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妖刀 第参話其ノ弐

 ≪四≫

 少し時間に余裕を持って行こうと家を出た龍麻は、集合時間の30分前には既に現地に到着していた。さすがに誰も来ていなかった為、一足先に桜見物をと、付近をちょっと歩いて見る。

「見事な桜……」

 喧騒を離れた所に一本の桜の大樹が今を盛りにといわんばかりに薄紅色の花を艶やかに咲き誇らせていた。
 そっと幹に触れると、中から大地の温もりが伝わってくるようである。その心地よさに思わず目をつむり、しばし桜の幹に身を委ねる。

<そういえば、桜の木の下には屍体が埋まっている…と誰かが言っていたわ。このままこうしていたら、私もこの木と同化して消えてしまえるのかしら>

 龍麻は自分の考えに胸がドキっとする。

<人知れず消えてしまいたい───昔もこんなことを考えたことがあったような…。そう思える理由は判らないし、いつの頃かも忘れたけれど、でも確かにあの時私は同じことを考えていた。それが叶わぬ夢と知りながらも…>


 遅刻したら罰ゲームとして大勢の前で歌を一曲歌えなんて馬鹿らしくてやってられるかと、遅刻の常習犯の京一も今回ばかりはかなり気合を入れて集合場所にやってきた。しかし早く来たら来たで、そのことを小蒔とアン子にからかわれるのは百も承知なので、頃合が来るまで近くで時間を潰そうと公園内をぶらぶらと歩いていた。

「んッ?」

 ふいに風の流れが変わっているような気配を感じて、自然と風上へと足を向ける。

「花びらがあそこだけ何かだかやけに舞い散っているよな……ッ!!」

 満開の桜の木の下に見慣れた制服を着た少女が桜の木と一体になっているかのように目を瞑り静かに寄り添っている。その彼女を包み込むように天からはらはらと薄紅色の花びらが静かに舞い降りていた。

<ひーちゃんか。何一人でぼんやりしているんだ>

 声を掛けようかと思ったが、あまりの儚さを伴った美しさに、自分が近寄ったら花びらごと龍麻が消えてしまうのではという漠然とした畏れがそのことをためらわせてしまった。

 やがて薄紅色の吹雪がかき失せ、それと同時に龍麻が桜の木からそっと離れた。
 その白い頬は、桜と同じ様に微かに薄紅色を差し、黒い瞳は桜の魔性に魅入られたかのように中空をぼんやりと眺めながら、名残を惜しむように落ちてくる幾ひらかの花びらをいとおしげにそっと手の平で受けている。
 その光景の一部始終を見ていた京一は、常の龍麻とは違うその艶やかさに、一瞬桜の花の精が彼女に化身して現れたかという錯覚に囚われてしまいそうだった。



 ふいに龍麻が誰かに気付いたらしく、いつもの穏やかな表情に切り替え手を振って合図を送る。現れたのは、同じく制服姿でやってきた葵だった。

「早かったのね、緋勇さん」
「まだ引っ越してきてすぐだから、あまり土地勘も無いし。心配だから早めに家を出てきてしまったの」
「それだったら一緒に来れば良かったわね。ごめんなさいね、気がつかなくて」

 葵が表情を曇らせたので、お陰で一足先に見事な桜を楽しめたし、と笑顔で言葉を返す。

「…ありがとう。あの……あのね、私、緋勇さんにどうしても相談したいことが有るんだけれど…迷惑かしら」

 龍麻が優しく促すので、葵はもう一度礼を言うと、胸の中に仕舞い込んでいた悩みを静かに語り始めた。

 突然自分の中に目覚めた《力》、それは常に自分の心に呼びかけてくる。暖かい気持ち、優しさ、慈しみ、心地よい温もりを伴って…。
 だがそれに身を浸しているうちに、私が私で無くなってしまうのではないかという不安が、錐のように鋭く胸を突いてくる…。そして、いつか皆のことも忘れてしまうような、そんな予感にも駆られ──

「このまま、いったい私はどうなってしまうの?第一、この《力》とは一体何なのかしら?」

 何一つ確かなことが分からないもどかしさだけが、苦く葵の心にたまっていく…。

 葵の話を聞いていて、龍麻も胸が抉られるような思いがした。
 昨日までは、ごく普通の生活をしていたのに、それが一夜にして過去形となってしまったことへの哀しみ、憤り。
 自分も同じだった。他人に比べれば、多少波乱万丈といった所もあったが、去年まではまずまず普通に学生生活を楽しんでいたのだ。
 それが、突然自分の中に現れた人には無い《力》。そのことによって龍麻自身に普通の学生生活を諦めさせる位の忌わしい事件が起こってしまった。
 そして新たな《力》に目覚めるごとに、元の自分が侵食されていくような恐怖。

