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第六話其ノ壱

 ≪壱≫

 音楽室にいた龍麻と、部活後の京一と醍醐の三人が、王華でラーメンを食べ終え、新宿中央公園に差し掛かった頃はもう夜の9時をゆうに越えていた。

「真面目に部活動に出ると遅くなって仕方ねェな」
「お前、それが仮にも部長の言うセリフか」
「…うちは副部長がしっかりしてっから問題ないんだ。まッたまには蓬莱寺京一様自ら後輩をシゴクというのも悪くはねェけどよ」

 しかし、醍醐には京一が珍しく部活動に顔を出した理由が他に有ることを見抜かれていた。

「ふん、殊勝なことを言っているが、大方この間の中間テストの出来が最悪だったんで、真っ直ぐ家に帰りたくなかっただけだろ」

 図星を指されたのか京一は顔を引きつらせたが、すぐに反撃に出る。

「うるせえなー。お前だって似たり寄ったりだろ」
「はははッ、まあな。この点は龍麻を見習わんとな」
「ホント、お前ってどういう頭の構造してんだよ」
「?」

 5月11日から三日間行われた中間テストの結果が今日、校内に掲示された。
 三年生の総合順位は、葵が三回連続で首位を取ったのだが…。

「お前さあ、最終日の一時間目、現国のテスト受けなかっただろ」
「ええ、まあ、あれは不可抗力というものね」



 試験最終日、龍麻はむしろいつもより心持ち早めに学校へ向っていたのだが、途中ここ中央公園でちょっとした事件に巻き込まれてしまったのだった。

「何よッ!泥棒は泥棒じゃないッ!!」
「うるせえ、このクソ餓鬼」

 小学生の女の子が、何やら数人の不良に因縁つけられていた。
 どうやら公園内にある神社の賽銭泥棒をしていた現場を、少女に見られて大声をあげられたのがことの発端らしい。

「ガタガタぬかしてると、痛い目にあわせるぜッ」

 不良の一人が少女にこれは脅しではないと、拳を振り上げる。
 少女は朝練帰りなのか、持っていた剣道の竹刀ですばやく正眼の構えをとる

「ほお、いさましいことだねェ、ボク」

 げらげらと笑っている不良の一人に、小学生の少女とは思えない鋭い一太刀を浴びせる。

「…ッ痛てェ。この餓鬼、ふざけやがって」

 辺りには朝早いこともあって人気が無かった。それを幸いと不良たちは相手が小学生の女の子であるというに構わず、一斉に襲い掛かろうとする。
 それでも気丈にも少女は逃げもせず、竹刀を構えて立ち向かおうとした。

 が、次の瞬間、自分に向ってきた不良の一人が軽く10m後方に吹き飛ばされ、そこに折り重なる形で他の男たちも地面に叩きつけられる。

「??────あッ、痛いッ、やだッ触んないでよッ」

 残る不良の一人が目の前の光景を呆然と眺めている少女の腕を乱暴に掴むが、ほんの数秒で少女の金切り声は男の悲鳴に取って代わる。
 男は反対の腕を背後から捻り上げられていた。

「痛ててッッ!!腕が、腕が折れるッ」
「…これ以上馬鹿なことをやるのでしたら、こちらも容赦はしません」

 不良は声の主が若い女性のものだと分かったが、僅かの間に全員のされてしまったこととその穏やかな言葉の裏にある怒りの《氣》に呑まれたのか、ほうほうの体で逃げ出していった。


「大丈夫?怪我は無かった?」

 男たちの姿が見えなくなるのを見届けてから龍麻は少女に声を掛けた。

「うん…ッ。あッ痛ったーー」

 どうやら腕を掴まれた時振り払おうとして足を挫いてしまったようだった。
 幸い少女の家はここから歩いて20分程の距離だという。龍麻は少女を背に負ぶって自宅まで送っていくことにした。

「お姉ちゃんって、強いんだね〜。あいつらをあっという間に倒しちゃって」

 少女は龍麻の背中から、明るい声で話し掛けてくる。

「あたしも強くなりたいんだ〜」
「あら、何で?」
「だってさ、最近の男の子ッてなよなよしてるっていうか、情けないじゃん。だからあたしが強くなって皆を守ってあげたいなって」
「男の子も女の子も強い子は強いと思うわ。でも、今日みたいに無茶しちゃだめよ。ああいう時は周囲の大人を呼ぶとかして、一人で何でも解決しようと思っちゃ危ないわ」
「うん分かった。…ところでお姉ちゃん、真神学園の人?」
「…?ええ、そうよ」
「じゃあ、剣道部にすっごく強い人がいるって本当?」

 京一君のこと?と思ったがとりあえず黙っていると、少女は自分の通っている道場の先輩が真神で剣道部に所属しているので、そこでとんでもなく強い人がいるという話を聞いたのだと龍麻に告げた。

「先輩が言うには、滅多に練習に来ないけど、たまの練習の時や試合の時は鬼のように強いって。すごいよね、かっこいい〜」

<滅多に………やっぱり京一君のことだわ>

 強いのは認めるが実態を話して少女の夢を壊すのもまずいかなと悩んでいると、今度は大きくなったらお姉ちゃんみたいに強くなれるかな?とこれまた答えに窮するようなことを聞かれてしまった。

