死 屍

ユズリ葉作



 右も左も分からない暗闇の中に居た。
 どうしてそこに居るのかも分からない。
 何故だか知らないが…ずっとその中に自分は居るのだという事だけは分かっていて…。
 変な気分だった。

 とりあえず、状況を把握してみようと…座っているっという感覚から立ち上がって、手を使って辺りを調べる。
 手は直ぐに冷たく硬い壁のようなものを探り当てて…自分が何処か部屋のようなところに居るのだというのが分かった。

 そういえば…外界なら常にあるはずの“風”というものが感じられない。
 ならばやはり自分は何処かに“入れられている”のだと自覚すると…次はその部屋の大きさを調べようと、手に触れている壁伝いに移動してみる事にする。
 …が。
 移動しようとして…足が動かないことに気付いた。
 ジャラ…とした金属製の音。それが暗い中でも自分の足首から響いてきて…まるで自分の足を縫い止めるようにしている。
 見えないそこに目を向けるが、視界は相変わらず暗くて何も見ることは出来ない。
 把握出来ない自分の状況に仕方ないとばかりに、しゃがみ込んで足首を直に触ってみれば…ガッチリとした冷たい金属に、鎖。
 少し力を込めてその鎖を引けば、鎖は重く長く…やがて引く事も適わないくらいに重いものがその先には付いていることが分かった。
 枷のようだと思っていたものは確かにそのようで、足首に付いたそれ故に自分は身動きが取れない。
 鎖は長いことは長いが…その重さゆえに動くには耐えず、鎖を手繰り寄せた時に感じた自分の貧相な腕では、それを持っての移動も出来ようがなかった。

 そう判じると歩き回ることを諦める。
 今度はその状態で、動ける範囲だけでと地面を手で触っていく事にした。

 ざらざらっとした感触。
 どうやら下は土間か何かのようで、手に触れるそのざらつきは土と地面が触れ合って感じるもののようだ。

 自分の体の前には壁があるきりだから…体の左を探してみるが、何もない。
 右を探しても何もなかった。
 ならば、と最後に自分の背にした辺りを探してみる。
 手を這わせていると最初に先ほどの足枷に付いていた鎖が手に触れていたが…やがて、ピチャリと何か液体に指が触れた。
 今までにない感触を不思議に思い邪魔になる鎖を脇に避けるとその液体へと更に手を伸ばす。
 手を伸ばせば、先ほど指に触れた辺りより先は小さな水溜りになっている様で伸ばした手のひらはその水にと浸った。
 
 地面にしろ、壁にしろ…それこそ足枷という金属にしろ無機質だらけだったこの暗闇の世界でその水は確かに異質で…。
 それ故に興味を覚えると更にそこに何か無いかと手を動かす。
 そうして動かしていれば…水溜りの先にまた別の感触を見つけた。
 今度は柔らかくて、弾力のあるものだ。
 そうまるでそれは人の肌のようで…自分以外にも此処に人が居ることに心は知らずと期待を掛ける。その人へと更に腕を伸ばした。
 口を開き…声を出そうとして、自分の喉からは空気しか漏れないことに気付けば、その代わりとばかりに…両手でもってその人を揺り動かす。

 …が。
 幾ら待ってもない応えに、反応に。
 急に背筋が寒くなる。
 今まで必死で動かしていた腕をとっさに引き…その時になってやっと気付いた。
 自分の手に触れていた液体が生臭く…水にしてはずっと粘質なものの事に。

 叫ぼうとした。
 悲鳴を上げようと。

 でも喉は先ほど試みた通りに“声”というものは出なくて、ただただ空気だけをわずかに吐き出させるだけ。

 光が当たったなら紅に染まりきっているであろう両の掌で顔を覆うとして、そのおぞましさに手を止める。
 自分の身を包んでいるわずかな布にその掌を必死に擦り付け、擦っても擦ってもなかなか無くならない粘質の感触に段々と感情が昂ぶっていく。
 昂ぶった心は自然に目頭を熱くして、ちょうど太ももの辺りで拭っていた手の甲に雫がはらりはらりと落ちた。
 それに気が付いて…手を拭うことを止めるとそのまま膝を抱え込む。
 抱え込んだ膝にと顔を伏せ…心の中では祈っていた。


 救済を…――――――――――



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