「私怖いの。いつかこの《力》で緋勇さんを、皆を傷つけるようなことが起こったら…」

<この人の恐れは私と同じだ>

 そう思うと、龍麻は無意識の内に葵を抱きしめてしまった。

 初めは驚いた葵だったが、龍麻が放さないのでそのまま目をつぶっていると、自分の早鐘を打つかのように高まっている鼓動と、同じようなリズムを刻んでいる龍麻の鼓動が心地よく同調していた。

 そして同時に、葵の心の中に、ほんの少しだけだが龍麻の纏っている憂愁の感情が入り込んできた。

<──そう、緋勇さんも私と同じ悩みを持っていたのね>

「…ごめんね、美里さん…」

 葵にはそのごめんが、二通りの意味を持っていることを正確に掴んでいた。

<ううん、私はこうしてあなたにすがれたけれど、あなたは今までひとりぽっちでこの恐怖と戦っていたのね>

 もう先程までの恐怖感は薄らいでいた。
 仲間がいる、本当にそのことだけでも、どれ程気持ちは救われるのだろう。

<今度は私が、その想いを彼女に伝えたい>

「有難う、龍麻」

 葵は自分を気遣ってくれた優しい友に、最大の感謝の気持ちも込めて名前で呼んだ。




 ≪伍≫

「それでは、転校生緋勇龍麻さんの歓迎の意を込めて、乾杯!!」
『乾杯ーー!!』

 マリアが6時ピッタリに現れたのを最後に全員勢ぞろいしたので、手頃な桜の木の下で京一の音頭の元、花見が始まった。葵と醍醐が飲み物を、小蒔とアン子とマリアは食べ物をそれぞれ少しずつ持参してくれていた。

「メインの緋勇さんはいいとして、京一、アンタだけよ手ぶらで来たの!」

 酒なら持って来るという京一の反論に、アン子と小蒔のダブルの拳が飛ぶ。
 弾ける笑いの渦の中、マリアは表情を正し龍麻を見据える。

「犬神先生から聞いたのだけれど、緋勇サン、あなた何か武道をやっていたのかしら。とても強いって話だけれど」
「えッ、あの…父方の実家が古武道の家元なので、形式だけ一応…嗜み程度です」

 マリアからの意外な質問の上、犬神先生が何故知ってるのかというのも疑問だったが、そのことをマリアに問い質すのも気が引けたので、差し障りの無い範囲で正直に応える。
 一同は、龍麻の父方が古武道の家元だと初めて知り、彼女の強さの一端を見た気がする。

 正確には龍麻が武道を習ったのはここ三ヶ月強のことで、しかも師匠は父の友人である鳴瀧だった。
 それでもやはり武道家の血筋が影響したのか、龍麻の上達振りは非常識な位速かったので半分正解といったところではあった。

「あれが嗜み、ていうレベルか?おっかねェなー」
「フフフ、蓬莱寺クンたら、レディーにそういう言い方は失礼だし、先生も強い女の子は好きよ。でもネ、緋勇サン。力が強いだけでは本当の強さとはいわないわ。人に対する優しさ、くじけない勇気。ココロの強さが本当の強さと言えるんじゃないかしら。もしアナタがこれから先大切なものを護りたいと思うのならば、尚更このことを覚えてていてほしいの」

 自分の欠点を見透かされている、やはりマリア先生も犬神先生も只の公立高校教師とは思えない。そう龍麻は心の内に刻み込んだ。

「ま、いずれにしてもあんまりケンカすんなってことだな」
「それは蓬莱寺クンにも言いたいわネ。ふふ、とにかく縁あってこの学校に来たのですもの。一年間頑張りましょうネ」
「今年は高校最後の年ですものね。色々といい思い出をつくりましょう、龍麻」
「さっすが葵、生徒会長にしてクラス委員っていう見事な発言。でも、あれッ、いつの間に緋勇さんのこと、名前で呼ぶようになってんの??」
「ふふふ、内緒よ」