「…少なくとも、お姉ちゃんがあなた位の頃はあなたよりずっと弱虫だったわ」

 少女が満足する答えとも思えなかったが、事実は事実なのでこれなら良心は痛まない。

「そっか、よしッ頑張るぞ!あたし、絶対真神に入って剣道部に入部するッ!」
「うん頑張ってね。───ところでお家はここでいいかしら」

 少女の剣道の道具袋に書かれているのと同じ苗字の表札の掲げられた家の前で立ち止まる。表札には『桧神』と書かれていた。

「ありがとう、えっと、お姉ちゃんの名前教えてくれる?後でお礼したいし…」

 龍麻はにっこり笑って名前を教えた。

「ひゆうたつま…難しい名前だね〜。あたし、神楽。桧神神楽(ひのかみかぐら)っていうの」

 神楽は大きな瞳をきらきらと輝かしながら、また会おうねっと龍麻の姿が見えなくなるまで家の前で手を振ってくれた。

<すっごいかっこ良くてキレイなお姉ちゃんだったな〜。あたしもいつか真神に入学してあんな風になりたい。いや、なってみせるッ!!>

 ちなみに彼女が宣言通り真神に入学し、『真神の女剣士』と呼ばれるようになるのは、それから4年後のことであった。



「そうか、そんなことがあったのか…。新宿は他所からも大勢人が集まる所だから、少し目を離すと不良どもがうろつき出すな」
「そうね、この辺りでは見ない制服の学生だったし、気をつけないとね」

 醍醐と龍麻が真剣な表情で話している横で、京一は一人悦に入っている。

「やっぱり俺の強さは噂になっているのか〜。で、その神楽ちゃんって可愛かったか?」
 またか、と醍醐が呆れた顔をする。

「ええ、可愛かったわよ。あの年齢で中々いい太刀捌きしていたし、将来が楽しみだわ」

 そこまで言うと、龍麻は少し意地悪な笑みを浮かべる。

「でも、京一君も勉強を頑張らないと、下手すると神楽ちゃんが入学するまで高校生しているかもね。そうなったら、神楽ちゃん夢が壊れるんだろうな〜、気の毒に」
「いくら俺でも4年も5年も留年するかッ!」

 大体、ひーちゃんはおかしいと京一がムキになって話を蒸し返す。

「龍麻の何がおかしいんだ?」

 醍醐も京一の言葉の意味が分からないらしい。

「中間テストの点数だよ!お前、一教科受けていないのに何で800点も採れるんだ?」
「800点って…。それじゃあ龍麻、お前、他の科目は全部満点だったのか!」

 1位の葵が820点だったので、その差は僅か20点。

「今まで美里の成績も化け物じみてると思ってたが、ひーちゃんのはもう俺の中では天文学的数字と一緒だぜ…。ああ、このままだと俺たちは追試、補習コースだ〜。俺の高校最後の夏休みが台無しだッ」

 テストの結果に想像以上に落ち込んでいる二人を見て、龍麻は今度ラーメンでも奢って励まそうかと思っていた矢先、公園の奥の方から男性の悲鳴が聞こえてきた。


 三人が一目散に駆け付けると、見慣れた制服の男がただ一人路上に横たわる他、周囲には既に人の気配は無い。

「おいッ、しっかりしろ」

 醍醐が倒れている男を抱き起こす。

「こいつは空手部の副将だ。もうじき全国大会をかけた地区予選があるから夜遅くまで練習していたが、何てことだ…」
「空手部の副将程の奴が一撃でヤられたのか?」

見た所目立った外傷は見当たらなかった。だが───

「醍醐君、この人の腕を見てッ」

 地面に置かれたままの右腕の色が石灰のような色に変化している。

「こいつは、石化しているというのか…!?」

 常識では考えられないことだが、既に常識外れの事件をいくつか潜り抜けてきた三人には、この状況を理解しそして適切な行動をすることはたやすかった。

「京一、今から桜ケ丘中央病院へ行くぞッ。すまんが俺の荷物を持っててくれ」
「…やっぱ俺もいかなきゃダメか?」

 当然だと醍醐はきっぱりと言い放つ。龍麻に対しては遅くなるから先に帰っていいと言ってくれたが、京一が敵前逃亡する恐れがあるので最後まで着いて行くと返事する。

「……」

 醍醐が副主将を背中に持たれ掛けさせた時、意識を失っているはずの彼の口元が微かに動いた。

「今何て言ったの?」
「…がいせんじ…と聞こえたが…。とにかく急ごう」


 三人が慌しく現場を立ち去る様子を一人の男が見詰めていた。

<相変わらず偽善者ぶったツラしやがって…醍醐…。変わンねえなお前は、あの頃と>




 ≪弐≫

「大変よ、大変よーー」

 アン子が勢い良く3-Cの教室に飛び込んできたのは、翌日の放課後だった。

「うるさいなァ」

 あまりの剣幕に小蒔はすでに引き気味である。葵は何かあったのと尋ねる。

「相変わらず暢気なことを言ってくれるわね。あっ龍麻も居たわねッ。えっと京一は…」

 小蒔が黙って指で指し示した先には、授業が終ったのにも気付かず机につっぷして眠こけている京一の姿が。見かねて龍麻が起こそうとするが、アン子はその機先を制しておもいっきり頬をひっぱたく。
 そのダメージでようやく目が覚めた京一は、しかし間が抜けたことを言ってきた。

