≪伍≫
内部は増上寺の地下と同じ、自然に出来た洞窟をそのまま利用したものだった。
「あの時と同じだね」
小蒔も同じ様に感じたのか感想を漏らす。
「どういうルートを辿っているのかしら?」
葵が龍麻に訊ねる。龍麻は手に握った方位磁石と前後に広がる洞窟の様子から、恐らく江戸川を上流方向に向って北進していると断定する。
「もし≪鬼道門≫がこの先に有るとすれば、その真上にはそれを封印する為の、何らかの霊的なものがある筈だから…」
龍麻の独り言に、天野が参加する。
「この辺りで何か、そういった場所が有ったかしら」
「それでしたらアラン君に聞いた方が確実かも…」
だが、後方を歩くアランの所に近付いた時、周囲に異様な殺気を感じた。
「…囲まれたな」
醍醐が苦々しく呟く。丁度、一行が差し掛かった場所は、半円状に穴が広がっており、岩や天井からの鍾乳石が視界を悪くしている、待ち伏せには最適の場所だった。
「エリちゃんは危ないから下がってろよ」
京一は天野を庇うように前へ立つと、器用に口を使って木刀を包んでいる紫布の紐を解く。
他の仲間達も、それぞれが武器を装備する等、一気に緊張感が高まる。
「アラン、お前も下がってろッ」
だが、アランは返事をしない。
その時、敵の一人が声を掛けられた方向に急速接近してきた。背後からの強襲に、龍麻は反転しその場で構えを取ったが、乾いた音が聞こえたと同時にその敵影は岩場に叩きつけられる。
「…今のって?」
再度反転すると、そこには掌にすっぽり収まるほどの大きさの銃を構えたアランが、鋭い目付きで立っていた。
「いくら外人だからッて、銃をぶッ放すとは物騒な奴だな!」
京一が遠くから怒鳴り声を上げる。
「キョーチ、これタダの銃と違う。これは風の≪力≫が宿った霊銃デス」
龍麻が近寄ってよく見ると確かに薬莢(やっきょう)の部分が無い。それに銃器からは硝煙反応も無かった。
「…何より銃火の為の熱反応すら無いわ。アラン君、この銃で何をしたの?」
「この銃は、ボクのSoulが弾丸となるネ。この霊銃がボクをこの街に導いてくれた…。アイツを倒せ…とネ」
だからボクも闘うと宣言して、アランは再び銃を構えなおす。
遠距離から援護をしてくれる仲間が一人増えたことで、結果的に龍麻たちは一層闘い易くなった。
小蒔とアランが正確無比な一撃で相手を足止めし、その隙に醍醐や紫暮等の破壊力抜群の技が炸裂する。
中距離戦を得意とする雨紋と如月が敵の陣形を切り崩し、そこにスピーディーな接近戦を最も得手とする龍麻と京一が止めを指していく。
「【掌底・発剄】」
龍麻の≪氣≫が最後に残った下忍を捕らえ、消滅させる。
各々の役割分担がしっかりと決まっていた為、いつもは回復役である葵の出番は殆ど無いまま、戦闘は足場の悪さにも関わらず、わずか数分の間に勝負がついた。
「相変わらず強いわね、あなた達は」
背後からこの勝負を危なげなく見守っていた天野が、ことが全て終った戦場に現れる。
「本当にミンナ、very強いデスね。特にタツマ、youの強さはまるでgoddess、女神のようネ」
「褒めてくれてありがとう。でも、アラン君の援護射撃があってこそよ」
「ええ緋勇さんの言う通りね。ところでアラン君、あなたっていったい何者なの?」
天野のその問い掛けには、アランは口を開こうとしない。
「飽くまでだんまりを極め込むという訳ね。いいわ、無理矢理事情を聞き出すのは止めにしておくわ。それより緋勇さん。クトゥルフに関する新たな話を入手したんだけれど、聞いてくれるかしら」
「ええ、是非お願いします」
一行は戦闘の消耗を回復する意味も込めて、しばらくこの場で天野の話を聞くことにした。