 そう微笑む葵の髪の上や、皆の飲んでいる飲み物の紙コップの中にも雪のようにひらひらと花びらが落ちてくる。その風流な様子に一同はしばし黙って桜の木を眺めていた。


 その静寂を、突然若い女性の悲鳴が打ち破る。

 少し離れた所で俄かに騒ぎが起こったらしいが、そのただならぬ様相に、醍醐と京一が様子を見に行こうとしてマリアに止められる。

「もしかしたら、犬神先生の言っていたことって、このこと?!」
「犬神先生が何かおっしゃったの、遠野サン!」
「はい、中央公園に桜以外の物が散らないといいな、と。それにミサちゃんの占いも気になるし、やっぱり見に行きましょうよ!」

 そう言い放つとアン子は素早くカメラを持って現場に駆けつけようとした。更に他の5人の真剣な表情を見て、止めることは不可能と悟ったマリアは、自分も同行することで現場に行くことを許可したのであった。



「うッ、この臭いは…」

 龍麻と京一と醍醐は嗅いだことのある、あの臭いに肌を粟立たせた。
 他の四人もその様子に身を強張らせ周囲を注意深く窺う。

 満月に近い月は赤みを帯びて禍禍しく宙に浮かび、桜の花びらも先程よりも、より一層魔性を感じさせる艶やかさを増し舞い散っていた。
 そして、それらをも眩ますほどに妖しく光るモノが全員の目に飛び込んできた。

『村正ッ!!』

 白銀の三日月を思わせる優美な曲線の刃からは、たった今付いたと思われる鮮血が滴り落ちていたが、それでもまだ血を吸い足りないといわんばかりに、貪欲なぎらぎらとした光を滾(たぎ)らせている。それを握っている男の目にも狂気の光が宿っており、誰の目にも普通の通り魔事件ではないことは明白だった。

「てめえッ、そいつで人を斬りやがったな」

 愛用の木刀を手に、京一が怒りを込めて構える。
 龍麻も尋常ではない敵を前に、ついに制服のスカートのポケットから黒い皮に和刺繍の施された手甲を取り出し、慣れた手つきで左右の手に装着する。
 二人の様子を見て、醍醐らも臨戦体制を整えようとする。

「ちょ、ちょっと、お待ちなさい皆。そんな危険なマネをさせる訳にはいかないわ」

 マリアが一同の前に立ち塞がる。

「先生、危ないから退っていてください」
「だめよ、醍醐クン。私は皆のクラスの担任です。だから皆を護らなければなりません」

 だがマリアと醍醐が押し問答をしている隙に、剣鬼と化した男が背後からマリアを絡め取る。

「うッ…」

 マリアを人質に取られた形で、一同は身動きが取れなくなってしまう。
 咽喉元に村正を突きつけられ、マリアも顔面を蒼白にした。

「ワ…ワタシはいい…から、皆、早くお逃げなさ…い」

 それでも尚気丈に、マリアは教え子たちの心配をしている。
 その捨身の姿に龍麻の、今ここで自分の《力》を晒すことへのためらいは全て消えた。

「そんなことできるわけないじゃないですかッ!絶対、絶対に助けてみせます!!」

 龍麻がここまで感情をあらわにさせる姿を見せたのはこれが初めてだった。その奔流する《気》にあてられ、その場にいた者全員が凍りついたように立ち尽くす。

「───!?」

 剣鬼がわずかな怯みを見せた間に、マリアは素早く相手の手に噛み付き、その魔手を振り解いてこちら側に逃げ帰った。

「先生、無事で良かった。今度はもう俺たちの後ろにいてください」
「…エエ。皆の闘いを見届けさせてもらうわ…」

 マリアはちらりと龍麻を見ながら返事をしたが、息を荒く切らしているので、言葉までははっきりとは伝わってはこなかった。


 気がつくと剣鬼だけではなく、血の臭いと陰の《氣》に魅せられたのか、周辺の野良犬たちも血走った目をして7人の周辺を囲んでいるようであった。数の上では圧倒的に不利であり、しかも背後には非戦闘員であるマリアとアン子がいる以上、短期決戦が肝要だと思い、龍麻は即座に作戦を四人に伝える。

 脇の野良犬は出来るだけ無視して、ただ正面突破だけを心掛けること。
 その突破口を開くのは遠距離攻撃の可能な小蒔の役目であり、足の速い自分と京一はその間隙をぬって剣鬼に闘いを挑む。
 醍醐はその背後で防御の高さを生かして、近寄ってきた敵を撃退及び女性陣のガード役。
 葵は最初に防御力を上げる術を使った後は、味方の回復役に徹すること。