「よお、ひーちゃん、何でお前が俺ン家にいるんだよ。…それに何でアン子まで?」
「何寝惚けてんのよ。さあアンタが昨日見たものを洗いざらいゲロしてもらいましょうか」

 アン子の剣幕にようやく自分が教室にいることを自覚した京一は、手をポンと鳴らして、ああ、あのことねと言う。

「見たぜ、バッチし。風でスカートがめくれたお姉ちゃんのパン───」

 最後まで言葉を語ること無く、京一はアン子の二度目のビンタで机の下に沈められた。
 その時、丁度醍醐が教室に戻ってきた。

「あら、醍醐君…もしかして空手部に行っていたとか」

 ずばりと言われてしまった為、醍醐は弁解も出来ず顎を撫で回すだけだった。

「相変わらず嘘のつけない人ね」

 俺がせっかく誤魔化していたのに、醍醐の馬鹿ヤロウと京一は毒づくが、醍醐は隠し事をするのはやはり性に合わんと昨日の出来事を語ることを決めた。

「それに、この話は美里と桜井にもしておいた方がいいだろう」
「しかしいつもながら耳が早えーな、アン子」
「当然、あたしの夢は事件を追って世界中を飛び回る一流のルポライターですもの」

 アン子は胸を張って応える。

「だから安心して、悪の結社に捕まったとしても皆のことは話さないから。危険を顧みずペン一つで立ち向かう、これぞジャーナリストの鑑よね〜。どう、見直した」

 そこで提案があるとアン子が切り出す。

「アンタ達の情報とあたしの情報を交換しない。どう、損な話じゃないと思うんだけど」

 龍麻は醍醐と京一に目配せで合図して、話をすることに応じた。

「ありがと、お礼にこれあげるわ」

 いつものように、新聞を駄賃とばかりに龍麻に握らせる。

「まあ、待てよひーちゃん。アン子の情報を先に聞こうぜ。こいつのことだ、俺たちから体よく情報だけ聞き出して、ハイさよなら───ってことになりかねねェからな」

<ちッ、相変わらずヘンなとこだけ鋭い奴ね>

 アン子の呟きも無視する京一に、根負けしたアン子は自分の情報から話すと折れてきた。


 ──昨晩、空手部の生徒が四人立て続けて襲われた。四人とも今度の地区予選の主力選手だったため、今回の事件で空手部自体の出場が危ぶまれている。

 彼等が襲われた場所は西新宿4丁目の路上で二人、花園神社と中央公園で一人ずつ。
 時間はいずれも21時から22時の間。
 現場には激しく争った形跡は無し。周辺の住民等からの通報も無い為、目撃者も無し。

 被害にあった三人は巡回中の警察官によって直ぐに病院に収容された。
 そして現在、重傷で面会謝絶状態──


「重傷で面会謝絶ってどういう意味?それに、被害にあったのは四人でしょ?計算合わないんじゃない」
「勿論、残り一人もちゃんと病院に収容されているわ、桜井ちゃん。むしろ真っ先に担ぎ込まれたと言った方がいいかしら、三人の高校生によって。そして警察官によって保護された三人も、後から相次いで同じ病院に転送されているわ、桜ケ丘中央病院にね…」

 アン子は龍麻達に視線を送ってくる。京一と醍醐は大きく息を吐き出す。

「そこまで調べていたとは驚きだな」
「まったくだ、こいつが探偵にでもなったら男はおちおち浮気も出来ねェぜ」

 変な所で感心している京一達にかまわず、アン子は龍麻に訊ねる。

「でも何でわざわざ桜ケ丘に運んだの?あそこは産婦人科でしょ」

 アン子には理由は分かっているくせに、と龍麻は思ったがここまで調べられている以上、シラを切るのも馬鹿馬鹿しい。それに自分もアン子の持っている情報を聞きたかった。

「表向きは、ね。でも、あそこは葵の時にもお世話になったように、尋常ではない病気も見てくれる所だったわよね」
「…ふぅ〜ん、やっぱり怪我が普通じゃ無かったのね」

 そこから先は俺が話そうと、醍醐が説明を引き継ぐ。

 襲われた生徒には外傷は無かったが、ただ右腕が石になっていた。
 院長先生は原子や細胞の組替えがどうとか言っていたが、取り敢えず今は点滴と抗生物質で進行を遅くするのが精一杯らしい。つまり、完全には止められない。石化が心臓にまで達したらそいつの命は終る───

「何とか助けることは出来ないのかしら」

 葵の問いに対する答えは明快だ。葵の時と同じように犯人を見つけて止めさせること。

「それに大会を控えていた空手部の選手ばかりが狙われたということは、空手部を潰したい奴等の仕業であると考えるのが自然よね」

 アン子の言葉に、小蒔はそんな酷いことするなんて許せないよッと激怒する。
 醍醐と京一も前回のように《力》を持つものがこの事件にも関わっているとしたら、やはり犯人を捜すしかないと言い出した。

「それじゃ、イイこと教えるから、犯人見つけたらあたしも呼んでね」

 アン子は一枚の写真を五人に見せる。西新宿4丁目の現場で撮った物だというその写真には地面に何か小さな物が写っていた。さらにこれだけじゃ分からないでしょうと、今度は拡大した写真を取り出す。

「電脳研究会(MLT)に拡大処理してもらったの」
「アソコ、文科系の中でも特に閉鎖的な部なのによく協力してもらったねー」
「ふふん、あそこの部長の秘密の写真を持っているから、あたしの頼みなら何でも二つ返事なのよ」

