季節は等しなみに移り行く。
それは人目に隠れるようにたたずむ、この庵にも──
たつきは縁に腰を下ろし、ほうと吐息を洩らした。
風の音、花の香、…かつてはそれらが彼女の取り巻く世界の全てだった。
──なのに、いつの間にか──
そんな折、かさり、かさりと、静寂な空間を切り刻むように、乾いた落ち葉を踏みしだく音が此方より近付く。
季節は…もう秋から冬へと
───そして落陽の刻は確実に迫っていた。
≪伍≫
新宿駅前の交差点を差し掛かった辺りで、小蒔が突然悲鳴を上げた。
「ひゃ〜、今の風、すっごく冷たかったよ」
「ええ、もう秋も終わりね」
葵も身をこわばらせて、吹きつけてくる寒風に耐えている。
「そうなるとラーメンもいいけど、お鍋が美味しい季節になるんだよね」
「全く、桜井は本当に食べ物のことばかりだな」
「えへへッ」
照れ笑いのまま小蒔がふと斜め前を見るが、
「…ん……?京一、何でさっきからひーちゃんの方をじっと見てんの?」
「いッ、いや…何でもねェよ…」
「??」
怪しいと今度は四人が視線で問い詰めると、京一は渋々白状した。
「……今の風で、ひーちゃんのスカートがひらっと…」
「…………」
龍麻が小刻みに震えているのは、この寒さの為だけでなく、恥ずかしさと怒りを衆目の中で爆発させるのを堪えようと努力しているからであった。もっとも龍麻は有事に備えて常にミニのスパッツを着用しているので、京一としてはそれ以上の楽しみは味わえないのだが…。
「まァまァ、いいじゃねェか。こうしてボーッとひーちゃんの美脚を拝めるってのは、世の中平和な証拠だぜ」
「…そうやって誤魔化せばいいと思ってるでしょ」
そんな京一に、龍麻はこれ以上怒る気にもなれず、ついには吹き出してしまう。
確かに九角との闘い以来ここ二週間、安穏とした刻を過ごしているという自覚は京一以外の四人にも有る。
しかし、彼らにとっての平和とは
「でも…あの人が最後に言った言葉が気にかかるわ」
葵が異論を挟むと、全員黙り込まざるを得ない、あくまで表面上のものだった。
───真の恐怖はこれから始まる…
───この先もう、てめェらに安息の時はねェ
「そういえば…そうだったね」
あの時、気を失っていた龍麻を除く四人の脳裏には、消え行く直前に九角が言った言葉が戦慄を伴って甦る。
「ってことは、鬼道衆とはまた別の、もっと悪いヤツがいるってことなのかな?」。
「どちらにせよ、真の平和はまだまだ先ってことだな。龍麻も…油断するんじゃないぞ」
龍麻は素直にうなずくが、その瞳はどこか物憂げな光が宿っていた。
「うむ。何も心配せずとも過ごせる日常が早く戻るといいな」
「何だかさぁ…どこまでいっても、トンネルの中みたいだね。真っ暗で…全然先が見えてこないって感じでさ」
「あァ、そいつは言えてるかもな…」
いつもは楽天的な小蒔や京一ですら、先行きの全く見えない未来に、つい不安を口にしてしまうが、そんな重苦しい雰囲気は意外にも長続きしなかった。
「ッと───何だ、ありゃ……ケンカか?」
京一の口走った言葉で、全員の意識が現在へと引き戻される。
「どうした、京一?」
「今、裏道の方でこそこそと動く人影がちらっと見えたんだけどよ、……どーも見慣れねェ制服だったな。どうする?ひーちゃん。ちょいと覗いてくるか?」
「ケンカを…?」
眉をひそめる龍麻に、京一は人のケンカほど見ていて楽しいものはないと主張する。が、京一の魂胆は、小蒔によってあっさりと見抜かれてしまう。
「京一のことだから、見物するだけじゃなくて、あわよくば自分も飛び入り参加しようと思ってるんじゃないの?」
「まァな」
