後に今日の友情の証として龍麻にサインボールまで手渡し、三人は猛然と去っていった。


「龍麻…彼らには何を言っても無駄だろう」

 そんな彼らの後ろ姿を見ながら醍醐がしみじみと口にする見解に、龍麻も他の三人も否やは無かった。

「やっていることは悪くないんだがな…」
「面白い人たちだったよね」

「色んな意味でな。それより俺たちもここから早く離れようぜ」

 それに応えるよりも早く、龍麻の顔がさっと蒼ざめた。
 葵と小蒔もただならぬ気配にすぐさま反応する。

「……龍麻……」
「何、アレッ」
「…ちッ、まだこいつら生きてやがったか」
「待て、京一…いつもと様子が違うぞ」

 木刀を構える京一だったが、醍醐に制止される。

『くくく…』

 くぐもった笑い声を上げゆらりと立ち上がるのは、先程コスモ三人の必殺技で倒れたかに見えた鬼の一体だった。

 いつでも対処できるよう、全員油断無く構える。
 だが、鬼の方は攻撃してくるでもなく不可思議な言葉を紡ぎ始める。

『竹林に底深き怨念の花ぞ咲く──。我──竹林に──龍を捕らえて待つ───』

 あたかも朗詠を吟ずるように語り終えると、鬼の肉塊は完全に消滅した。

「……今のは一体……」

 全員で鬼の語った言葉の意味を協議する間も無く、龍麻は素早く身を翻す。

「鬼の言葉の意味が分かったわ」
「龍麻ッ」

 醍醐が呼び止めても構わず走り続けるので、四人は慌てて龍麻を追いかける。

「ひーちゃん、そこって…どこなの?」

 小蒔の問い掛けに龍麻は振り返りもせず、これから向かう行き先を告げる。

「龍山先生の庵まで、一刻も早く行かないと」
「…で、そこで待ち構えてるのは」

 いつの間にか自分の隣を走る京一が問いかけてくるが、龍麻はそれ以上口を開こうとせず、全員無言のまま閑静な住宅街を駆け抜けていった。

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