 そんなことより、もっとよく写真を見てと促す。

「何か、制服のボタンかしら…」
「文字が書いてあるな。…よろい…おうぎ…」

 鎧扇寺とアン子が間髪入れず言い換える。

「鎧扇寺という言葉から連想できるのは、たった一つ。目黒区にある鎧扇寺学園だけよ。この学校の空手部とうちの空手部とは昔から地区予選で互いに代表の座を争ってきたライバル同士なのよ。ちなみに一昨年はウチが、昨年は鎧扇寺が優勝しているわ」
「動機としては充分過ぎる程充分ということか」

 しかも昨日自分たちが助けた奴のうわ言にも一致する。

「気にいらねェな」

 京一は机の上に置かれていた自分の木刀袋をつかんだ。醍醐はそれに呼応するように俺も一緒に鎧扇寺に行こうと言う。

「龍麻も来てくれると心強いんだが、その、万が一という可能性が有るからな」

 黙って頷く龍麻の隣で、葵が自分も一緒に連れて行って欲しいと頼む。

「この間は皆が私の為に色々と助けてくれたんですもの。今度は私の番だわ」

 ボクも当然行くよと小蒔も名乗りをあげる。
 ところがアン子は意外にも同行しない旨を伝える。

「あたしは桜ケ丘に行くわ。その代わり帰ったらちゃんと情報提供してね。それから、今こんなこと言うのもどうかとは思うけれど…」

 アン子は醍醐に佐久間が退院したと告げる。

「そうか、それは良かった…」
「…醍醐君。気を付けた方がいいわよ。あのバカ、相当醍醐君のこと恨んでいるらしいわよ」
「………」


 苦い顔をして廊下を歩いていた醍醐が、更に苦々しい表情に顔を歪めたのは、

「ひーちゃん、みんな〜、これからどこか行くの〜」

 裏密ミサが一堂の進行方向先の階段の前の通路に立ち、含み笑いを浮かべていたからだ。
 小蒔が丁度いい、ミサちゃんに事件のことを相談しようと持ちかける。例の如く、男性二名は嫌がったが、ここは3対2の多数決で裏密に相談することに決定した。

「我が傍らに在りし知恵の支配者(キュリオテーテス)が汝のあらゆる求めに応じよう〜」
「あのね、ミサちゃん。人を石に変えることって可能なのッ?」
「例えば〜、ギリシア神話のメデューサみたいに〜?」
「そうね、近いものだとは思うわ」

 葵の言葉に、裏密は、それは恐らく邪眼(イビルアイ)の一種と答える。邪眼という聞き馴染みの無い用語に戸惑う一同に、裏密は笑みを浮かべつつ説明をする。

 邪眼とは、妖術魔術の実施にあたって基礎となる重要な観念で、邪悪なる法を施行する力や、視線によって他者に邪悪な力を投射することが出来る力を持つ、ということを表すオカルト用語だ。
 F.Tエルワージは著書の中で『邪眼とは魔術の基盤であり起源である』と記す。またR.Cマクラガンは『邪眼とは強欲と羨みをもった目であり、強欲な視線は巨岩をも二つに割る』と記している。

「つまり〜相手を石にするだけじゃなく〜、睨むだけで呪いをかけたり〜、触っただけで人を病気にできるってことなの〜。便利だと思わな〜い?ミサちゃん欲しいな〜邪眼〜」
「裏密なら心配しなくても、じゅーぶんに素質がある」

 京一が言う通り、男二人を凍りつかせる力なら龍麻も何度も目撃している。

「邪眼を持つ者の代表が、さっき美里ちゃんが言ってたギリシャ神話のメデューサね〜」

 メデューサはもともと美しい地方神だったが、その美しさに嫉妬した中央の女神アテナによって髪の毛が蛇という醜い魔物に姿を変えられてしまい、ついには他の美しい女性を憎み羨む心から、睨んだだけで相手を石にする邪眼の力を得たのであった。

「じゃあ、この事件の犯人も何かを羨んだり、妬んだりしてるってコト?」
「その可能性は高いわね〜。んふふふ〜、ひーちゃんたちといると、オカルティックなことばかり起こるわ〜。あたしもひーちゃんたちに付いて行こうかな〜」

 予想外の申し出に、男性と女性の意見が真っ二つに分かれたが、ここでも民主的に多数決で協力してもらうことに決定した。

「いつでも呼んでね〜駆けつけるから〜。…んふふふふ〜これでまた野望に一歩近付いた〜」

 裏密の野望とは何なのか、一同は聞いてみようかとも思ったが、想像するだに恐ろしいような気がして、その疑問には永久に触れないで置こうと決意した。




 ≪参≫

 五人は渋谷から東急東横線に乗り換え三駅目の『祐天寺』で下車した。
 そこから歩いて行くと間も無く鎧扇寺学園高校の正門近くに辿り着いた。元々禅宗の寺から発祥したという歴史にふさわしく、その門構えはまさに寺院を連想させる厳しい造りであった。