「やっぱり〜。でも、ボクもちょっと気になるんだよね。だからさ…みんなで見に行ってみない?」
小蒔はこの間のヒーローショーを見物するのと同じような軽いノリで、裏通りのケンカ見物を誘いかける。しかし、龍麻は事情も知らずに首を突っ込むのは止めた方がいいと断り、醍醐もその意見に賛同する。
「恐らくはただのチンピラ同士の小競り合いだろう?龍麻の言葉に従って、ここは放っておく方が賢明だな」
だが直後、路地裏に耳馴染みのある例の曲が流れ始めたのを契機に、反対派の二人もその方針を180度転換せざるを得なくなった。
「ねえ、この音楽…」
「本当にヒーローショーが開催されちゃったようだね」
葵と小蒔はあまりのタイミングに驚いて、顔を見合わせる。
「つまり、俺たちは知らぬ振りを決め込めなくなったようだな…」
「…にしたって、何でこの場にあいつらが現れるんだよッ」
盛大なため息をつく醍醐と京一に、龍麻は彼らがここに存在する理由を口にする。
「それは…彼らが正義の味方だから…」
「本気でそう思ってるのか?ひーちゃん」
「だって、ほら…あの時、自分たちでそう説明していたじゃない」
龍麻の言葉を裏付けるかのように、その日もコスモレンジャーの三人は、不良たちの前でいつもと同じ口上をとうとうと述べていた。
「この世に悪のある限りッ」
「正義の祈りが我を呼ぶッ!!」
「練馬の…じゃないッ、東京の平和を護るため、コスモレンジャー、只今参上!!」
最後の決めのポーズまで滞りなく終えた彼らを前に、不良たちは気圧されるが、それはほんの一瞬だけで、
「な、何だァ、てめえら?」
「頭おかしいんじゃねェのか」
「けけッ、やっちまおうぜッ」
たちまち辺りは険悪な空気に包まれた。
「この悪党めッ、コスモレッドが成敗してやるッ」
威勢良くバットを振りかざすが、そのお陰で完全にがら空きになった腹部は不良にとって拳を叩き込む格好の的と化し、レッドは無様な叫び声と共に背後の電柱に激突した。
「ふッ、ならばコスモブラックの目にも留まらぬ華麗な技を見せてやろう」
ブラックのそれは、確かに華麗さという点では文句は無かったのだが、一撃必殺という点には大きく欠けていたようで、蹴り技特有の技を放った後の隙の大きさを突かれ、結局は返り討ちにあい、ぼこぼこにされてしまう。
「こうなったら、コスモピンクにお任せよッ」
凛々しくリボンを武器に手にして構えた所で、公式ルールで長さ6メートルと定められた新体操のリボンは、こういった狭い路地ではおよそ役に立たない代物だった…。
「あ〜あ、やられちゃったよ」
「………………」
「相変わらず、しょうがねェ奴らだな」
「だが、見捨てる訳にはいかんだろう。仕方が無い…行くぞッ!」
結局、前後の事情は全く判らないまま、五人は現場へと駆けつける羽目になった。
≪六≫
不良たちは、あっさりと退けた三人組にはそれ以上の関心を示さず、本来の捕獲行為を再開する。
「ケケケッ、もう逃げられねェぜェ」
「手間掛けさせやがって…」
「あのヒトが首を長くして待ってんだ。さァ、大人しく来てもらおうかァ…」
任務の完遂を確信すると、獲物をいたぶるようにじりじりと詰め寄る。果敢にも少年は少女を庇おうとするが、それは不良らにとって何ほどの障害にも映らなかった。
「くッ…」
「………」
迫り来る影を前に、二人は自分を責める言葉をそれぞれの胸中で呟く。
<──僕がまだ力不足だから…>
<──私があの時我が侭を言ったから…>
「───よォ、てめェら」
「だ、誰だッ────ッ!?」
「人ん家(ち)の庭先で、幼気(いたいけ)な少年少女をいたぶろうたァ、ちょいとオイタが過ぎるんじゃねェか?」