先日、芝公園で出会った後、天野はオカルトに造詣の深い作家の所を訪問したのだが、その時に興味深い話を聞くことができたという。
古代中国の文献に鬼歹老海(タィタイラオハイ)という表現が登場するのだが、この言葉を直訳すると≪古代の邪悪な海の悪魔≫、つまりこの間の増上寺の≪鬼門≫から、水岐が復活しようと目論んでいたクトゥルフの神と性格的にも非常に似通ったものであると推測できる。
現に、中国大陸には数多くの≪黄泉の門≫が発見されているらしい。
「中国…か」
京一が感慨深げに言葉を発する。
「更にね、その先生は興味深いことも話してくれたのよ。鬼について──」
鬼という文字、その起源は丸い頭部とそこから伸びる長い触手…、即ちクトゥルフ神話に登場する邪神を表すものだというのだ。
「世界各地に溢れていたクトゥルフの邪神たちが、この日本で鬼として恐れられていたとしても何の不思議も無いわ」
「そして、鬼道衆がそれを知り、復活させようとしている…」
醍醐の言葉に、天野はその可能性が高いと頷く。
アランは今の話は自分には難しすぎて理解出来ないと、天野に言う。
「デモこれだけは分かりマス。ミンナ勇気がある。もしもあの時、ボクにもう少し勇気があれば…」
「え?」
<アラン君、さっきも『あの時』って言っていたけれど、いったい『あの時』に何が有ったのかしら>
龍麻が自分の方をじっと見ているのに気付いて、アランは真面目な顔で言い放つ。
「ミンナ先急ぐ。イヤな風のにおいする」
また風かと京一は言いながらも、仲間の中で一番早くその場を立ち上がった。
≪六≫
再び移動を始めてから15分強経ったところで、道が大きく左にカーブした。そしてその先からは、一層濃厚になった陰の≪氣≫が肌を突き刺すように漂っていた。
「見通しが悪くなっている…。ぐずぐずしているとまた敵の襲撃を受けるかもしれない。ここは一気に踏み込みましょう!」
龍麻がそう指示すると、十人は小暗い道を一気に駆け抜けた。
『!!!!』
強い衝撃を受ける全員の目に捕らえられた物は、増上寺地下洞窟で見たものとそっくりな≪鬼道門≫と、その手前の地面に描かれた魔法陣、そして───
「い、嫌ぁぁーー!!」
葵と小蒔は、ここが敵陣であることも忘れて悲鳴を上げる。
他の人間は悲鳴こそ上げないが、顔色を蒼白に変える。
魔方陣の上には、今までの事件の被害者であろう、若い女性の生首が多数配置されていたのであった。
「…これが事件の被害者の…、何て酷いことを…」
龍麻は半ば予想していたこととはいえ、ここまではっきりと現実の姿を突き付けられては、己の無力さを噛み締める他無かった。
「外道とかやまつるに、かかる生首の入ることにて──」
突然天野が言い出した言葉に、ようやく全員が最初の衝撃から立ち直る。
「天野さん、それは──」
「…南北朝時代に書かれた『増鏡』という歴史書にある外法の一文。外法を行うのに生首が必要だと書かれているの。今回の事件で、色々と書物を調べている中にこの文が出て来たと言う訳。それにしても…」
天野の言葉を遮るように、一陣の風がこの場に吹き抜けた。
「ようこそ、常世の淵へ」
「鬼道衆!」
かつて出会った炎角、水角と同じ鬼面を被った忍び姿の男が、自らの名を風角と名乗り、闇から浮き上がるように登場した。
「罪もねェ人間を巻き込みやがって!」
京一の憤怒の言葉を、あおいことを言うとせせら笑うように聞き流す。
「我等は鬼道を使い、外道に堕ちし者。幕末の世より甦り、この地を闇に誘う者────餓鬼共、お前等は人の首が持つ意味を知っておるか?」
人間がものを視るのは何処だ?
人間がものを考えるのは何処だ?
人間が痛みを感じるのは何処だ?