「やれやれ、男子校なんて一生足を踏み入れたくないトコロだぜ。その辺の生徒をとっ捕まえて、空手部の場所を聞き出してさっさと用事済ませようぜ」

 京一の意見に、醍醐はまだここの生徒が犯人だと決まった訳ではないから、もっと穏便に行動しようと注意する。

「それだったら、私達がここの生徒の方に空手部の場所を聞きましょう」
「そうだな美里。女性三人で聞いた方が警戒されないだろう。すまんが頼む」
「醍醐、俺には女は二人しか見えないぜ、って痛ッ!おい、蹴飛ばすなよ」
「キミがまたそんなコト言うからだろッ、さっさと行こッ、葵、ひーちゃん」

 小蒔は葵と龍麻の肘を掴むと、正門に向って一直線に歩いて行った。

「三人だけで大丈夫だろうか…」
「心配性だな醍醐。大丈夫だって、いざって時はひーちゃんがいるから何とかしてくれるだろ。おッ、言ってる間に帰ってきたぞ」

 場所の方はばっちり聞き出したと小蒔がVサインをする。
 しかし葵は、自分達が真神の生徒だと知るとあまりいい顔はしていなかったと付け加える。

「ますます怪しいぜ…」
「でも本当にここの生徒がやったのかな?ひーちゃんはどう思う」
「私にもまだ何とも。今までの話は殆ど推測の域を出ていないから、ここの生徒の犯行と判断するのは早すぎると思うわ」
「そうだよね、ボクもなんとなく違うような気がするんだ。けど、そうなると犯人の見当がつかなくなるし…」

 二人とも早く付いて来い、と醍醐に呼ばれたので慌てて駆け足で追いかける。

 空手部の道場は教えてもらった通り、体育館脇に建っていた。

「意味も無くムカツクなー。真神なんて剣道・空手・柔道の三つで汚ねェ道場を共同で使ってるってのに」
「普段真面目にクラブ活動していない人間が言うことじゃないような…」
「うッ。そういうひーちゃんだって帰宅部じゃねえか」
「だって三年生からクラブ活動っていうのも中途半端じゃない。そんなことより醍醐君、中に入りましょう」
「ああ。────失礼、誰か居ないのか?」

 しかし二度三度声を掛けても返事は返ってこない。

(おかしいな、微かだが確かに内部に人の気配はするんだが…)
(こうなったら強行突破するしかねェだろ)

 意を決し、醍醐ががらりと入り口の戸を開けた。

 広い道場に、男が一人座禅を組み瞑想をしていた。
 五人が近付くと、やおら目を開け『魔人学園の者だな』と聞いてくる。

「そうだ。俺は醍醐という。隣にいる男が蓬莱寺、女が緋勇、後にいる二人は美里に桜井という」
「ほぉ、やはりお前が醍醐か。一度会ってみたいと思ってたよ」
「それは光栄だな。…二、三聞きたいことが有るのだが、聞いてもらえるな?」
「俺に選択権は有るのか?力ずくでも聞き出そうという顔だぜ」

 図星をさされ内心動揺する醍醐に構わず、男はすっくと正面を向いて立ち上がる。醍醐よりもさらにがっしりとしたその体躯の見事さは壮観だった。

「俺の名は鎧扇寺学園三年の紫暮兵庫。空手部の主将をしている」

 紫暮は名を名乗りながら、醍醐以外の仲間達を順々に目で追っていたが、龍麻の所でふと視線を留める。

「緋勇といったか、良い瞳をしている。真っ直ぐな武道家の目を…」

 流石に強者(つわもの)達を束ねているだけあって、その観察眼は鋭いと言わざるを得なかった。

「紫暮、俺達の学校の空手部の生徒が昨日立て続けに四人襲われた。彼等は現在も重傷で面会謝絶状態だ。そして、その現場にはこの学校のボタンが残されていたという。倒れた生徒もこの学校の名を言っていたし、正直疑いたくはないが、そうも言ってられん」
「それで、真神の空手部と繋がりのあるここに足を運んだ訳か…迷惑な話だ」

 醍醐の話にあくまで冷淡な言葉で返す紫暮に、京一はこうしている間にもケガした奴等が苦しんでいるのにと怒りを隠そうとはしない。

「あんたの所の生徒がどうなろうと、うちには関係の無いことだ」
「単刀直入に聞こう。今の話に心当たりは無いか」
「口で否定してもお前たちは信用してくれるのか。第一、その人数でわざわざここに来たということは、戦う覚悟も有るということじゃないのか?残念だが───」

 紫暮は表情を硬くして言葉を続ける。

「俺にはその覚悟を打ち消す程の無実の証明は無い」
「つまり、証拠はねェが、やっちゃいねェってことか」
「はっきり言ってそうだ。どうだ、俺の言うことが信用出来るか?」

 龍麻にはどちらとも決めかねていた。
 正直言って目の前に立っている紫暮という男には好印象すら抱いている。その実直そうな態度からは、ライバル校を闇討ちするような卑怯な行為を結びつけることは難しい。
 その一方で、彼はわざと自分達を紫暮と闘わせようと扇動しているように感じられてならない。

「緋勇よ、頭で考えるだけでは答えの出ないこともある。俺も武道家の端くれだ。拳を交えることで無実を証明してみせよう」
「それって、一対一で龍麻と闘うということなの?それともまさか私たち全員と一人で立ち合うということなのかしら?」

 葵の問い掛けに、紫暮は無論どちらでも構わないという。
 京一はその潔さに感心するが、その時部室の入り口から数人の空手部の生徒が乱入してきた。

「主将、俺たちも加勢させてください」

 それには紫暮も驚いたようだった。紫暮は他の部員達には今日はもう帰るように指示していたのだが、彼等は最後の大会を控えている紫暮を案じて、敢えて命令を破った行為を取ったのだった。