不良たちは、またしても自分たちの邪魔をする声が投げかけられた方角を一斉にねめつける。と、そこには先程の三人組以上に、彼らにとっては奇妙な組み合わせにしか見えない五人組が立っていた。
「(生意気な口を叩く木刀男と、その背後の巨体の男はともかくとして…)」
「(後は…ただの女子生徒が三人居るだけじゃねェか…)」
まだまだ自分たちの方が有利だと踏むと、
「あァ〜?何だ、テメェら!?」
「俺たちはこの二人に大事な用があんだよ」
「怪我したくねえなら、とっとと失せなッ!!」
口々に嘲りと威嚇の言葉を五人へと浴びせるが、相手は怖じるどころか一層挑発的な態度を見せる。
「てめェら───、誰に向かってモノ言ってんだ。この俺を知らねェたァ、とんだド田舎モンだぜ」
「何だとッ!!そういうてめェは、一体何者だッ!?」
「へへッ、待ってたぜ…そのセリフ!一度しか言わねェから、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれッ。」
肩で木刀をとんとんと鳴らしながら、京一は不敵な笑みを作る。
「新宿、真神一のイイ男───超神速の木刀使い、蓬莱寺京一様とはこの俺のことだぜ!」
「(…京一…)」
「(何だかんだ言って、京一だってコスモの三人に負けない位、長い自己紹介してるよね)」
「(ひょっとして似た者同士なのかも…)」
京一と、道端で伸びているコスモ三人をかわるがわる見比べて、龍麻らはそれぞれに複雑な表情を浮かべていた。
「…やれやれ…」
同様の想いに捉われていたのだろう、醍醐は深々とため息をつくと、次いで自らの名を明かした。
「ちなみに、俺は同じく真神の醍醐雄矢だ。この名で引き下がってくれれば、無駄な労力を使わずに済むんだが…」
二人の名を耳にして、不良たちの間に戦慄が走りぬける。
「真神……」
「魔人学園の、蓬莱寺に、醍醐───!!」
「こいつら、帯脇さんが言ってた連中じゃ…?」
「へッ、生憎と俺はそいつの名を聞いたことはねェが、その帯脇ってヤツは、少しはモノを知ってるみてェだな」
歴然とした格の違いを見せ付けられて、不良たちは獲物を前に退却を余儀なくされた。
「ク…クソッ、一旦引き上げるぞ」
「えッ!?けどよォ…」
「真神が出てきた以上、帯脇サンに報告するのが先だッ」
「そうそう、さっさと帰って大将にでも泣きつくんだなッ。てめェら雑魚が何人束になろうと、所詮俺の相手じゃねェのさ」
「くッ……」
「てめェら…、中野・さぎもり高の帯脇サンを敵に廻したこと、必ず後悔させてやるッ!!」
「チッ、覚えてろよッ!!」
「けッ、不細工な野郎の面なんざ、覚えてられるかッ」
屈辱で胸を焦がさんばかりの彼らの背へ追撃の一言を放つと、京一は後方待機していた三人へ終わったぜと合図を送った。
「何〜だ、もう終わっちゃったの?期待してたのに…つまんないなぁ」
「ふんッ、お前までアン子みたいなこと言ってんじゃねェよ」
気楽なコメントをする小蒔に、さすがの京一も渋面を見せる。
「何にせよ、面倒なことにならなくて良かった。悪とはいえ、弱者を殴るのは俺の性に合わんしな」
「まぁ、そりゃ俺も同じだな。それより…、お前ら怪我はないか?」
京一は路上で所在無げにたたずむ少年と少女に、親しげに声をかける。
「は……はいッ!助けていただいて、ありがとうございました!!」
少年が深々と頭を下げるのに呼応して、背後の少女も心からの感謝の言葉を述べる。
「あの…本当に…ありがとうございます」
「いやなに、俺は当然の…─────────!?」
少女と何気に目が合った瞬間、京一から余裕という二文字が跡形も無く吹き飛んだ。