────人間の頭部には全てが集まっておる
鋭利な大気の刃に切断された頭は、肉塊と化した己が身体を見る。
最後の最後の瞬間まで──じわじわとこみ上げる苦痛と、死への恐怖にさいな苛まれ続ける。
最後に残るは、切り落された頭一杯に詰まった恐怖と雪辱、死への執着、
そして
──狂わんばかりに助けを求む懇願の叫び声────
「それが≪門≫の封印を破り、常世より混沌を呼ぶ声となる」
「そんなこと、絶対にさせないわ」
天野の叫び声を、風角は最早遅いと冷嘲する。
「今や封印は解かれ、常世より甦りし荒ぶる神が降臨する」
その言葉に合わせるかのように、生温かい風が≪鬼道門≫から洞窟内に向けて四方八方に吹き抜ける。
「門が…開く…?!」
呆気に取られる龍麻の横で、アランが熱に浮かされたような声を上げる。
「コノ風…コノ匂い…やっと見つけた」
一層強くなった風に乗って、機械音を連想させる摩訶不思議な音色を伴った言葉が洞窟内を木霊する。
『我ヲ呼ブハ、誰ゾ?我ガ目醒メルニハ、マダ星ノ位置ガ悪カロウ…』
自然に開きつつある≪鬼道門≫の彼方から、全身に触手を生やし、複眼と呼ぶべきグロテスクな目をギロギロと光らせた異形の物が、徐々に実態を伴いつつ現れようとしていた。
「あれが…クトゥルフの邪神なのか?」
「違うわ、醍醐君。あれは邪神アザトースに仕える『盲目の者』というモンスターよ。神を呼び出すなんて、そう簡単に出来ることじゃないッ」
鋭く糾弾する龍麻を、風角は憎々しげに睨みつける。
「小娘が生意気な口を利きおって…、おのれェェ」
でも、と龍麻は首を左右に振ってからキリっと唇を噛み締める。
「邪神そのものでは無いとは言え、その破壊力は十二分すぎるほど。ここら辺り一帯を吹き飛ばす位ならおそらく造作も無い筈よ。だから、目覚めたばかりの今の内に、もう一度元の世界に送り返さなければ…」
「小娘、貴様に我が大望、邪魔はさせんッ!」
風角の合図と共に、控えていた手下の下忍が一斉に姿を現した。
「…数が多すぎるな」
如月は自分の懐から忍刀を取り出し、隙の無い構えを取りながら観察する。下忍たちの数は、優に味方の5倍近くはいそうだった。
「一人で七人ずつ片付けりゃ、それで終わりじゃねェか」
「だが、奴等は今までの敵よりもずっと訓練されていて手強い…油断は禁物だ」
朝飯前のことのように気軽に計算する京一を、紫暮が忠告する。
「葵、今の内に…」
「ええ」
龍麻の指示は皆まで言わずとも分かるといった呼吸で、葵が味方全員に物理防御と魔法防御を上げる術を施す。
「よっしゃァ、いくぜッ」
勢い良く先陣を切ろうとする京一を、龍麻がすかさず脚払いで払い止める。
京一はその場で顔から地面に突っ込むが、幸い防御術が施されている加減で怪我は負わずに済んだ。
「…痛ッてー、何すんだよ、ひーちゃん」
「ごめん京一。でも、何だか様子がおかしいから…」
様子とは≪鬼道門≫の様子であった。
風が勢いを増していくと同時に、『盲目の者』も激しく蠢(うごめ)き始めた。
『…ソモ、此度ノ眠リハナント短キカナ。あすてかノ王ニ弑サレテヨリ、千六百余年、最後ニ贄ヲ喰ロウテカラ、マダ八年トタタヌ』
「8年…?まさかあの事件の!」
天野に聞いたメキシコの村が焼失した事件、あれはアステカ文明の遺跡の近くで起きたことだった。
『此度ノ贄ハ如何ナル味ゾ…』
「ふざけたこと言いやがってッ」
いきり立つ京一だったが、今は『盲目の者』に近付くことすら出来なかった。それどころか、
「何ッ?」
風角が信じられない物を見たといった声を上げる。
『盲目の者』は手近にいた、風角の手下達を次々と巻き込み、吸収し始めたのだった。