 以上をきびきびと指示した上で、隣に並ぶ京一に囁く。

「出来るだけ剣だけに攻撃を当てて頂戴」
「何でだよ?」
「…あの人は妖刀に操られているだけ。だから、京一君や私の技をまともに喰らうと、下手したら…即死する」
「了解。ちょっとコントロールが難しいが、ま、あの剣を奴の手から落としてしまえばゲーム終了ってところだな」
「それじゃあいくよッ!嚆矢ッ!!」

 合戦の際の合図に用いられた鏑矢(かぶらや)の如く、超高音を響かせて一直線に飛んでいった矢は、人間より耳の良い犬にとっては、想像以上に三半規管にダメージがきているようで、たちまち酔っ払ったような足取りに変わり、最早真っ直ぐにこちらに向うことすら叶わないようであった。

「ナイスだ小蒔、喰らえッ剣掌・発剄」

 尚も行く手を阻む野良犬を、剣先から剄力を飛ばしさらに道を広げる。
 拳で放つ発剄に比べ、ピンポイントを狙うのは至難であったが、その分広い範囲を攻撃するには適しているようであった。

 二人の立て続けの攻撃で前方が開けたので、龍麻は最前線へ飛び出した。
 その直後、葵の術が発動する。

「体もたぬ精霊の燃える盾よ、私達に守護を…」

 美しい緑色の光が降り注ぐと、京一と醍醐の体に薄い膜が出来たように光の衣が身を包んだ。
 しかし、龍麻はその数歩先に出ていた為、術の効果範囲から外れてしまった。

「あっ、緋勇さん、危ないッ!」

 剣鬼の正面に立った龍麻に、容赦なく村正が振り下ろされる。

 ガツと鈍い音をさせながら、辛うじて手甲でその刃先を受け止める。
 しかしその衝撃と、直に拳に伝わる陰の《氣》の強さに、龍麻は端正な顔をしかめた。

何故、我を拒む。汝と我は徳川を憎むことでは志は同じではないか!

 剣鬼が虚ろな瞳を向けて龍麻に話し掛ける。

<私が、徳川を憎む?それって一体どういう意味!?>

 村正の陰の《氣》にあてられ態勢を立て直す間も無く、二撃目が閃く。

 常ならば避けることも簡単だったろうが、一撃目の衝撃が癒えていないので俊敏な動きは期待できなかった。しかも防御術が届かなかった龍麻に、この攻撃が致命的なダメージに繋がることは明白であった。葵の悲鳴が龍麻の耳に入ってくる。頼みの京一らもまだ攻撃が届かない位置にいる。

<さすがは村正…。それにしても、こういう場面が前にも遭遇したような…>

 自分の目の前に振り下ろされる剣を、他人事のように冷静に見つめる龍麻の背後から、醍醐が龍麻の真似で、自分の《氣》を剣鬼にぶつけた。

「グアッ」

 訓練された発剄ではないので、威力こそ龍麻や京一には劣るが、それでも元は生身の人間であった剣鬼には応えたのか、攻撃の手が緩む。

「今だ、緋勇」
「ええ、雪蓮掌!!」

 体内で練った《氣》を凍気に変じて、それを拳に纏わせ村正の柄に絶妙のコントロールで当てる。
 当てられた凍気は柄と剣鬼の手元にあたかも雪の中で蓮の花が咲いたように一瞬のうちに広がり、その冷気に耐えかねて剣鬼が力なく村正を地面に落としてしまう。
 その剣を龍麻がすかさず足先で少し離れた所に蹴飛ばすと、剣鬼はまさに精も魂も尽きたといった具合に意識を失って倒れた。



「へえ、これが伝説の村正かー」

 感心しながら妖刀に近寄ろうとする京一を、龍麻は厳しく制する。

「この剣に触れては駄目。陰の《氣》に呑まれてしまうわ!」

 ましてや剣の使い手である京一が万が一村正に魅入られたら、それこそ万事休すである。

 龍麻は全身の《氣》を、呼吸を整えつつ高め、全身から白く輝く光を発するのを確認すると、慎重に村正の柄を握る。陰の《氣》が持ち主を呑み込もうと襲い掛かってくるが、それを自身の陽の《氣》で打ち消して、その妖気を押さえ込む。

「大丈夫か、緋勇」

 心配そうに醍醐が近付いてくる。

「…大丈夫。これは結跏趺坐といって、禅に由来する呼吸法で自分の体内の治癒力や陽の《氣》の力を高める遣り方なのよ。これなら村正の妖気に対抗できる筈…、えッ────?」
「ひーちゃん!」
「龍麻!」