「どうしたの?京一」
「─────────」
不審に思った龍麻の問い掛けにも、全く反応を示さない。
どうしたのかと不安がる龍麻だが、小蒔はこの状態に陥った京一を今まで幾度か目撃しているので、心配ないよと軽い口調で笑いかける。
「どーせ、またスケベ心丸出しで女の子に見惚れてるってだけじゃない」
「ああ、成る程…」
「バッ、バカ!!そんなレベルの問題じゃねェ!!」
小蒔の説明に対し、京一はひーちゃんの誤解を招くような表現を使うなと、慌てて自分が相手の女の子を見て黙り込んだ理由を説明する。
「その微笑、その声……ま、まさか、本物の──」
ごくりと唾を飲み込んでから、京一は思い切って訊ねる。
「舞園さやか、ちゃん!?」
「あッ……はい」
女の子は素直にうなずくと、にっこりと微笑んだ。
「舞園さやかです…よろしくお願いします」
≪七≫
「ほ…本物だァ………」
「確かに……」
日頃テレビで見ているのと寸毫変わらぬ笑顔と声を前に、小蒔と醍醐も驚きを隠しきれず、ぽかんと口を開けてしまう。
「でも何で、本物のさやかちゃんがこんな所に?」
京一の疑問に、舞園は「それは…」と語尾を濁らせる。
「あ、ああ、そうだよな…アイドルには色々と複雑な事情があるよな。それより少年」
「はいッ」
「お前は一体、さやかちゃんの何なんだ?」
「あッ──済みません。僕は、さやかちゃんの同級生で、文京区、鳳銘高校一年の霧島諸羽と言いますッ」
京一の指摘に、はきはきとした口調で自己紹介をする。
「う〜ん、見事なまでに爽やかな少年だなぁ」
小蒔がしきりに感心するので、霧島は顔を赤らめてしまう。
「うふふ、小蒔ったら。それより、私たちもきちんと紹介しないとね。私は、美里葵。彼女が桜井小蒔で、もう一人は緋勇龍麻。私たちも醍醐君と蓬莱寺君と同じ、真神学園の三年生よ」
「よろしくねッ、霧島クン、さやかチャン!!」
「はい、よろしくお願いします!!」
元気良く挨拶をする小蒔に、舞園は緊張感からいち早く解放されたようで、その声はいつもの明るさに満ちていた。霧島は改めて五人に助けてもらったお礼をする。
「ははッ、気にすんなよ。こう見えても俺たち、さやかちゃんの大ファンなんだぜッ」
京一の言葉を真に受けて、霧島はすぐそばの龍麻にも無邪気に笑いかける。
「ということは、つまり緋勇さんも、さやかちゃんのファンなんですよね?」
「…え〜っと…それは……その…」
<つい1時間前まで名前も知りませんでした〜っていうのはいくらなんでも失礼よね…。かといってファンでもなかったのに、以前からファンですと嘘をつくのはもっと失礼だろうし…>
「もしかして……緋勇さんは、さやかちゃんのこと、ご存じないんですかッ!?」
「……ご…ごめんなさい……」
「それなら、今度発売になるCDを是非聴いてみて下さい。そうすれば緋勇さんもきっと、さやかちゃんの歌を好きになってくれると思います」
顔を真っ赤にして非礼を詫びる龍麻に、霧島は気を悪くするどころか、ここぞとばかりに舞園の魅力をアピールし始めた。その熱心さは、当の本人の舞園がたしなめる位で、
「もう、霧島君ったら。私のこと、そんな風に言ってくれなくていいのに…」
「あははッ、霧島クンって、いつもこうなの?面白いコだなぁ。何だかマネージャーみたいッ」
「えッ!?桜井さんにもそう見えちゃいますか…確かによく言われるんですよね…でも…」
霧島はどこまでも控え目に、五人に自らの役割を明かす。
「僕は、一応…その……さやかちゃんのボディーガードのつもりなんです…」
「もしかして…今日のような騒動がよくあるの?」
龍麻の問いに、はいと憂い顔で答える。
「でも、僕……」