「俺たちはどっちでもいいぜ。…時間が無いんだ。さっさと始めよう」


 京一の言葉を皮切りに、闘いは始まった。
 相手の手数は紫暮をいれて十人。人数比としては単純計算でもこちらの倍、しかも直接戦闘能力のある者が龍麻・京一・醍醐の三人しかいない為、圧倒的不利かと見えた。
 しかし幾度も行われた実戦で鍛えてきた戦闘術は、よく訓練されているとはいえ、スポーツとしての空手とは一線を画していた。

 葵は人数の不利を補う為、前線の三人に防御を上げる『力天使の緑』をすかさず唱える。
 小蒔は接近するまでの間、『嚆矢』の奏でる音で、相手の三半規管に揺さ振りをかける。
 スピードに優れる龍麻・京一が先陣を切って相手の陣形を崩し、醍醐はそのパワー溢れる技で止めを刺す。
 その息の合ったコンビネーションを前に、あっという間に相手は紫暮と副将と黒帯の部員合わせて五人にまで減ってしまった。

「よっしゃあ、いくぜッ、サハスラーラだッ」

 京一の合図で、龍麻と醍醐が《氣》の波動を同調させる。膨れ上がった《氣》の力が紫暮と副将の前に立ち塞がってきた黒帯の部員三人を一気に弾き飛ばす。
 勢いに乗った京一は八相の構えから袈裟懸けと逆袈裟懸けを連続して繰り出す『八相斬り』を副将に仕掛けるが、思ったよりダメージが通らない。逆に反撃を受けて、打撲を受けたところから薄っすらと血を滲ませている。

 紫暮は醍醐と組み合い、技を応酬する。醍醐が『ハードブロー』をかけるが、紫暮は巨体に似ず素早い身のこなしでその技を手刀でくるりと受け止める。すかさず体を捻り醍醐の額目掛けて鋭い蹴りを繰り出してきたが、そこに龍麻が割って入り、同じ蹴り技である『龍星脚』で紫暮の蹴り技を相殺する。

「…中々興味深い技を使うものだ」
「やはり主将ともなると強さが段違いだわね。醍醐君は京一君の援護をお願いッ」

 醍醐は了解したと言うと、京一の元へ駆け寄り、体内で高めた《氣》を雷気と変じ繰り出す『稲妻レッグラリアート』で副将を地に伏せさせる。

「大丈夫か、京一?」
「…大丈夫だ、ちょっとかっこ悪いとこ見せちまったな。ま、こいつらはやっぱりそこらのチンピラ不良とは強さのレベルが違うって訳か。ところで紫暮は?」
「俺じゃ素早さ的に不利なんで龍麻が応戦してくれている…もう勝負は決まっただろう」

 醍醐の言葉に違わず龍麻の『掌底・発剄』を浴び、紫暮は派手に飛ばされてしまう。



「あんたら強いな…、それに不思議な技を使う」

 紫暮は龍麻から受けたダメージが大きかったのか、背をそのまま道場の壁に持たれかけ座った状態であった。
 不思議な技という言葉に、葵が慌てたが、それに構わず豪快な笑いを上げる。

「はははッ、これでは無実を証明するどころではないな!」
「紫暮よ、もう一度同じことを聞く」

 醍醐が先程と同じ問いをしたが、紫暮もまた先程と同じ様に心当たりはないと言った。

「そうか。紫暮、あんたは立派な武道家だな。…俺たちは少々礼を欠いていたかもしれん」
「こっちも挑発したし、それに実を言うと醍醐という男と一度手合わせをしてみたかったのだ。空手とは違った面白い闘いをさせてもらったよ」

 紫暮はさらに豪快に笑い飛ばすと、真面目な表情で龍麻を見据える。

「緋勇、あんたの技もすごかったぜ」

 こちらこそ、と龍麻は手短に答える。通常の戦いで掌底・発剄を放ったのは、醍醐に続いて二人目だった。それだけ紫暮が手強かったということなのだが、龍麻は内心紫暮はまだ何か力を隠していたのではないかと、うっすらと疑問を抱いていた。

「龍麻の強さは、俺も身に染みているからな」
「醍醐という男にそこまで言わせるとは、つくづく凄い奴だ。今まで噂にも聞いたことが無いのが不思議な位だ」
「龍麻は最近真神に来た転校生だからな」
「真神にも転校生が?」

 その言葉に不信感をもった醍醐が、どういう意味だと聞き返す。
 紫暮は転校生なんて別段珍しくは無いのかもしれないが、今年に限って東京の高校に転校して来た奴が多いらしいと言葉を付け加える。

「───もしかしたら、この東京で何かが変わり始めているのかもしれん」

 紫暮の言葉には確信めいた重みがあった。そこまで話しをすると、紫暮は床に倒れている部員達に早く医務室に行くように促す。

「俺はこいつらとまだ話がある」
「ですが主将のお体の方が大切です。主将こそ早く医務室へ行ってください」

 逆に紫暮の方を心配する部員達を、部長命令だ、さっさと行けと道場から追い払う。
 その様子を見た醍醐は、いい部員だな、部と空手を心から愛している。部長の教えがいいんだなとしみじみと語る。

