≪壱≫
自室のベランダに続く窓から、今日は真円を描いている月を龍麻は身じろぎもせず眺めていた。
日頃月に特に興味を抱いていた訳ではないが、今宵の月はやわらかい銀色の光を地上に投げかけ、その美しさにしばし見惚れていたのだった。
奥に置かれているステレオからは、そんな月に捧げるかのように静かにショパンの夜想曲が流れている。自分の大好きな第十七番『月下香(チュベローズ)夜想曲』。
「久しぶりに弾きたくなっちゃったな。でもピアノは実家に置いてきたし」
仕方が無いので電気を消しフローリングの床の上にころんと仰向けに寝転ぶ。
妖しいまでに青白い月下香のようなピアノの旋律に身を浸していると、瞼の裏にはこの一週間の出来事が次々と浮んできた。
転校からわずか一週間、なんて目まぐるしく事件が次々と駆けていったのだろう。それを考えると、今一人で過ごすこの穏やかな時間が嘘のように感じられる。
「皆は今頃どうしているのかしら…」
昨晩の花見の宴で遭遇した事件を思い返す。
確かにあれは災難だったが、しかし、あの時月明かりと桜吹雪の下で同じ《力》に目覚めた五人は心を一つにして戦った。気負って飛び出した為に危うく刃の餌食となりかけた自分を皆は助けてくれた。そんな奇妙な《力》を持つ自分達をあるがままに受け止めてくれたマリアやアン子。
明日からはまた学校が始まる。でも、先週とは違う。
先週の今の時間は憂鬱でたまらなかった。でも今は…。
「皆を、…仲間を護る為に《力》を使いたい。もし私にそれが出来るのならば…」
この三ヶ月以上ずっと一人で暗闇を駆け抜けていた龍麻にも、同じようにあまねく優しい光が降り注いでいると、今宵の月光はささやきかける。
同じ頃────。
渋谷のとある建築現場の頂上では、黒いコートに身を包んだ長髪の若者が、無秩序に奏でられる街の喧騒を踏ましめるようにたたずんでいた。
「この東京には汚れしかない。犯罪・公害・そして自然に対する畏れを忘れた傲慢な人間共。今こそ神から与えられ大いなる《力》による裁きが必要なのだ…」
彼は自分の背後に浮かぶ月を一顧だにすること無く、人工的な街の灯りをただただ忌々しげな目で見下ろし続けていた。
≪弐≫
大半の生徒にとって一週間のスタートである月曜日は憂鬱なのか、授業終了と共にやれやれといった溜息が教室内に広がった。部活に急いで向う者、明日の化学の宿題のレポートのことをぼやきながら帰宅する者、これから何処かに連れ立って出かけようとする者達でざわついている中、龍麻もいそいそと鞄の中に教科書を詰め込んでいた。
<ふふふ、今日はこれから音楽室行ってピアノ弾かせてもらおうっと>
珍しく頬を少し緩ませ気味の龍麻に、クラスメイトの女子生徒はマリア先生が呼んでいたと非情にも告げる。
「…そう。わざわざありがとう」
その場に居合わせた生徒たちの目を釘付けにする程の憂い顔を浮かべたとも気付かず、龍麻は教室を後にした。
「失礼します」
一礼して職員室に入ると、そこにはマリアが一人座って待っていた。
「わざわざ呼び出してゴメンなさいね。他の先生方は会議中だから、空いている席に適当に座ってね」
<マリア先生は出席されないでいいのかしら>
多少マリアの言葉に不審を感じなかった訳ではないが、それじゃあ遠慮なく、とマリアの隣の席に腰をかける。
<ひょっとして一昨日の事件のことだろうか…>
だが、龍麻の思惑とは違って、学校生活は楽しい、とか友達は沢山出来た、とか勉強は問題ないわね等々、当り障りのない平凡な質問ばかりが繰り返された。
何故今更こんな話をと、徐々に湧き上がる疑念を胸に抱きつつマリアの碧眼をじっと見る内に、だんだんと頭の中に霞がかかったようにぼうっとしてきた。
「───龍麻、年上の女性は…好き?」
最早、一担任のする質問の域を越えていたが、その時にはマリアの質問内容やいつの間にやら名前で呼ばれていることに気を取られる余裕は無かった。