「何だよ、男がそんな情けねェ面すんじゃねェよ」
仮にもボディーガードなんだろと、意気消沈気味の霧島の背中を、京一が気合を込めて一発叩く。
「は……はいッ!!」
「その調子だぜ。さって…そんじゃ、俺たちはそろそろラーメン屋へ行くか」
「そうだねッ!ボクもう、腹ペコだよ。あッ、もしよかったら、さやかチャンと霧島クンもどう?」
無邪気に誘いかける小蒔を、京一がバカだなと小突く。
「さやかちゃんがラーメンなんか食うわけ──」
「いいんですか!?」
「へッ?」
予想を裏切る舞園の言葉に、京一はまるで反応出来なくなる。
仕方なく、代わって龍麻がもう一度舞園の意志を問うた。
「あの、実は私も…少しお腹が空いてたんです。さっき、たくさん走ったし…。もしよかったら、私たちもご一緒して構いませんか?」
「ご飯は大勢で食べた方が美味しいし、喜んで」
二人の同道を快く承諾すると、舞園は心底嬉しいといった表情になる。
「思い切ってお願いしてよかった…。実は…お腹が空いていたのもあるんですけれど、皆さんともう少しお話したいなッて思ってたんです」
「なら、決まりだな」
醍醐はラーメン屋へ向かおうと号令をかけるが、龍麻がそれに待ったをかける。
「私たち何か忘れているような…」
「何かしら…」
「心当たりはねェな〜」
「それより早く行こッ」
もやもやとした謎を抱えつつ、結局は移動を開始した七人の背後から、搾り出すような雄叫びが聴こえてきた。
「ちょおッと待てええェッ!!」
「あ、そうだったわ」
ようやく疑問が解けたと、龍麻はぽんと手を打つ。
「何だお前ら…まだいたのか」
「知らん振りはないだろう。俺ッちたちは同志じゃないかッ」
面倒くさそうに相手する京一に、紅井は構わず語りかける。
「それにしても、やっぱり新宿じゃ真神戦隊には敵わないなッ」
「だから違うって…」
「あの…この方たちは皆さんのお知り合いですか?」
舞園の言葉を、全精力を傾けて京一は否定する。
「こんな妙なヤツら。知り合いでも何でもねェッ!」
「おいおい、随分な言い種だな。俺たちはあの日、熱い友情を確かめあった仲間だろう?」
「そうなんですか…?」
今度は霧島が京一に訊ねる。
「だから、そういう誤解を招く言い方をするんじゃねェッて──」
「何よォ。正義の味方のクセに心が狭いわね。そんなことじゃ、立派なヒーローにはなれないわよ」
「…………………」
これ以上話をした所で、ますます平行線をたどるだけだと悟った京一は、ただひたすら沈黙でもって応じる作戦に切り替えた。
「はッ、こんな所で道草を食ってる場合じゃないぞッ。この新宿には、まだまだ俺ッちたちの力を必要とするか弱き人々がいるはずだッ。行くぞ、ブラック、ピンク!!」
先程見事に返り討ちにあった場面を目撃しているだけに、龍麻は彼らの行く末に一抹の不安を感じてしまう。
「気をつけてね…この辺りは色々と物騒だから…」
「そういうあんたも頑張って修行を積めよ。そうすれば、いつか立派なヒーローになれる。コスモレンジャーはいつでもあんたの入隊を待ってるぜ」
「それじゃ、また会おう、我が永遠のライバルたちよッ!」
「じゃあねッ!!」
「やれやれ、どこまでも賑やかな連中だな」
「うふふ、相変わらず龍麻を仲間にしようと、熱心に誘ってたわね」
「誘ってくれるのは光栄だけれど…」
紅井の発言に困惑する龍麻を、小蒔がそそのかす。
「だったらさ、一度試しに入隊してみたら」
「おいッ、小蒔、冗談でも口にすんなよ…ひーちゃんがあいつらの仲間入りなんて、想像もしたくねェッ」
むくれる京一の様子に他の六人は一斉に笑い出し、お陰でますます京一の表情は不機嫌なものになる。