「はははッ、褒めても何も出んぞ。…それより俺の方も聞きたいことが有るが、いいか?」
「勿論構わないわ。どうぞ」

 龍麻の言葉に、こんなことを聞ける奴はそう居なくてな、と前置きをして紫暮が話をする。

「さっきの闘いの中で見させてもらったあんた達の技だが、あの《力》、上手く言えんがああいった常人離れした《力》を使える人間が他にもいるのか」

 五人は顔を見合わせて、話をするかどうするか相談するが、『悪い人じゃなさそうだし、紫暮君には話していいんじゃないかな』という小蒔の言葉に従い、醍醐が4月から今日までの間に自分達が遭遇した事件についてざっとかいつまんで話をし、そして、今回の一件もそういった《力》の持ち主が関わっている可能性が高いと話を締めくくった。

 紫暮はしばし考え込んでから、自らの見解を述べる。

「もし鎧扇寺が襲われていたとすれば、当然俺も真神を疑っただろう。…もしかすると犯人は俺たちを闘わせる為に、ウチの名を騙(かた)ったのかもしれんな」
「それってちょっと話が飛躍しすぎてるんじゃないの?」
「ああ、そうだぜ。犯人が思っているようにそんなに都合よく事が進むか?」

 否定的な意見の小蒔と京一に対して、醍醐は、だが現実にこうしてここに自分達がいるということは、その可能性も無視することは出来ないだろうと口を添える。

「ってことは、犯人は紫暮か俺達のことを知っている奴の仕業だと考えられるってか。でもよ、何で鎧扇寺なんだ?」
「それならば理由はある。……破ッ」

 短く気合を込めるや紫暮の体からは全員に見慣れた蒼白い《氣》が滲み出てきた。
 巨躯を縁取る輪郭がぼやけたかと思うと、突然紫暮が二人に分かれる────

「────!?」

 これが紫暮の持っている《力》なのかと、五人は驚きを隠せない。

「二重存在(ドッペルゲンガー)なの?」

 龍麻の問い掛けに、紫暮はそう言うらしいなと答える。

「いったい何時からその《力》に目覚めたんだ?」
「三年に上がって少ししてからか、初めは眠っている時だけだったが、今では好きな時に出せるようになっている」
「…俺達と同じ頃だな」
「そうか。…ところでさっき『時間が無い』と言っていたが、あれはどういう意味なんだ」
「それは、被害にあった方達の石化は徐々に進行しているんです。病院の先生がおっしゃるには、犯人を見つけ一刻も早く止めさせるしか、完治させる方法は無いそうなんです」

 葵の深刻な表情に、紫暮は五人の心情を汲み取った。

「そうか、そういうことなら俺も手を貸そう。喜んで協力させてもらう」

 大会が近いのにいいのか、と醍醐は遠慮がちに言うが、紫暮は宿敵のいない大会なぞ張り合いが無いからと言ってくれた。

「すまんな、紫暮。…最後に一つだけ聞きたいことが有るのだが、どうしてさっきの闘いであの《力》を使わなかったんだ?使われれば、我々はもっと苦戦していたろうに」
「ははははッ、己の身の潔白を証明するのなら、正々堂々と己自身の力のみで闘わねば意味が無いからなッ。それに…実を言うとまだ実戦で利用できる程のレベルでは無いからな」

 紫暮の連絡先を聞いて道場を後にしようとする五人に、紫暮が参考になるか分からんがと、空手部の部員から聞いた話を教えてくれた。

「数日前、ウチの部員がこの辺で不審な男を見たというのだ。やけに派手な装飾を付けたスキンヘッドの男で、年齢的には高校生らしいが、この辺りじゃ見ない顔だそうだ」
「また高校生か…他に特徴はねェのか?」
「左の二の腕の所に、大きな刺青があったそうだ」

 醍醐は紫暮の言葉に、一瞬表情を強張らせる。




 ≪四≫ 

 日付も時間も覚えていない。
 ただ、雪が妙に白く眩しく降りかかっていたことだけがひどく印象的だった。

「どうしてもやるってェのか」
 坊主頭の少年が吼える。
「あァ、俺にはこれしか思いつかない…」
 やや大柄の少年が物静かに答える。

 二人の少年の間を分かつように、パトカーのサイレンが無神経な音を立て──

「なんでだ…?なんでなんだよッ!!お前だけは分かってくれると思っていたのに…」
 坊主頭の少年の罵倒に、大柄な少年は何も答えることが出来ない。
「信じていたのに…醍醐、お前だけは…俺を裏切らないと…」

 <すまない…俺は…俺は───ッ>


「──クン、醍醐君ッ!」

 突然醍醐の耳に飛び込んでくるのは小蒔の声だった。
 慌てて返事する醍醐の様子を察するに、道中交わされていた他の四人の話を全く聞いていないのは明白である。

「ッたく。醍醐。お前さっきの話を聞いてからちょっとヘンだぜ」
「もし一人で悩んでいるようなら、私たちにも相談して。ね、龍麻?」
「そうね、何か力になれるかも知れないし」
「うん…大変な時こそ、皆で助け合わなくちゃ」
「すまんな皆、心配かけて。俺なら大丈夫だ。それより帰りに桜ケ丘に寄って行かないか」