その浅ましいまでの光景を見て、龍麻は口の中にこみ上げてきた不快なものを唾棄するように鋭く言い放つ。
「…『盲目の者』、アレには敵も味方も無い。目の前にエサが有ればそれに喰らい付く、ただそれだけの意志しか持ち合わせていないのよ」
見る見る内に下忍達の数が五分の一ほどに減っている。それと共に『盲目の者』の放つ邪悪な≪氣≫は増していくばかりであった。
その瘴気の強さは、もし葵の防御術が施されていなかったら、味方全員が失神しかねない程であった。
「もうこれ以上≪力≫を付けさせるわけにはいかないわ、でも小蒔の攻撃もあの暴風の中では飲み込まれるだけだし…」
容易に近づけない敵を前に難渋していた龍麻ははっと気がついたように、アランの方を見る。
「そうだアラン君の霊銃なら…、アラン君ッ」
だが、アランは龍麻の言葉に反応しない。
憎しみを滾(たぎ)らせた瞳で、本能のままに蠢く『盲目の者』を睨みつけている。
「アラン君、しっかりして」
龍麻は陰の≪氣≫に捕らわれかけたアランの頬を軽く叩く。
ようやく我に返ったアランは8年前の事件のことぽつりぽつりと語り始める。
8年前、『盲目の者』はアランの故郷の村に出現した。
それは古い遺跡を発掘調査した時に見つかった祭壇からだった。
腹を空かせ、目覚めた奴は近くの村に襲い掛かり、偶々村を離れていたアラン一人を残して全員の命を奪ってしまったのだった。
しかも、それだけではない。政府は被害が拡大しないよう周囲の森や遺跡ごと村周辺全てを破壊し、忌わしい事件を闇に葬ったのであった。
「ソウ、アイツはボクから大切なモノを全て奪った…。ボクを愛してくれたパパ、ママ…村のトモダチ…美しい森──。キレイな湖──。ミンナ、アイツが奪っていった…。ミンナ…アイツが…。アイツが──ッ!!」
哀しむ魂を素手で握り締めたらこのような音をたてるのではないだろうか、といった叫びをアランは発した。そして、その両の目からは彼の負った哀しみの欠片が零れ落ちる。
彼の哀しみを癒せるものなど、もうこの世に存在しないのでは…誰もがそう実感した。
「アラン君…」
龍麻はそっと指先で、アランの頬を伝う涙を掬い取った。
「…あなたがこの街に導かれたのは、きっと復讐の為だけでは無い。この街があなたに救いを求めたの…だから…」
だからあなたの≪力≫を貸して欲しい、そう龍麻は言った。
「コノ街が…?」
「思い出して…、あなたの本当の気持ちを…」
「ボクの…気持ち…」
<ボクは、この街ヲ、そしてココに暮す新しい家族ヲ…護りタイ。それヲ傷付けるモノ、絶対に許さナイ>
アランはこう思った瞬間、自分の体に今まで感じたことの無い≪力≫が湧き上がってくるのを実感した。
「I never for give. I never …,in your matter.(俺は許さない…貴様を…貴様のやった所業を…)Go
ahead make my die!(貴様は────俺が殺す!)」
龍麻はアランの言葉を聞いて、不安の色を隠さない瞳で彼を見上げる。
だが、アランの表情は言葉の過激さとは裏腹に、何かを護る決意が漲っていた。
「タツマ、ボクのガンさばき、とくと拝むとイイネ」
アランは流れるような手捌きで霊銃を構えると、瘴気が最も濃く渦巻いている中心部に一発≪氣≫を射ち込む。
すると、水に一滴油を落としたかのような鮮やかさで、周囲に瘴気が散っていく。
「今よッ、皆!」
龍麻の合図で、全員攻撃態勢に移る。