「ちくしょうッ、気分直しにさっさとラーメン食いに行こうぜッ!」
その京一の願いが叶ったか、この先はトラブルに巻き込まれることも無く、10分後には歌舞伎町のはずれに位置するラーメン店【王華】に無事到着する。
ゲストである舞園と霧島を中心に、龍麻と京一が右側に、左側には小蒔と葵と醍醐が腰掛けると、この店のカウンターはちょうど満席になった。
「わぁ、来た来たッ」
程無くして、それぞれの席の前には、この店ご自慢のラーメンがずらりと並べられた。熱々と湯気が立ち上るその姿に、高校生の旺盛な食欲は更に刺激され、しばらくはラーメンをすする音だけが店内に響き渡る。
「どう?さやかちゃん。ここのラーメンは?」
半分ほど食べ終えた頃、葵が舞園に訊ねる。
「はいッ。とっても美味しいです。こんな美味しいラーメン、きっと初めて…」
葵に笑顔で答えると、今度は舞園から龍麻に話しかける。
「おっしゃるように、ご飯は大勢で食べる方が美味しいですね」
「そうね、…ひょっとしていつも一人で食べているの?」
「決して一人ぽっちという訳じゃないんですけれど、普段は、どうしてもゆっくり食事を取る時間が余りないんです。例えば移動中の車の中とか、楽屋でとか…」
「…芸能人って大変なのね…」
「もう慣れてますから、大丈夫です。それより、蓬莱寺さん…さっきから不思議そうな顔をなさってますけれど、何か?」
「……さ、さやかちゃんが…本物の舞園さやかが──ラーメン食ってる…」
「え……?」
「バカッ、あったりまえだろッ!!この世に食べない人間なんて、存在しないじゃん」
「そん位分かってるぜ、でもなぁ…スーパーアイドルの舞園さやかがラーメン──しかも塩ラーメン食ってる姿を目の当たりに見たら…」
「そんなに意外ですか?それとも私…どこかおかしいでしょうか…」
突然の京一の言葉に、舞園は思わず箸を止めてしまう。
「そんなこと無いわ、さやかちゃんは高校一年生の普通の女の子だものね」
「葵の言う通りだよッ、大体、京一はさっきからくだらないコトばっかり言うんだから」
「いや、でも普通、感動するよなッ。ひーちゃん」
「私…私は…」
その時脳裏に浮んだのは、かつて自分を取り巻く人々が多く示した反応だった。
『あのコは普通の子じゃないから』
──違う…そうじゃない…
私は皆と同じ…───
その度に心の中で叫ぶ否定の言葉は、けれども自己に宿る得体の知れない《力》の自覚と共に色あせてゆき、いつしか他人を拒絶する氷の盾を装備することで自分を護るようにすらなっていた。
そんな自分に躊躇うことなく真っ直ぐ手を差し伸べてくれた人は──
<京一なのに……>
「ん?どうしたひーちゃん…」
「ひーちゃんはさ、キミのバカさ加減に呆れ返ってんだよ」
「何ィッ!?そんな訳ねェよな」
無言のまま、龍麻は小さくうなずく。
「へへッ、ひーちゃんはいつだって俺の味方だからな」
「あまり京一を甘やかすと為にならんぞ、龍麻。それと…どうした霧島。先ほどから食が進んでないようだが」
醍醐の指摘を受けて、葵が霧島の前の器を覗き込むと、確かにまだ半分以上手付かずのままだった。
「本当ね…どこか具合でも悪いのかしら…」
「あッ、いえ…そのッ…何でもないんですッ。それより、ここのラーメン、ホントに美味しいですねッ」
狼狽した霧島は、残りのラーメンを攻略するべく猛然と箸を動かす。
その勢いに圧倒される形で、六人も自分のラーメンに箸を伸ばし始めると、店内はまたラーメンをすする音だけで支配された。
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