このままでは気を失う、頭の片隅でそう自覚した為、結跏趺坐の呼吸法で《氣》を整えようとしたが、そのままふらっとマリアの方に体が倒れこむ。
「フフフ、嫌いじゃないってことかしら」
マリアの朱唇が、両腕で支えている龍麻のか細いうなじに触れるか触れないかといった時、ふいに職員室の扉が開かれた。
「───!!?」
「おや、真神の誇る美少女が若い美人教師と二人っきりで職員室の中で抱き合っているとは余り感心しませんなぁ」
「……犬神先生、何故ここへ…」
マリアは声こそは努めて平静を装っていたが、その瞳からは驚愕と苛立ちが読み取れた。
「いやだなあ、僕がいくらルーズな教師だからって。ただ、廊下で煙草を吸うのは生徒達の手前拙(まず)いので職員室で吸おうと戻ってきただけですよ。…そんなに怖い顔をなさると折角の美人が台無しですよ。うん?緋勇は具合が悪いんですか?」
龍麻は、近寄ろうとする犬神に気丈に首を振る。
「いいえ、もう大丈夫です。お気遣い済みません」
「…今日はもういいわ。疲れたでしょうから、この続きはまた今度にしましょうね、緋勇サン。お気をつけてお帰りなさい。…最近は物騒なことが多いから」
二人に一礼して職員室から教室に戻る頃合には、頭の中のもやはすっかり消え去っていた。
<さっきは一体…妙な感覚だったわ。ぼんやりしていたからはっきりとは覚えていないけれど、もし犬神先生が来ていなかったら、私…>
「用事は済んだのか、だったら一緒に帰ろうぜ。ついでにラーメンでも食ってよ」
「うん、いいわよ京一君」
もう今日はこれ以上学校に残ろうという気力が失せた龍麻は、まだ教室に残っていた京一からの誘いをあっさりと承諾した。
京一は満面の笑みを浮かべ、近くにいた小蒔にも声を掛ける。
小蒔もラーメンと聞いて『勿論行くよッ』とこちらも二つ返事で返ってきた。
「美里も行こうぜ」
「えッ、私も一緒でいいの。…嬉しいわ」
葵は生徒会長である身で校則違反することの良心の呵責よりも、今は不思議な体験を共にした仲間達と過ごしていたいという気持ちが強かった。
「となると、声を掛けてねェのは奴だけか…。おッ戻ってきたぜ、おい醍醐!!」
醍醐も勿論参加するということでいざ五人で出発、という時にアン子がにこにこと笑みを浮かべながら登場する。
「皆揃っているのね、丁度良かった。…私の頼み、聞いてくれない?」
龍麻は条件反射的に首を縦に振ったが、残りの四人はまともにアン子と目を合わそうともしない。
「チョット何よー。やっぱり頼りになるのは龍麻だけね、本当イイ女なんだから。お礼に真神新聞第三号進呈するわ。で、他の皆はどうなのよ?」
「ボク聞きたくない…」
「俺も同感だぜ。絶対ロクなことにならないから」
「情けない人達ね。醍醐君あなたはどうなの?」
「そうは言われても、俺達はこれからラーメン屋に行くところだし」
自分の答えが断りの返事に全くなっていないことに醍醐は気付いていない。
「あたしの話とラーメンと、どっちが大事だって言うの!?」
「……」
墓穴を掘りかけている醍醐に替わって、京一が『ラーメンに決まってんだろ』と答える。
「こいつの味方したら、コキ使われるだけだって、なあひーちゃんも思い直せよ」
しかし龍麻は、花見の時の借りもあるし、特に断るべき理由を見出せないので黙りこくってしまう。
「何だよそんなこと無いっていうのか?分かってねェな。アン子を普通の女だと思っていると酷い目に会うぜ。何せ特ダネの為なら何でもやる女だからな」
「言いたい放題言ってくれるわねー。……分かったわ、皆まとめてラーメン奢って上げるから、あたしの話を聞いてくれるでしょ」
奢りと聞いた瞬間、京一の目の色はものの見事に鮮やかに変わる。
醍醐はそこまでしてくれるのならと低く唸る。