「醍醐君と紫暮君の二人には風角の相手を任せるわ。雨紋君は残っている下忍たちを掃討して。小蒔とアラン君はその雨紋君の援護射撃を。京一と翡翠は私と一緒に『盲目の者』の迎撃に当たって欲しい。葵は状況を見極めながら回復役に徹する、以上が今回の作戦よ!」
全員了解と短く返事し、龍麻の指示通りの動きを見せる。
「…あの小娘、小賢しい真似を…」
風角は手にしたチャクラムを龍麻目掛けて投げ付けようとする。だが、その目前を醍醐と紫暮という鉄壁の壁に阻まれ、目的を果たせない。
「お前の相手は俺達だ」
「ふん、お前が醍醐か…黄泉路で友が待っておるぞ」
「…何!まさか、貴様ッ凶津を…」
冷静さを失いかけた醍醐を、紫暮が押し止める。
「平常心を失ったら、勝てる闘いも負けるぞッ」
「あ、ああ。すまない…」
紫暮の言葉に醍醐は自分の為すべき責務を思い出し、そして二人は心を一つにして技を仕掛ける。
「おりゃぁー、旋風輪!」
長い槍を器用に回転させ、その勢いで生まれた真空の刃が周囲の下忍たちを切り刻む。
「…オレ様にかかったら、ざっとこんなモンよ」
しかし、それでも虫の息の下忍たちがしつこく雨紋に攻撃を仕掛けてくる。
「おいおい、オレ様は早くザコをさっさと片付けて、龍麻サンの手助けに回りたいンだけどよ」
うんざりといった表情の雨紋に、アランが場違いな位陽気な声を掛ける。
「ライト、助けに来たネ」
「おッ、アランか。よし、オレ様とお前の意気がピッタリなとこ、見せてやろうぜ!」
「オーケー、ライト。こっちは準備バンタンね!!」
「いくぜッ!!」
『【ドラゴンプラチナス】!!!』
二人の放つ光の≪氣≫が、残った下忍らに止めを指す。
『此度ノ贄ハ如何ナル味ゾ…』
「こいつにはどんな攻撃が効くんだ〜?」
同じ言葉を繰り返すばかりで得体の知れない敵を前に、京一はどうしたものかと攻めあぐめている。
「恐らく、執拗に贄を欲しがるということから、『盲目の者』がこの場に存在する為には物理的な血肉が必要なんじゃないかと思うの」
「…つまり今はまだ不完全な、精神だけが剥き出しになっている状態だと言う訳だね」
「ええ、だから物理的な攻撃よりも、≪氣≫や≪術≫の攻撃の方が効果が高いと思うわ」
龍麻と如月の会話に、京一はそういうことだったらと、最大級の【剣掌・発剄】を叩き込む。
予想通り攻撃が効いたのか、『盲目の者』は壊れた機械のような音を上げる。
「やれやれ、相変わらず頭よりも体が動く人だ。龍麻が我々を『盲目の者』対策に当てた意味がこれではっきりはしたが…」
呆れた口調の如月も、だが京一に負けじと≪氣≫を練り始める。
そして今いる仲間内で、この手の攻撃を最も得意としている三人の技が次々と『盲目の者』を相手に繰り広げられる。
「【水裂斬】!」
吹き上がる水柱が『盲目の者』を絡め取る
「【剣掌・旋】ッ!!」
身動きの取れなくなった『盲目の者』を水柱ごと、京一の≪氣≫が竜巻状に切り刻む。
「…【雪蓮掌】」
龍麻の拳に湛えられた凍気が、一気に『盲目の者を』包み込みその活動を停止させる。
「…これでいいわ。後は元の世界に追い払うだけね」
「えッ、止めを刺さなくていいのかよ」
京一の疑問に、龍麻は精神だけの存在を無にするのは、それだけ大きな≪氣≫の≪力≫が必要だと説明する。
「でも今の私達にはまだまだ力不足だわ。古代アステカの王も不死の存在である『盲目の者』を倒すのは無理だと思ったからこそ、祭壇に封印することを最善の策と考えたのでしょうし…」
「そっかー、ちょっと悔しいけどそういうことなら仕方ねェ…でもどうやって追い返すんだ?」
「それなら僕に考えがある」
如月は動きを止めた『盲目の者』の周辺に、忍刀を使って何か模様のような物を描き出した。