 その提案には全員賛成だった。面会時間は過ぎているだろうが、アン子も行っていることだし、何かしら新しい情報が手に入れるかもしれなかった。


「もしかして…龍麻さん?」

 病院の入り口で、聞き覚えのある声が掛けられた。龍麻より早く、京一が反応していた。
「おッ、確か紗夜ちゃんだったよね」
「あ、ハイ、どうもです。またお会いできて嬉しいです。お元気でしたか」
「バッチリ元気だぜ。ところで紗夜ちゃん、またこの病院に用?」

 比良坂は友達が、と小さな声で返事する。そこに醍醐と葵、小蒔の三人がこの子誰?と京一に聞いてきた。

「比良坂紗夜ちゃんっていって、この間もここで会ったんだ」
「こんにちは、龍麻さん。こちらの方もお友達ですか」
「ええ、同じ学校の同級生なの」

 比良坂と親しげに話す龍麻に、小蒔は前から知り合いだったのと問い掛ける。
 龍麻は以前渋谷で会ってから、これで三回偶然出会っていると答えた。

「そうなんだ〜、ひーちゃんの友達なら、ボクも友達になっていいよね」
「よろしくね、比良坂さん…」

 若干葵の声色が硬いような気もしたが、比良坂はそれに気を留めず、また会えるといいですね緋勇さんと微笑み、足早に立ち去っていった。

「可愛いな〜、紗夜ちゃん」

 鼻の下を伸ばしている京一の耳を醍醐は引っ張るようにして病院のロビーに向う。

 やはり診察時間も終了していている為か、人気はまったく無かった。
 高見沢でもいないかと小蒔がナースステーションの方に声を掛けると、ようやくひたひたと小走りする足音が聞こえてきた。だが登場した看護婦に一同は絶句する。

「いらっしゃいませ〜」
「何してるのアン───」

 小蒔の言葉が終る前に、看護婦は小蒔の頬をはたく。

「(しっ、黙って)」
「いい加減にしろよ、アン───」

 今度は京一の頬を遠慮無しにビンタする。

「(ちょっと、ちょっとアンタ達。あたしが苦労して潜り込んでるのに、邪魔するの)」

 看護婦に変装したアン子は、五人を物陰まで引っ張りこむ。

「ちょっとあんまりじゃない、アン子〜」

 叩かれた方の頬をさすりながら小蒔は恨めし気な目で睨む。

「今調査中なんだから、邪魔されたくないのよッ」
「それで、何か新しい情報は手に入ったのか、遠野」

 アン子は残念ながらと首を振る。それに見舞いに来たとしても、面会謝絶だから会うことは出来ないわよと言う。

「まッ、今夜病室に忍び込むから、明日の朝のあたしの情報を楽しみにしててね」

 結局大した収穫も無く、五人はそれぞれ家路についた。



 翌朝、龍麻が早目に登校すると、珍しく京一が教室にいた。

「アン子はまだ来てねェようだな、おッ、醍醐も来たぜ」

 醍醐は二人に、今朝登校前に桜ケ丘に寄って来たと話す。だが、四人の被害者の石化は相変わらずだという。

「一刻も早く犯人を捕まえんと…」
「狙いが俺達にしろ紫暮にしろ、計画が失敗した以上、向うの方からまた何か仕掛けてくるさ、別に焦ることねェよ。それより醍醐。お前やっぱり昨日からおかしいぜ。なあ、ひーちゃん」
「そうね、何か思い悩んでいるように見えるんだけど」
「そうそう、そんなデカイ図体でウジウジ考え込んでるのは似合わないぜ」

 そこに葵が教室に入ってきた。

「珍しいな、今日は小蒔は一緒じゃねェのか」
「今日は生徒会の用事で早く登校したから、小蒔とは別々に来たの」

 美里が一緒じゃないとなれば今頃まだ暢気に寝ているかもなと京一が勝手なことを言っている内に、今度はアン子が教室に入ってきた。

「おはよッ、皆の衆。って桜井ちゃんはいないのか。まあいいわ。昨日桜井ちゃんから電話で粗方話は聞かせてもらってるから」

 昨日は大変だったそうだな、と醍醐が笑いを堪えるような表情で労をねぎらう。

「まったくよ。院長先生に変装がバレて、結局窓から放り出されたんだから。その時打ったお尻がまだ痛いわ。本当、事件記者の道程は険しいわ」

 今度こそ情報を掴んでやると意気込むアン子に、京一はまた放り出されるだけだと茶々を入れる。

「大丈夫。今度はこのペンで反撃してやるわ。昔からペンは剣より強しと言うし、いくらあの院長でも急所を攻撃すれば」

 おいおいそこまでやらんでもと呆れる醍醐達だったが、京一は『相手はあの岩山だ。常識は通用しないぜ』と口添えし、その言葉に、それもそうだとアン子も考えを改める。

「まあ、でも多少の収穫は有ったのよ」

 最近、都内の病院で死んだ患者の遺体が相次いで盗まれていると看護婦達が立ち話しているのを小耳に挟んだのだという。そのことが公になっていないのは病院側が名誉の為に情報を隠蔽しているとかで、何とも不気味な話だったが、
「これが今度の事件と直接関係有るか分からないけれど、知ってて損はないでしょ。あら、もうこんな時間ね」

 鳴り響くチャイムを合図にアン子は自分の教室に戻っていった。


「…桜井の奴、遅いな」
「もうじき来ると思うのだけど…」

 しかし最後に教室に入ってきたのは担任のマリアだった。
 そして葵の言葉に反し、結局この日小蒔は学校に登校してこなかったのである

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