「遠野が俺達にラーメンを奢ってまで聞いて欲しいとは、余程俺達の手を借りたいらしいな。どうする皆?」
「ふっふっふ、苦しゅうない。この蓬莱寺京一にどーんと任せなさい」
「よッ、真神一の伊達男」
結局の所、すっかり乗せられている京一を先頭に全員でラーメン屋に向うことにした。
≪参≫
威勢良く先陣を切って歩いていた京一の足が、校門に差し掛かったところでピタリと止まった。
「どうかしたの、京一君?」
いぶかしむ龍麻の視線の先には、先程職員室で会った犬神が立っている。
「そういえば、犬神先生、さっきミサちゃんと廊下で話してたわね」
「マジかよ。犬神と裏密の組合わせだなんて…世界を破滅させる計画でも練っていたのか」
アン子の話を心底ぞっとするという面持ちで応える京一に、犬神は聞こえているぞと冷ややかに言う。
「さすが、犬並みの聴覚をお持ちで…」
「お前にしては面白い冗談だな。だが俺は生憎鼻も犬並に効くことを忘れんようにな」
「へいへい」
とことん不真面目な返事をする京一を無視して、犬神は自分の上着のポケットをまさぐる。
出てきたのは金箆(こんべい)という密教の儀式で使用される仏具の絹布だった。それを無造作に龍麻に渡す。
「裏密からお前に渡すようにと頼まれてな。それとちょっと面白い話を聞いただけだ。何でも未(ひつじ)の方角に獣と禽(とり)の暗示が出ているそうだ」
「未…」
謎掛けとしか思えない単語の羅列に黙り込む龍麻に代わって、アン子が口を挟む。
「未っていうと、ここから南西の方角ね、ふむふむ。先生、ミサちゃんは他に何かいってませんでしたか?」
「俺が聞いたのはそれだけだ、遠野。…まっ、とにかく、あまり寄り道をせんことだな」
それだけ言い残すと、煙草を燻らせながら校舎の方へと引き返していった。
「やっぱり犬神先生って謎よねー。よし、今度は犬神先生の密着取材を敢行しようっと」
「それはいいんだけれど、この布どうしようかしら?」
何に効き目があるのか全員さっぱり見当もつかなかった。
裏密の贈り物なんて不吉だから捨てちまえば、と京一は無責任な発言をするが、わざわざくれた物を粗末に扱うことは出来ないと、龍麻はその言葉を一蹴する。
「そうね、リボンみたいに髪に結んだらどうかしら」
葵のアイデアを聞いて、小蒔も賛同する。
「あッ、それカワイイかも…。ひーちゃんならセミロングだから十分結べる長さだし」
葵は鞄から櫛と鏡を取り出すと、手早く龍麻のサイドの髪を残して後ろ髪を括り、そこに金箆を蝶結びにして結わえる。
「ありがとう葵。どうかしら、おかしくない?」
照れ笑いを浮かべて龍麻は軽く髪を梳き上げる仕草をすると、風に乗って結ばれた髪がふわりと宙を舞う。
「あら────龍麻、首筋に赤い痣があるわよ?」
「えッ、本当!?」
鏡を見せてもらうと、たしかに小さな赤い痣が二つ並んでうなじに付いていた。
「もう虫刺されの季節なのかしら、やだわ」
帰りに塗り薬を買ってかなきゃ、とぶつぶつ言っている龍麻の背後にさりげなく京一が廻り込む。
想像以上に白くすっきりと細いうなじに一瞬目が眩んだが、問題の痣を見て更に驚愕する。
「お前、この痣って…」
「何、そんなに酷いかしら。となると、蚊の仕業じゃないのかもしれないわね」
そんなんじゃねえよ、と言おうと思ったが、無邪気に虫のせいにしている龍麻の様子を見て、言葉を引っ込めた。
<間違えねェ、こいつは───キスマークだ。畜生、誰なんだよ、俺のひーちゃんの清らかな首筋にこんなもんつけた奴はッ!!!……でもこの様子だとひーちゃんにも身に覚えがなさそうだし、本当に誰が、どうやって……つーか、犯人を見つけたら半殺程度じゃ物足りねェ>
と、ラーメン屋までの道すがら、京一は龍麻のうなじに注視しつつ悶々と考えにふけるあまり、