「簡単な結界だが、今のこいつになら効果が期待できるだろう」
「後は皆の≪力≫を使えば…、それじゃあ早く他の皆を手助けに行きましょう」
方陣を描く如月を残し、龍麻と京一が醍醐等の元に駆けつけたときには、ほぼ勝負は終っていた。
「ハードブロー」
「孤月蹴」
重量級の攻撃を立て続けに浴びて、風角はついに地面に倒れ込む。
「何だ、無駄足だったな。おいッ、醍醐、紫暮。勝負が付いたんだったら、こっちに来てくれ」
京一の呼び声に、他のメンバーも如月が描いた方陣の近くに集合する。
「それじゃあ皆、意識を集中させて≪氣≫を高めてくれる?」
龍麻が目を閉じて≪氣≫を高め始めるのに呼応して、皆も自分の中に宿る≪力≫を解放した。
『門ガ閉ジル…イヤ…ダ、アノ暗闇ニモドルノハ──』
それまで動きを止めていた『盲目の者』が再び抵抗するように動き始め、それに合わせて洞窟内も激しく震動を始める。
「おい、結界が破られそうだぜ」
「それよりも、こんな震動が続いたらここが持たない」
不安の声を上げる一同をなだめるように、龍麻がこの地を護る為にぎりぎりまで堪えてと懇願する。
「この地を乱すものから…」
「護る…為…」
「コレはその為の《力》…」
龍麻の言葉が引き金のように、如月・醍醐・アランの身体を包んでいた蒼白い光が、他の仲間たちよりも強く光り始める。
それは龍麻から立ち昇る黄金の≪氣≫と合わさって、強い破邪の≪力≫を生み出した。
『暗ク寒イ世界ハイヤダ』
抵抗を重ねる『盲目の者』に、四人の重なり合った≪氣≫の力がある形を伴って襲い掛かる。
『ウォォォォッ、門ガ閉ジルジルジル、クライ、クラ…クラクラクラーッ!!』
轟音と暴風と共に『盲目の者』は自分が出現した≪鬼道門≫の彼方へと押し遣られ、最後に絶叫を残し門が閉じられた。
「やったーッ。間に合ったねッ」
はしゃぐ小蒔が葵に抱きつく。
「ええ、これで亡くなった方の魂が少しでも安らぐと良いのだけれど…」
葵は喜ぶ小蒔に応えながら、今自分の目に捕らえた光景をぼんやりと思い返していた。
<今の≪氣≫は何だったのかしら?龍麻の黄金の龍のような≪氣≫は以前にも見たことがあったし、如月君のは本人が守護神だと言っていた玄武だとして…アラン君は青い龍の姿をとっていたような気がする。そして醍醐君。一番形が不明瞭だったけれど、あれは…虎?他の人たちはこれに気が付いたのかしら>
だが、誰も今の現象を口に上らせる者はいなかった。
<私の目の錯覚だったの…?>
それならそれで構わないと思い、葵はたった今封印した≪鬼道門≫を見遣った。
「あ…ッ」
そこには瀕死の重傷を負いながらも、尚も執念で立ち向おうとする風角の姿があった。
「逃さぬ…ぞ。このままでは…九角様に申し訳が…たたぬ。せめて…誰か道連れにしてやる…。そう…だ」
風角は血に塗れた指先を龍麻に突きつける。
「四神を従えし、貴様を血祭りにあげてやるッ」
どす黒い≪氣≫が、今や死しか頭に無い男の周辺に集まっていく。
「…亡くなった人々の≪氣≫が吸い寄せられているわ」
葵の言葉を掻き消すように、風角は狂ったような叫び声を上げる。
「風よ───ッ、斬り刻めッ、斬り刻めッ、死ね死ね死ね死───ッ!!!」
その凄まじい怨念が見えない刃となって、龍麻に襲い掛かって来ようとしたその時、
「がッ───!」
風角が壊れた操り人形のように地面に倒れる。
「Throw up. Now you die.(武器を捨てろ。貴様はもう終わりだ)」
「アラン君ッ!」
アランが龍麻を護るように前に立ちはだかって霊銃を撃ち放っていた。
「おのれェ、そうか、貴様は青龍…か…」