 龍麻の頭の中には、妖気とは違う、別の《氣》が流れ込んできた。

<これは、村正の本来の意思…。哀しみに満ちた想い。そうか、そうよね自分から妖刀になろうと思った訳では無いものね。これを悪事に振るう者がいたから、お前は呪われた刀に変えてられてしまった…>

「龍麻、大丈夫?」

 葵の不安そうな言葉に、もう大丈夫と重ねて応える。

「…この刀は私が処分するわ」
 決意に漲った表情を見せる龍麻に、周囲は反対を唱える気も無くなっていた。
 皆が固唾を飲んで見守る中、龍麻は祈るように村正を掲げ、そして自分の中で最大限に高めた陽の《氣》を刀身に送り込む。

 今は朧に霞む月と同じように淡い白銀の光を放ち始めたその刀を、気合一閃地面に向って叩き付けると、村正は水晶が砕けるかのように美しい破片を撒き散らしながらゆっくり空気に溶け込んでいった。
 その様子をまるで神聖な儀式に立ち会ったかのような厳粛な面持ちで、全員村正が消え行くまで只黙って見詰めていた。


「終ったな──」

 陰気に対抗する為《氣》を使いすぎたのか、やや青白い顔色をしている龍麻の肩を、京一は優しくぽんと叩く。

「──ホント、大した女だよ、お前は」
「そうね、とりあえず文化財保護法違反、遺失物損害で訴えられることは間違いないわね」
 後、銃刀法違反も付け加えられると、疲労の濃い顔を少し歪める。
「いや、そうじゃなくて…」

 少し離れた所に立っている醍醐も龍麻と同様、顔を歪めざるを得なかった。
 巻き込まれたとはいえ、自分たちの異様な《力》をアン子とマリアに目撃されてしまったのである。 二人にどう説明すればよいのか見当もつかず、

「先生、今日のことはどうか内密にして下さい、お願いします」

 まるで叱責されている子供のように、醍醐はひたすらマリアに頭を下げた。

「醍醐クン、お止しなさいそんなカオをするのは。アナタ達は英雄なんだから、もっと胸をはって堂々となさい」

 マリアは慈愛に満ちた表情を、たった今常識外れな《力》を見せた5人に向けると、噛んで含めるように語った。

「《力》というのはね、使う者がいるからそこに存在するの。アナタ達に何故こんな《力》が宿ったかはワタシには分からないけれど」
「マリア先生…」
「…アナタたちは自分の信じた道を歩みなさい。気をしっかり持って自分を見失わなければ、きっと道は開けるはず。ワタシは真神の生徒であるアナタたちを信じています。モチロン、今日のことはワタシと遠野サンの胸の内にしまっておきます。いいですね、遠野サン」
「は、はい勿論。…なッ何よー、あたしが友達を売り渡すとでも思っているの?」

 『まさか』と五人は口をそろえて否定はしたものの、この先このネタでアン子からゆすられる日も近いかと思えば心穏やかにはならず。そんな五人の予感を裏付けするかのように、アン子は嬉々として現場の写真を撮り始めた。

「まさかアン子ちゃん、それ新聞にするの?」
「安心してー、皆の名前はちゃんと伏せておくから」
「遠野サン。学校の新聞としては少し過激すぎるんじゃ…」
「先生!読者は今刺激を求めているんです。その欲求に応える為に、あたしはこうして日夜取材に励んでいるんです!!」

 アン子の勢いにマリアもそれ以上の反論を封じ込まれてしまう。六人に構わずパシャパシャとアン子がシャッターを切る音に重なって、遠くからパトカーのサイレンが近付いてくるのが聞こえてきた。

「ようやくお出ましか…。しかし警察の事情聴衆に応じるのも厄介だし、ここは退散するとしよう」
「でも、気絶しているこの人はどうすんの?」
「ほっとけよ小蒔、後は警察の人が何とかしてくれるぜ。おい、アン子も暢気に写真撮ってるんじゃねェ、帰るぞ」
「皆は先に帰ってて。へへッ、情報提供で金一封って言うのも悪くないわね。そこからジャーナリストとしての道が開けたりして」

 妄想に突っ走っているアン子を説得するのは不可能と見た一同は、目で醍醐に合図を送ると、醍醐にアン子を担がせて一目散に公園から逃げ出した。

「ちょっと、変なトコ触んないでよー。もー腹立つー!!」

 あたしの金一封〜と騒ぐアン子に、醍醐が悲鳴を上げる。

「痛てて、暴れるな遠野」
「フフフ、本当に大したものだわアナタたちは…」

 マリアは走りながら、満足そうに笑みを浮かべていた。

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