「気味の悪い人ね、さっきから龍麻のうなじをじっと見て。どーせまた良からぬことを想像しているんでしょ、このスケベは。ほらほら、離れて離れて」
ついにはアン子に追っ払われる始末だった。
ラーメン屋の店内で一同はアン子にラーメンを奢ってもらいながら、約束どおり話を聞くことにした。
「まずはこれに目を通してくれる?」
そう言うと、鞄から今朝の朝刊を取り出す。真っ先に食べ終わった京一がそれを受け取り、アン子に指示された箇所を朗読する。
「えっと、なになに…『渋谷住民を脅かす謎の猟奇殺人事件、ついに9人目の犠牲者』『いずれの被害者にも全身の裂傷と眼球損失、内臓破裂の共通点』ってこりゃひでえな」
「私も今朝読んだわ。しかも現場には必ず鴉の羽が散乱しているって…警察も全力をあげているらしいけれど、今だ目撃者も現れないって」
葵は今の自分の言葉に食欲が減退したのか早々に箸を置いてしまう。
「アン子の頼みごとって、まさかボク達に犯人を捕まえてってこと?」
一方、小蒔はスープまできっちりと飲み乾してからアン子に話し掛ける。
「まさか」
行儀悪く足を組んだままラーメンを啜っていたアン子は、小蒔の問い掛けをきっぱり否定した。
「それは公僕の仕事でしょ。あたしが頼みたいのは、この事件の真相究明の手伝いよ」
「俺は反対だな。この事件は殺人事件として警察が捜査しているんだ。今更一介の高校生が首を突っ込むべきではないと思う」
「相変わらず堅いわね、醍醐君は。私としては、この事件を安易に猟奇的といって片付けて欲しくないのよ。現に私達の周辺だって奇妙な事件が続いているでしょ、旧校舎のことや先週の花見の出来事やら」
「遠野さんはこの東京に尋常ではない状況が起きつつある、とでもいいたいの」
「ふふふ、その通りよ龍麻。ま、半分は期待を込めてって所だけれど。でも現実問題として今年に入ってから奇妙な事件が立て続けに起こっているわ。しかも、被害者の大半が私達と同じ高校生…。だからこそ、あたしは一つでも真相を暴いてやりたいのよ!!」
ドンッと卓上を叩いてまでふるうアン子の熱弁に、醍醐は取り敢えず話を聞こうと譲歩した。
「殺害されていた現場での決定的な特徴といえば、散乱している鴉の羽…。だからまずは過去に鴉が実際に起こした事件について調べてみたの」
何年か前、品川で運悪く巣から落ちた鴉の雛の横を、知らずに通った主婦が親鴉に襲われ全治一週間の怪我を負った。北海道では放牧されていた馬の出産したばかりの子馬が鴉の集団に食い殺された…などなど。
「次に鴉の生態についても調べてみたわ。鴉の嘴や爪は猛禽類にも劣らない鋭さを持っているから肉や皮膚を切り裂くのは容易だわね」
「でもアン子ちゃん、鴉が人を襲うのは主に雛の養育期。それも雛を護ろうとする時のみでしょう」
「さすがは美里ちゃん。たしかに通常はそうだわ。でもね、今回の事件は鴉の捕食行動との共通点が多すぎる──例えば眼球損失」
「だからってさ、鴉が襲ったなんて非現実的すぎるよ。ひーちゃんもそう思うでしょう」
<確かに鴉が人を襲うなんてナンセンスな三流ホラーの世界かもしれない。でも、背後に別の理由が有るのならば或いは…>
龍麻の真剣な表情に小蒔は驚く。
「嘘、ひーちゃんまで本当にそんなことが有ると思っているの」
「無いとは言い切れねェだろ」
黙っている龍麻に替わって、京一が代弁する。
「鴉は人間をも上回る雑食性の生き物なのよ。生き抜くためには、それこそ牛の糞から猫の轢死体まで、栄養があるとなればありとあらゆる物を食用にするのよ。それで、あたしの推理が正しければこの事件の犯人はずばり────鴉よ」
余りにも直球すぎる推理に、気合をいれて聞いていた一同も目が点になってしまう。
「お前、そのまんますぎるぜ…」