断末魔の叫びを上げる風角を、アランは無慈悲な表情のままもう一発撃ち込む。
「Go to Hell.(地獄へ堕ちろ)」
風角はもう一度地面の上を跳ね返り、そして眩い光に包まれた。光はやがて一つの塊に収斂していき、地面に転がり落ちる。
「水角とは色が違うけれども、模様は同じだわ…」
乾いた音を立てて転がる白い水晶の玉を、龍麻は屈んでそっと拾い上げた。
それと同時に地面の奥が鳴動を始めたの感じ、すばやく立ち上がると、全員にこの場を速やかに退避するように勧告した。
≪七≫
激しい戦いの後休む間も無く全力疾走をした為、元いた江戸川の河川敷に辿り着いた時には、全員力尽きてその場に座り込んでしまった。
「はあはあ…もう最近こんな展開ばっかり。こんなんじゃ命が幾つあったって足りやしないよッ!」
ふくれ面の小蒔に、龍麻はその通りねと苦笑する。
「あッ、ボク別に一緒に行動したことを後悔して言っている訳じゃ無いからね。それより、もうあの《門》は大丈夫だよね」
「ダイジョーブ、あの《門》はもう開くことはない」
力強く答えたのはアランだった。
「アノ真上には、丁度樹が立っている。六百年の間、タクサンの人の死を看取ってきた偉大な樹が…」
「それって『影向の松』のことね。そう、あの樹なら封印の役割を果たせるかも」
天野が納得したように頷き、他の皆に『影向の松』のある善養寺の説明をする。
善養寺には『浅間山噴火横死者供養碑』がある。あの辺りは、1786年に浅間山の大噴火によって2千人以上の人が亡くなった場所で、当時それは凄い惨状だったという。何故ならば、今のように消防施設も医療施設も発達していなかったのだから。おまけに直後に起こった天明の大飢饉の影響もあり、併せて何十万人という人々が次々と死んでいった。
その時亡くなった人々や牛馬が、利根川や江戸川を流れこの地に集まったのを付近の村人達が手厚く葬り供養した、それが今の善養寺だと。
「樹は言ってマス。ヒトが死ぬのを見るのは、many many悲しいと」
「ボク、何かで読んだことあるよ。植物や動物、命のない物も長い年月を経ると、魂や強い霊力を得ることがあるんだって」
アランは樹の気持ちが分かると言う。
自分にも大好きなヒト、大切なヒトがいっぱいいたが、あの化け物の出現で何もかも失った。
「アラン君、『影向の松』の『影向』の意味を知ってる?」
「?」
落ち込んだ表情を見せるアランに、龍麻は静かに語りかけた。
「『影向』というのは、仏教用語で神仏が仮の姿をとって現れるとか、または姿を見せずに現れるという意味なの。アラン君の肉眼にはもう、故郷の人達の姿を捉えることは出来ないかもしれないけれど、でもそれは存在しない、という意味じゃないの。私達が気付くことが出来れば、どんな所であっても求めた声に応じて直ぐ傍に現れるという存在に変わったと考える方が良いんじゃないかしら、あの松の樹のように」
だから、アラン君は『影向の松』に心引かれて、そして樹の気持ちも分かるのねと龍麻は優しく笑う。
「タツマ…、やっぱりタツマはボクのヨーゴーの松デース」
「えッ?」
アランの言葉の意味がさっぱり分からないという龍麻に、今度はアランが笑顔で説明する。
「タツマ言いました。ヨーゴーとは神がこの世に降臨したことだと。つまり、ボクにとってタツマはMy goddessデス」
「ちょ、ちょっと、その表現は止めてよ〜ッ。それに、あなたが愛してると言ったのは葵の方でしょッ!」
「勿論、アオイ世界で一番愛してマ〜ス。デモ、ボクの女神はタツマ、アナタデス。お願いデス。ボクも一緒に闘いたい。今度はボクがミンナのヘルプする番です」
「この無節操外人が〜」
乱入してきたのは京一だけと思いきや、常は喧嘩の絶えない如月までが京一の味方をしている。
「二股かけるなんて、図々しいにも程があるんだよッ」
「…同感だね」
「Oh、キョーチ、すぐ怒る。それ、良くないデ〜ス」
笑顔いっぱいのアランに、流石の京一も怒りのぶつける場所を見失なってしまう。
「そうそうSmile、smile。後ろのニンジャのお兄さんもネ」
「僕のはこれが地の顔だ。蓬莱寺のようにだらしない顔は作れないね」
「何だとッ!」
やはり休戦協定は一時的だったのか京一と如月が口論を始め、それを醍醐と紫暮が止めにかかる。
雨紋は二人の口論を煽るだけ煽って、ただにやにやと眺めているだけだった。
「やれやれ…」
溜息を付く龍麻に、アランがさっきの返事が欲しいと言って来た。
「ミンナのお陰でボクの目的が果たせた。…あんな想い、もう二度としたくナイし、誰にもさせたくナイ。だから…」
「分かった、分かりました。アラン君の真心はよーく分かったわ」
冗談めいた口調で応えてから、龍麻は心からアランの協力に礼を言う。
「私としてもアラン君が助けてくれるのは心強いから本当に嬉しいわ。これからよろしくね」
ただし、と龍麻はアランに条件を出した。
「私のことはタツマとだけ呼んで。絶対にgoddessなんて呼ばないでよ、気恥ずかしいから」
「…ワカリマシタ。タツマの願いなら仕方ありまセン。それならアミーゴと呼んでいいデスか?」
「スペイン語で『友達』という意味ね。それなら構わないわ」
「これでボクとアミーゴ、Good friendネ」
にこっと笑顔を交し合ってから、龍麻はもう一度真剣な表情に戻す。
「それと…、葵を困らせるような真似だけはしないでね」
「ボク、アオイを困らせてマシたか?」
きょとんとした表情のアランに、龍麻は無自覚なのが困りものだとぼそっと言う。
「龍麻、そろそろ私達帰らないと…」
「そうね、もう日も暮れるし」
おりしも龍麻を呼びに来た葵を見るや否や、アランはその手を握って電話番号を教えて下さいと頼み込む。
「ボク、アオイに会えない日は毎日Tellしマス。だから、教えてくだサ〜イ」
「え、そんなッ、龍麻助けてッ」
焦る葵は、傍らの龍麻に助けを求める。
「そういうことを止めなさいと言ったはずなんだけれど…」
龍麻の体から、ゆらりと≪氣≫が立ち昇る。
異常な気配を感じ取って、口喧嘩中の男性陣は動きを止め、その場から慌てて退避する。
「Adios(ごきげんよう)、アラン君」
挨拶と一緒に、龍麻はアランに【掌底・発剄】を浴びせると、
「さ、帰りましょう、葵、小蒔。天野さんもご一緒に」
背後で倒れているアランに構わず、龍麻は葵と小蒔と天野を連れてさっさと歩き始める。
「ちょ、ちょっとひーちゃん…アラン君気絶しちゃったよッ」
「大丈夫、多少手加減はしてあるから、しばらくしたら問題無く目が覚めるわよ」
龍麻は涼しい顔をして答える。
「まあ、あの位のことをしておかないと、今後の見せしめにならないって所かしら」
「天野さんまで…。男の子達、皆目が点になっていたわ…」
葵は一人心配そうな表情を作ったが、その表情も小蒔と天野の笑いにつられて長くは持たなかった。
「あーあ、見事に気絶してるなー」
倒れたアランを取り囲む男性五人は、今後龍麻の前で喧嘩するのは控えようと無言の内に決めたという。
彼ら彼女らを吹き抜ける風は、何時しか心地よい涼風に変わっていた。
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