「それに、ただ鴉の生態からだけでは、根拠としては弱いと思うわ。鴉が襲うのは捕食があくまで目的であって、その為に人を襲うのだとしたら…そうね、私が鴉だったらもっと狙いやすい子供とか…、ううん、やっぱり人間以外をターゲットにする方が確実かつ楽だし、だから捕食という点に関して言うならば、わざわざ人間を選んで襲うメリットなんてどこにも見出せそうに無いわ」
「龍麻の指摘する通り、確かに捕食活動としてだったら根拠に乏しいのは事実よ。だからこそ、あたしも最初は人間が鴉の生態を模して殺人を犯していると思っていた。でもね、これが捕食ではなくて単に人間を殺すことを目的にしていたら…」
都会には現在2万羽を超える鴉が生息している。その鴉が都会の生態ピラミッドに人間をも組み込もうとしているとしたら、この東京はいったいどうなるのか、それは想像を絶する惨劇が繰り広げられるだろう。
「でもよ、俺は鴉が自分の意志で人間を襲っているのか、そっちの方が気になるぜ」
「あんたって、そういう所だけ鋭いわね、京一」
「…背後で誰かが操っている。だから遠野さんは私達に協力して欲しかったわけね」
「さっすがー、一番頼りになるのはやっぱり龍麻ね。だから、あたしと一緒に一緒に渋谷まで来てくれる?」
手を合わせ擦り寄ってくるアン子の姿に呆れつつ、醍醐はその申し出を受け入れた。
「どちらにしても、渋谷はここ新宿のすぐ隣だ。いつ他所事で無くなるか判らんからな。俺も協力しよう」
葵も醍醐の意見に賛成しながら、もしかしたらと自分の気持ちを率直に口にする。
「その人は私達と同じ《力》を持った人かもしれないわね」
「葵、必ずしもその人が私達に友好的であるとは限らないわよ。ましてや自分の《力》を悪用して人間を殺させているとしたら、その人は敵であるといってもいい。どちらにしても生半可な気持ちで渋谷に行くのは危険だわ」
龍麻は《力》を持った人間が、必ずしも皆が皆高潔な人間であるとは思っていない。
むしろ人に無いものを偶然手に入れたことで、己の《力》に溺れる人の方が案外多いのかもしれない。
去年の事件の時もそれが原因で起こったようなものだ。
「そうだ、だから渋谷へは遠野、お前を連れてはいけない。本当は美里と小蒔にも残っていて欲しいんだが」
「ボク達を仲間外れにするつもりなの、醍醐君。酷いよッ、ひーちゃんはよくて何で」
「私も一緒に行きたいわ。たとえ、龍麻のように皆を護れる位強い《力》が無くても。私ずっと考えていたの。私の《力》は一体何なのか、一体何のためにあるのかって…。皆と一緒なら、きっとその答えが見つかるはず…だからお願い、醍醐君」
「葵…。ボクも同じ気持ちだよ。皆と一緒なら何も怖くない。きっと道は開けるはずだって信じている」
二人にそこまで言われると、醍醐にもこれ以上制止するのは諦めざるを得ない。
第一、二人の意見は自分の思うところとも合致していたのだから───
「仕方ない。二人とも絶対に無茶はしないと約束してくれ。だが遠野、お前は…」
アン子は降参したかのように両手を上げ、ため息混じりに言う。
「判ってるわよ。あたしには皆みたいに戦う《力》は無いから、新宿で待っているわ」
勘定を済ませ店を出たところで、アン子は醍醐にもう一つの情報を告げてから五人と別れた。
「そういえば佐久間君入院したらしいわよ。何でも渋谷にある高校の連中と、目が合ったとか合わないとかっていうレベルでケンカしたのが原因だって」
「あいつはチンピラか、しょうがねェ奴だな。でも曲がりなりにも佐久間を入院させるとは、相手にも結構出来る奴がいるようだな」
「…佐久間の奴。最近何かに苛立っているようだったからな。俺がもっと相談に乗ってやれれば良かったのだが」
けれども今は渋谷の事件が先決だと思い直すと、醍醐は自らを奮い立たすよう四人の先陣を切って歩き始めた。
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